14 / 82
壱ノ章:災いを継ぐ者
第14話 S
しおりを挟む
「おらぁ ! 何してくれてんだてめぇ !」
「ぶち殺されてえのかクソ人間 !」
口々に罵声が飛んできた。兼智はと言うと棒を眉間にぶつけられたのが酷く堪えたのか顔を抑えて項垂れている。龍人は霊糸で床に転がっていた棒を回収し、手元へ引き寄せる。そして肩に担いでから辺りを窺った。周りの視線がこちらへ向いている以上、逃げるのは得策ではないだろう。一人ならまだしも怪我人がいる。無事で済む確率は低い。
刹那、くぐもった爆発音がした。僅かに建物が揺れる。音の下方角は外…向かいの倉庫だった。向かいの倉庫では銀翼の鴉天狗が神通力を使い、龍人が拷問の最中に乱入した事を感じ取ってから行動に移り出していたのだ。
「ほーら出てこい。食事の時間だ」
彼が手を叩いた瞬間に蛍火達が檻に張られた札に張り付く。そして羽の上で燃え盛っている火が札に移った直後、爆発を起こして檻の入り口を破壊した。不細工で歪んだ面をした泥人形の様な木っ端の暗逢者たちが呻きながら檻から出て来る。それだけではない。奥の方にいた大型の暗逢者まで目を覚まし、格子を破壊しながら雄叫びを上げだした。
「やべ、退散退散」
銀翼の鴉天狗は焦ったのかそう呟き、こっそりと裏口から出て行く。暗逢者達は倉庫の正面に備えられた入口用のシャッターを引っ掻き続けるが、暴れ出した大型の暗逢者の突進で簡単に破壊されるや否や、そこからわらわらと外へ出た後に明かりがついている向かいの廃倉庫へとつたない足取りで駆け出した。
「な…何だ今の⁉」
「あの人間が何かしやがったのか⁉」
「待て…この呻き声、まさか――」
鴉天狗たちが異変に気付き、やがてその正体に勘づいた時だった。廃倉庫のシャッターが破壊され、大型の暗逢者が姿を現す。光る眼、外れてるのではないかと見間違えてしまう程に大きく開かれた口、象の様な固い皮膚と不自然にあちこちが隆起した歪な筋肉。そして六メートルはあろうかという体躯。
「”だらご”の群れに…”おおだらご”まで… !」
佐那との座学においてある程度暗逢者に対する知識を身に着けていたのか、龍人は彼らの名前を呟いた。周りを歩く人型はだらご、そして大型の暗逢者の名はおおだらご。古文書にはそう書かれていた。だがまたとない好機だった。だらご達はパニックになっている鴉天狗たちを襲っており、まだこちらに気付いていない。
「おい !」
頭上から声がした。上を向くと銀翼の鴉天狗が翼をはためかせて滞空し、こちらに手を振っている。
「逃げるんだろ ? 霊糸を俺の足に巻きつけろ」
銀翼の鴉天狗はこちらへ呼びかける。なぜ霊糸を知っているのか疑問だったがそんな事は後で聞けばいい。龍人は怪しみながらも手から霊糸を放って、彼の脚に巻き付けた。
「オッケー。振り落とされんなよ !」
龍人が霊糸を使用したまま夏奈を抱きしめたのを確認する。そこから彼らを引っ張り上げ、宙づりにしたまま銀翼の鴉天狗は飛び去った。二人分の体重を支えなければならないせいで速度は落ちるが、騒乱から逃れるには十分な速度だった。
「な…夏奈 ! 待って !」
ボロボロの状態ではあるが、翔希もその後を追いかける。暫くしてから他の鴉天狗たちも倉庫から逃げ出し離散していった。暗逢者達をそのままにしてである。
――――倉庫から逃れた後、銀翼の鴉天狗は葦が丘地区の飲食街へとやってくる。そのまま居酒屋が立ち並ぶ通りの路地裏へと龍人たちを降ろした。着地をした龍人は夏奈を近くのビールケースに腰を下ろさせる。銀翼の鴉天狗の方は近くにあった塀の上で膝を組んで座っていた。近くにいて分かったのだが、彼の翼は金属製故に煌めいており、動かす度にロボットが駆動するかのような小さな音を立てていた。
「夏奈ちゃん、少し見せて…これ折れてるな。開放性じゃないだけマシか」
垂れさがり、内出血を起こした夏奈の腕を見て龍人は苦しげに言った。だがそんな彼を銀翼の鴉天狗は少し嬉しそうに見つめている。期待通りといった様子だった。
「想像以上の度胸と人の善さがあるな。老師様の教育の賜物ってやつか ? それとも元からお人好し…なわけねえか。アンタ前科者だしな。それも常習犯」
あらかたお見通しといった所らしく、鴉天狗は龍人を揶揄ってくる。龍人は夏奈を安心させるために肩を少し擦ってから彼の方へ近づいた。
「助けてくれてありがとうって言いたいのは山々だけど何かムカつくな。さっき電話寄越したのもお前だろ ?」
「ご名答…本名は言わないがSって名乗っとこうか。色々詮索されると困る身でね」
「こっちの事は何でも知ってる癖に自分は隠れるのか。なにもんだよアンタ ?」
「言ったろ、行動次第だって。今は君のファンであり…味方だ。まさか本当に飛び込んでいくとは思わなかった。お陰でこっちもやりやすかったよ」
Sを名乗る鴉天狗に対して探りを入れようとする龍人だが簡単にあしらわれてしまう。そんな折に翔希も空から現れた。
「夏奈… ! 良かった無事で…」
「え、あ、うん…」
安堵している彼とは対照的に夏奈の反応は恐ろしく冷ややかだった。当然の帰結である。自分の不手際で巻き込んでおきながら都合の良い時だけ心優しい聖人を演じる者に、温かいまなざしを送ってやれるようなお人好しは存在しない。
