ドラゴンズ・ヴァイス

シノヤン

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壱ノ章:災いを継ぐ者

第13話 妨害工作

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  ――――周囲の見張りをしていた鴉天狗の一人が異変に気付いた。もう一人自分以外に見張りをしている筈なのだが、やけに静かである。

「おい、どうし――」

 気になって持ち場へ向かってみると、頭を撃ち抜かれてい殺されている。傷がまだ新しかった。銃声すら聞こえなかったというのになぜだろうか。慌てて周囲を探ろうとした直後、彼もまた飛来した弾丸によって脳髄を辺りに飛び散らせた。

「…っし。排除完了」

 距離にして一キロは離れている地点、建設中のビルの鉄骨の上から見張りを撃ち殺した銀翼の鴉天狗は呟いた。そして狙撃銃を担ぎ直してから騒ぎが起こっている廃倉庫の向かいにある別の倉庫へと高速で飛び。裏口の方へ降り立つ。なぜか持っていた合鍵を使ってみるとアッサリ開いた。

「あれから鍵すら変えてねえのかよ。底抜けの馬鹿だな」

 誰かさんを馬鹿にして中に入る。真っ暗な中でも問題なさそうに彼は歩いていた。鴉天狗の中でも訓練を積んだ者が会得できる神通力によるものだった。生物の気配であれば半径二キロメートルに渡って索敵が可能であり、その他にも聴覚を強化する事も出来る。おまけに本人が身に着けているマスクに備わった暗視機能のおかげで、何不自由なかった。

「しかし、こいつらどうやって捕まえたんだ ?」

 だが銀翼の鴉天狗は少し驚いていた。そこにあったのは大量の檻、そして中で囚われて眠っている暗逢者達である。人間の姿に近いものの、ただれた皮膚や歪な変形した骨格や顔面など、それらが群れを成してうずくまっているのは中々おぞましい光景である。中にはかなり大きな個体もおり、そういった変異種は別の檻に入れられていた。

「痺れ薬か… ? 餌代ケチるためにわざと動けなくしてるってとこか。なら…さぞかし飢えてるんだろうな」

 ペンライトで檻の中のエサ入れを照らした銀翼の鴉天狗は何か閃いたのか、腰のポーチから甘い臭いのする札を取り出して倉庫内の檻に片っ端から張って行った。更にベルトに付けている別の革袋から何匹かの虫を取り出す。虫達に息を吹きかけると、途端に体を震わせ出した。やがて虫達の体温が上がり、手袋越しにも熱が伝わり始めたタイミングで銀翼の鴉天狗は彼らを放る。地面に転がった後、ゆっくりと起き上がった虫達の羽には火が灯っていた。

「”蛍火”の準備良し。後はこいつらが蜜を塗った”爆炎札”に止まってくれればいいな。離れとくか…ん ?」

 銀翼の鴉天狗が倉庫を離れようとした時だった。彼は不意に立ち止まり、神通力で辺りの気配を探る。やはり直観通り、別の生物の気配があった。門を通り抜けて廃倉庫の方へ向かっている。

「お前ら、ちょっと待機で」

 虫達に指示を出すと彼らは嫌がる事なくすぐさま整列する。それを確認してから鴉天狗はスマホを取り出した。



 ――――なぜか少し空いていた門をすり抜け、龍人は倉庫用の区画へ辿り着く。もしかすれば見張りがいるかもしれないと思い、建物やあちこちに置かれている廃材の山に身を隠しながら奥にある廃倉庫へと向かうが、そこで妙な事に気付いた。

「おいマジか」

 廃倉庫の周辺で見張りをしていた鴉天狗の死体が転がっているのだ。夏奈がやったとは考えにくい。頭を撃ち抜かれており、彼女にこんな事が出来るだけの度胸と技量が備わっている可能性は低いだろう。騒ぎになっていない事から気付かれない方法…例えるなら銃声さえも気のせいで済んでしまう様な遠距離から撃ち抜かれたのかもしれない。やけに落ち着き払った様子で龍人はそう分析をした。今更この程度で怯える様なヤワな人生は送って来てないという謎の自信がそこにはあったのだ。

