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第一章 終わりと始まり

3.祖父の契約

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 声を出せずに睨みつけている僕の横から一歩前に出て来たのは真琴だった。そうだ、お前もなんとか言ってやれ! そう思った直後――

「えー、すっごーい! お爺ちゃんって違う世界へ行ってたの?
 なんで? どうやって? お姉ちゃんは魔法使いなの?」

「あら、真琴のほうが、雷人よりも話が通じそうね。
 お兄ちゃんは意外と頭が固いみたい、これじゃ妹は大変だ」

「おい真琴、こんな奴のいうこと信じるのかよ。
 言ってる事が支離滅裂で意味不明なんだぞ?
 僕たち騙されてるんだよ」

「えー、そうかなぁ、マコはお爺ちゃんが凄かったって言われると嬉しいけど?
 だってお爺ちゃんの事全然覚えてないんだもん」

「そりゃそうだ、あの時真琴はまだ二歳くらいだったもんなぁ。
 あの夜は大変で裏の用水路が溢れて来たらしいんだ。
 川縁に土嚢が積んであったのに床下浸水ギリギリだったんだってさ」

「その浸水を防ぐために大雨の中頑張ってたのがダイキなのよ。
 アタシはそれを見てスカウトしたってわけ。
 このまま死なすのは勿体ないってね」

「だからそんな非現実的なこと言われても信じないし騙されませんよ!
 一体何が目的で僕たちに近づいてきたんですか!?」

「うーん、呼ばれたから来たんだけどおかしかった?
 この契約書の件で雷人が電話かけてきたんでしょ?」

「そうだよお兄ちゃん、せっかく来てくれたんだし話を聞いてみようよ。
 お爺ちゃんの遺産があれば、この家を追い出されても平気かもしれないじゃない。
 ねえねえドーンさん、遺産ってどれくらいあるの?」

「いい子の真琴にはちゃんと説明してあげるからね。
 分からず屋のお兄ちゃんはいらないみたいだし」

「い、いらないとは言ってない……
 それじゃまずは聞かせてくださいよ……」

 ドーンは頷きながら妹の頭を優しくなでている。これは完全に懐柔されてしまったように見える。こうなってしまったら真琴は向こうの味方だろう。とにかく話を聞いてみないことには始まらない、僕は諦めて腰を据えてから紅茶を啜った。それを確認してからドーンは僕たちの前にVサインを作る。

「相続用の遺産として預かっているものは2つ。
 まず一つはトラスにある土地建物、まあ田舎の庭付き一戸建てって感じかしら。
 なんで預かってるかと言うと、ダイキがやってくれた仕事の対価ね。
 それを将来必要になった時に孫へ渡すと言うのがこの契約書なのよ」

「ちょっと待ってください。
 そのトラスってのはどのあたりにある国なんですか?
 そんな国聞いたことないし、この文字も見たことないですけど……」

「どの辺り? うーん、かなり遠いとだけ。
 移住するなら今いる友達とかには二度と会えなくなるから良く考えてね。
 ダイキの遺産を受け取らないでこのまま留まるのも自由よ?」

「トラスって国へ行けば生活は保障されるんですか?
 いや、遊んで暮らせるって意味ではなくて、住むところだけじゃなく仕事とか金策的な。
 家だけあって金がないんじゃ困りますからね」

「まあ少なくとものたれ死ぬってことはないわね。
 飲食に不自由はないし危険もなくていいところよ?
 田舎すぎて退屈かもしれないけど、ダイキも長年住んでたんだしきっとすぐ慣れるわよ。
 そうだ、家の写真見てみる?」

「あー! マコ見たーい!」

 ドーンが自分のスマホに入っている写真を見せてくれるのかと思ったがそうではなかった。いきなり部屋の灯りが消え、空中に洋風建築のデカい屋敷が浮かび上がる。手をかざして上下左右色々な角度から見ることが出来るようだがこれはいったいどういう技術なんだろう。初めて見たけどこれがホログラムと言うやつなのか?

「すごいすごい、大きなお家だね!
 マコはここに住みたい! お兄ちゃん行こうよ」

「でも二度と帰ってこられないって言ってたじゃないか。
 学校も転校して友達だって作り直しになっちゃうんだぜ?」

 とは言っても、母さんが家を出てから真琴は学校を休みがちだし、友達ともうまく付き合えなくなっていた。保護者間でも当然のように良くない噂が流れているのだから無理もない。この際引っ越して環境をリセットするのも悪くないのかもしれない。

「この家って間取りはどうなってるんですか?
 相当大きそうなんですが、二人で住むには広すぎると言うか……」

「そうねえ、部屋数が十とか二十ってことはなかったかな。
 後は普通にキッチンやリビングにダイニング、ホールがあるくらい?
 庭も広くてダイキはペットを放し飼いにしてたわね」

「いいなあー、お兄ちゃん、行こうよ行こうよ、ね?
 マコは飼うなら猫ちゃんがいいなー」

「真琴は話が早くて助かるわね。
 それに引き替え雷人はいつまで考え込んでいるのよ、お兄ちゃんでしょ?
 そんなことじゃ妹を護れないわよ?」

「急に言われたって…… この家の始末もあるし転校の届けとか住所変更とかあるでしょ。
 小学生みたいに考え無しじゃいられないですからね!」

「じゃあ後は全部アタシがやっといてあげる。
 残った資産は向こうの貨幣価値へ換算して渡してあげるから安心してちょうだい。
 それじゃまず契約書と一緒にあった指輪をはめてみて。
 好きな指でいいけど利き腕と反対がお勧めかな」

「お兄ちゃんはマコがはめてあげるね。
 パー、パーパー、パーパーパーパー、パーンパーパーパパーパー」

「こらっ! 左手の薬指にはめるんじゃないってば!
 まったく…… ちょっと!? なんだこれ取れないぞ!?」

「マコも取れなくなっちゃった……
 これでもうマコとお兄ちゃんは夫婦だね」

「そんなわけあるか!
 ちょっとドーンさん、なんとかしてくださいよ。
 このままじゃ――」

 取れなくなってしまった指輪から弁護士へ視線を移すと、そこには瞳が真っ赤に変わり頭には捻じ曲がった角を生やした異形の怪物、いやドーンが笑いながら僕たちを見ていた。
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