「ひとまず集団で固まってると目立つな。一回散らばろう。何かあった時はまた連絡する。龍人…だっけ ? そこの二人はお前が勝手に匿ってくれ。俺関係ないし」
塀の上で器用に立ち上がったSは夏奈たちを指さした。
「は ? いやちょっと待て…行きやがったあの野郎」
返事を聞かないまま飛び立ったSを睨みつけながら龍人は見送り、ため息交じりに夏奈たちを見る。匿えと言われても応急処置も済んでいない怪我人と貧弱そうな鴉天狗を引き連れてどうしろというのか。
「…ここからだと、近いよな」
だが少しして預かってくれそうな場所がある事を思い出し、二人に声をかけて歩き出す。飲食街…幸いにも”ストランド”の最寄であった。
「ぶち殺されてえのかクソ人間 !」
口々に罵声が飛んできた。兼智はと言うと棒を眉間にぶつけられたのが酷く堪えたのか顔を抑えて項垂れている。龍人は霊糸で床に転がっていた棒を回収し、手元へ引き寄せる。そして肩に担いでから辺りを窺った。周りの視線がこちらへ向いている以上、逃げるのは得策ではないだろう。一人ならまだしも怪我人がいる。無事で済む確率は低い。
刹那、くぐもった爆発音がした。僅かに建物が揺れる。音の下方角は外…向かいの倉庫だった。向かいの倉庫では銀翼の鴉天狗が神通力を使い、龍人が拷問の最中に乱入した事を感じ取ってから行動に移り出していたのだ。
「ほーら出てこい。食事の時間だ」
彼が手を叩いた瞬間に蛍火達が檻に張られた札に張り付く。そして羽の上で燃え盛っている火が札に移った直後、爆発を起こして檻の入り口を破壊した。不細工で歪んだ面をした泥人形の様な木っ端の暗逢者たちが呻きながら檻から出て来る。それだけではない。奥の方にいた大型の暗逢者まで目を覚まし、格子を破壊しながら雄叫びを上げだした。
「やべ、退散退散」
銀翼の鴉天狗は焦ったのかそう呟き、こっそりと裏口から出て行く。暗逢者達は倉庫の正面に備えられた入口用のシャッターを引っ掻き続けるが、暴れ出した大型の暗逢者の突進で簡単に破壊されるや否や、そこからわらわらと外へ出た後に明かりがついている向かいの廃倉庫へとつたない足取りで駆け出した。
「な…何だ今の⁉」
「あの人間が何かしやがったのか⁉」
「待て…この呻き声、まさか――」
鴉天狗たちが異変に気付き、やがてその正体に勘づいた時だった。廃倉庫のシャッターが破壊され、大型の暗逢者が姿を現す。光る眼、外れてるのではないかと見間違えてしまう程に大きく開かれた口、象の様な固い皮膚と不自然にあちこちが隆起した歪な筋肉。そして六メートルはあろうかという体躯。
「”だらご”の群れに…”おおだらご”まで… !」
佐那との座学においてある程度暗逢者に対する知識を身に着けていたのか、龍人は彼らの名前を呟いた。周りを歩く人型はだらご、そして大型の暗逢者の名はおおだらご。古文書にはそう書かれていた。だがまたとない好機だった。だらご達はパニックになっている鴉天狗たちを襲っており、まだこちらに気付いていない。
「おい !」
頭上から声がした。上を向くと銀翼の鴉天狗が翼をはためかせて滞空し、こちらに手を振っている。
「逃げるんだろ ? 霊糸を俺の足に巻きつけろ」
銀翼の鴉天狗はこちらへ呼びかける。なぜ霊糸を知っているのか疑問だったがそんな事は後で聞けばいい。龍人は怪しみながらも手から霊糸を放って、彼の脚に巻き付けた。
「オッケー。振り落とされんなよ !」
龍人が霊糸を使用したまま夏奈を抱きしめたのを確認する。そこから彼らを引っ張り上げ、宙づりにしたまま銀翼の鴉天狗は飛び去った。二人分の体重を支えなければならないせいで速度は落ちるが、騒乱から逃れるには十分な速度だった。
「な…夏奈 ! 待って !」
ボロボロの状態ではあるが、翔希もその後を追いかける。暫くしてから他の鴉天狗たちも倉庫から逃げ出し離散していった。暗逢者達をそのままにしてである。
――――倉庫から逃れた後、銀翼の鴉天狗は葦が丘地区の飲食街へとやってくる。そのまま居酒屋が立ち並ぶ通りの路地裏へと龍人たちを降ろした。着地をした龍人は夏奈を近くのビールケースに腰を下ろさせる。銀翼の鴉天狗の方は近くにあった塀の上で膝を組んで座っていた。近くにいて分かったのだが、彼の翼は金属製故に煌めいており、動かす度にロボットが駆動するかのような小さな音を立てていた。
「夏奈ちゃん、少し見せて…これ折れてるな。開放性じゃないだけマシか」
垂れさがり、内出血を起こした夏奈の腕を見て龍人は苦しげに言った。だがそんな彼を銀翼の鴉天狗は少し嬉しそうに見つめている。期待通りといった様子だった。
「想像以上の度胸と人の善さがあるな。老師様の教育の賜物ってやつか ? それとも元からお人好し…なわけねえか。アンタ前科者だしな。それも常習犯」
あらかたお見通しといった所らしく、鴉天狗は龍人を揶揄ってくる。龍人は夏奈を安心させるために肩を少し擦ってから彼の方へ近づいた。
「助けてくれてありがとうって言いたいのは山々だけど何かムカつくな。さっき電話寄越したのもお前だろ ?」
「ご名答…本名は言わないがSって名乗っとこうか。色々詮索されると困る身でね」
「こっちの事は何でも知ってる癖に自分は隠れるのか。なにもんだよアンタ ?」
