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しおりを挟む朝起きると、鏡にはいつも通りの疲弊した顔。
「おめでとう、ステラリア」
そう、言ってはみるけど、
「……だめ、笑えてない」
夜会の当日、今日ステラリアとリオネルの婚約が発表される、このノームホルン家の屋敷で。
……まあ、笑えないわよね。
でも、笑うのよダリア。
最後に嗤う為に――――
◆
運命の夜は人々を集め、シャンデリアは当然、ビロードのカーテンにまで散りばめられた金尽くしの大広間が賑やかになる。
「おおステラリア様、加護を持つ麗しき令嬢にお会いできて光栄です」
「ふふ、ありがとう。 楽しんでくださいね」
どこかの令息からもてはやされ、慣れた対応をする妹。 わたしはそれを広間の隅から見ている。
主役と似た顔がうろうろするのは良くないでしょ。それに、こういう場には慣れてないから苦手だしね。
「ねえ、今日のドレスどう?」
「とても似合ってるよ、素敵だ」
今流行りの細身のシルエットで、薄いピンクのノースリーブドレス。
首元にビジューをあしらい、上等なシルクの生地には宝石を散りばめた繊細な刺繍が縫い込まれている。 同様に薄ピンクの手袋はレース織りになっていて、指には彼女の誕生石を施した指輪を身につけている。
「……なんて、そんな事はどうでもいいのよ……!」
わたしが怒りに震えているのは、その隣でエスコートしているタキシードがリオネルだって事ッ!
どうしよう、感情を抑えられない。
例えば二人の上のシャンデリアを今にも……――――ダメよッ!
落ち着いてダリア、なまじやろうと思えば出来てしまうから怖いわ……。
「それにしても……」
貴族連中というのは、どうしてこうも面の皮が厚いのか。 もうみんな気づいてるのに、ただこの宴を楽しんでいる振りをしてる。
―――そうか、わたしが社交界に出ていないからそう思うんだ。
ただの夜会じゃない、リオネルだけならともかく、このノームホルン家に居る筈のない人がいるんだから。
――――アインツマン様が。
あの時、街で錬金の地獄からわたしを抱き上げたのは……
◆
ふと顔を上げると、洗練された紳士が目に映る。 頼りがいのある腕でわたしを抱き上げたのは、お父様に見習ってほしいと思っていた人物。
「大丈夫かダリア、私の馬車で少し休もう」
「……すみません、アインツマン様」
運ばれた馬車に寝かされたわたしは、いつもの枕に頭を預ける。 わたしがよく具合が悪くなるので、こんな物を馬車に置いてくれているのだ。
「「………」」
妹とリオネルの婚約、この状況に以前のようにはいられない。 わたしも、アインツマン様も車内で押し黙っていた。
しばらくして、切れ長な目を細めたアインツマン様が、深いため息を吐いてから重そうに口を開く。
「……私は、貴族であっても、出来るだけ息子の意志を尊重するつもりだ。 例え相手が加護持ちだろうと、リオネルが受けたくないと言うなら……」
「………」
わたしは何も言わなかった。 何かを言う資格が無いから。
「私が教えてきた事や、見せてきた背中が間違っていたんだろうか。 それとも不甲斐ない私に息子は不安になり、加護の力を……」
今は何も言えない、わたしが言えるのは、これだけ、
「アインツマン様」
眉を顰める最高の紳士を見つめ、体調が悪いからではなく、心の痛みから涙を堪えて―――
「ごめんなさい」
そう言った。
◆
不思議そうな顔をしていた、あなたは何も悪くないのです。
そして今夜、あの時謝った意味をお伝えします――――。
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