 霊糸を使い、倉庫の屋根へ登る。低い姿勢のまま抜き足で動き、どこかから内部へ入れないか探していた時だった。

「うわああああああああああああ!!」

 悲鳴が耳をつんざいた。ほんの短い時間だったととはいえ、確かに記憶に残っている夏奈の物と良く似ている。少し急いで動いて奥の方へ行くと、屋根が取っ払われている箇所があった。扉を使わずとも鴉天狗たちが出入り出来るようにわざわざ改装したのだろう。そこから内部を覗き見た龍人だが、すぐに顔を隠した。確かに見えたのは塗料か何かのせいでピンク色の羽毛をした鴉天狗と、その彼の目の前で倒れ、おかしな方向へ曲がった腕を抑えている夏奈の姿だった。

「やべえ…遅かった」

 すぐに助けないといけないのは分かっている。だが、状況が整理できない。この場にいる者達とは明らかに関係の無い第三者がいる。更にその第三者は、誰にも悟られずに殺しを実行できるだけの実力があるのだ。それだけではない。先程戦った見張り達の話からして、どうも風巡組は自分や佐那に関わられたくないらしい。ならばこの場で華麗に参上などしようものなら火に油を注ぐことになる。

「…ん ?」

 もう一度様子を見て、行動を決めようと考え時だった。突然マナーモードにしていた携帯が震える。見た事も無い番号だった。

「誰だ」
「何も聞くなよ。一回覗いた時、ピンク色の羽毛した鴉天狗が見えただろ ? 倒さなくても良いから、どうにかそいつを足止めしろ。そしたら助け舟を出してやる」

 龍人が応答すると、電話の主はボイスチェンジャーによって加工された声色で唐突に指示をしてきた。

「アンタ味方なのか ?」
「お前次第だ。分かったらさっさと動いてくれ。じゃないとあの子、このままだと地獄見るぞ」

 その急かすような忠告を最後に電話が切れた。廃倉庫の中では何か仲間達に向かって兼智が演説をしているらしい。確かに猶予はなさそうである。龍人は深く息を吐き、印を結んで棒を錬成する。もはや迷いはなかった。

「ちゃんと泣き顔撮ってるか~⁉」
「ばっちりで~す。ブサイクすぎて超ウケる」

 兼智の問いかけに取り巻きの一人がへらへらと笑って応じた。

「オッケー、じゃあみんなに聞きまーす。せっかく譲歩して月二十万で手打ちにしようとしたのに断られました。こんな不届き者にはお仕置きが必要だと思いませんかー ?」
「必要でーっす!!」
「だよねー ! でもお金を稼いでもらわないと困るんで…夏奈ちゃんはこの場を以て…”便器部屋”決定ェーッ!!」

 正気とは思えない言葉の羅列の直後、おぞましい歓声が上がった。風俗よりもさらに格安…下手をすれば千円を切るのではないかというような値段で奉仕を無理やりさせる店の事を彼らはそう呼んでいた。当然来る客も相応に下劣且つ醜悪、そこで休む間もなく徹底的に凌辱され使い潰され、ありとあらゆる病、障害、苦痛を味わいながら安銭のために破滅させられる。それを分かっていた翔希だけは必死に「それだけはやめてください」と懇願していたが、すぐさま兼智が彼の顔面を蹴り飛ばす。

「やめてくれじゃねえだろ ! 元はといえばテメェが碌に稼いで来ねえからこうなったんだバーカ」

 唾を吐きかけながら兼智が翔希を罵る。翔希の方はというと一体の誰のための涙かは知らないが泣きだしていた。

「兼智さんこれ以上蹴るのはマズいですよ。死んじゃいますってアイツ」
「大丈夫ちゃんと加減してるから。野良犬とか野良猫蹴りまくってコツ掴んでんのよこっちは。さて…じゃあうっかり逃げちゃわない様に、残りの腕と足もいっちゃいましょ―――」

 流石に窘められるが兼智は一切気にしてないようだった。再びうずくまっている夏奈へ近づき、残りの手と足も破壊する事を告げたその時、倉庫の屋根に開けた穴から誰かが飛び込んで来た。手には棒を持っている。

「お邪魔しまーーす!!」

 龍人だった。そのまま落下しながら霊糸で錬成した棒を投擲すると、見事に兼智の顔面に命中する。かなりの威力だったのか大きく吹っ飛ばされて近くにいた仲間達を巻き添えにしながら倒れ込んだ。前転して着地をした龍人が手を前方にかざすと、霊糸が放たれて転がっていた棒に絡みついて回収をしてくれる。

「夏奈ちゃん ! 無事⁉」
「龍人さん…何で… ?」

 龍人は振り向いて夏奈へ呼びかける。状況が分からずに彼女は戸惑っている様だったがひとまずは生きている。それが分かった龍人は安心したように彼女へ微笑みかけた。
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