「言ったろ、行動次第だって。今は君のファンであり…味方だ。まさか本当に飛び込んでいくとは思わなかった。お陰でこっちもやりやすかったよ」
Sを名乗る鴉天狗に対して探りを入れようとする龍人だが簡単にあしらわれてしまう。そんな折に翔希も空から現れた。
「夏奈… ! 良かった無事で…」
「え、あ、うん…」
安堵している彼とは対照的に夏奈の反応は恐ろしく冷ややかだった。当然の帰結である。自分の不手際で巻き込んでおきながら都合の良い時だけ心優しい聖人を演じる者に、温かいまなざしを送ってやれるようなお人好しは存在しない。
「ひとまず集団で固まってると目立つな。一回散らばろう。何かあった時はまた連絡する。龍人…だっけ ? そこの二人はお前が勝手に匿ってくれ。俺関係ないし」
塀の上で器用に立ち上がったSは夏奈たちを指さした。
「は ? いやちょっと待て…行きやがったあの野郎」
返事を聞かないまま飛び立ったSを睨みつけながら龍人は見送り、ため息交じりに夏奈たちを見る。匿えと言われても応急処置も済んでいない怪我人と貧弱そうな鴉天狗を引き連れてどうしろというのか。
「…ここからだと、近いよな」
だが少しして預かってくれそうな場所がある事を思い出し、二人に声をかけて歩き出す。飲食街…幸いにも”ストランド”の最寄であった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!
どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入!
舐めた奴らに、真実が牙を剥く!
何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ?
しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない?
訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、
なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト!
そして…わかってくる、この異世界の異常性。
出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。
主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。
相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。
ハーレム要素は、不明とします。
復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。
追記
2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。
8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。
2024/02/23
アルファポリスオンリーを解除しました。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

異世界無宿
ゆきねる
ファンタジー
運転席から見た景色は、異世界だった。
アクション映画への憧れを捨て切れない男、和泉 俊介。
映画の影響で筋トレしてみたり、休日にエアガンを弄りつつ映画を観るのが楽しみな男。
訳あって車を購入する事になった時、偶然通りかかったお店にて運命の出会いをする。
一目惚れで購入した車の納車日。
エンジンをかけて前方に目をやった時、そこは知らない景色(異世界)が広がっていた…
神様の道楽で異世界転移をさせられた男は、愛車の持つ特別な能力を頼りに異世界を駆け抜ける。
アクション有り!
ロマンス控えめ!
ご都合主義展開あり!
ノリと勢いで物語を書いてますので、B級映画を観るような感覚で楽しんでいただければ幸いです。
不定期投稿になります。
投稿する際の時間は11:30(24h表記)となります。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

アレク・プランタン
かえるまる
ファンタジー
長く辛い闘病が終わった
と‥‥転生となった
剣と魔法が織りなす世界へ
チートも特典も何もないまま
ただ前世の記憶だけを頼りに
俺は精一杯やってみる
毎日更新中!

元万能技術者の冒険者にして釣り人な日々
於田縫紀
ファンタジー
俺は神殿技術者だったが過労死して転生。そして冒険者となった日の夜に記憶や技能・魔法を取り戻した。しかしかつて持っていた能力や魔法の他に、釣りに必要だと神が判断した様々な技能や魔法がおまけされていた。
今世はこれらを利用してのんびり釣り、最小限に仕事をしようと思ったのだが……
(タイトルは異なりますが、カクヨム投稿中の『何でも作れる元神殿技術者の冒険者にして釣り人な日々』と同じお話です。更新が追いつくまでは毎日更新、追いついた後は隔日更新となります)

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる