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16章 討伐前
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ルーク様もこの二日間はお休みになるそうで、わたしとゆっくり過ごしたいと言ってくれた。
夜、フランクさんに言って、わたしの予定を二日間は何もなしに、つまり侍女としての仕事をお休みにしてもらっていた。
……ただでさえ働きが少ないから、わたしは侍女の仕事はするって言ったら、一緒に過ごす時間が減るとルーク様に拗ねられた。子どもか!
お休みの日の朝。
ルーク様はわたしをピクニックに連れて行ってくれると言っていたので、わたしは張り切ってお弁当を作った。
……と言っても、ほとんどは本館のシェフとゼンが作ったんだけど。
わたしはデザートのカップケーキを焼いた。
ルーク様、食べてくれるといいな。
「ニーナ、何してる。馬車が待ってるぞ」
わたしがワタワタと準備をしていると、ルーク様が厨房を覗きに来た。
今日のルーク様は、白いシャツにカーキ色のトラウザーズ姿で、ラフな王子様という雰囲気だ。
「はいっ、もう行きます」
ゼンにお弁当をバスケットに綺麗に入れてもらい、わたしはそれを持って玄関に急いだ。
玄関では、フランクさんとサリーさんがお見送りをしてくれる。
サリーさんが微笑んでわたしに言う。
「湖畔に行くって言ってたけど、ニーナは溺れたりしないようにね」
「サリーさん、そんなに子どもじゃないですよ。はしゃいで水遊びする歳は通り過ぎました」
フランクさんが、ほっほっほと笑う。
「いやあ、まだまだ子どもですよ。ね、ルーク様。節度を持った遊びをお願いします」
釘を刺すのを忘れないフランクさん、さすがデイヴィス家の執事さんだわ。
ルーク様はため息を一つ吐き出した。
「フランクは何を言ってるんだ。節度を持っているオレを信用していないんだな」
「いえいえ。とんでもございません。ただ、わたくしがニーナのご両親よりニーナをお預かりしておりますので、念のため」
「はあ。ニーナ、さっさと行ってしまおう」
ルーク様はわたしの手を取り、すぐに馬車に乗せた。
ルーク様が乗り込んで扉を閉められたので、小窓から慌てて顔を出す。
「フランクさん、サリーさん、では、行って参ります。どうぞ、ルーク様のお世話はお任せください!」
わたしがそう言うと、サリーさんが馬車に寄ってくる。
「ニーナ、今日はあなたもお休みなんだから、お世話など気にしないでゆっくり遊んできてね」
「はいっ!」
わたしたちのやり取りを聞いてルーク様は、「オレは世話などされなくても大丈夫だ」と渋いお顔をしていた。
「出してくれ」
ルーク様が御者に声を掛け、馬車が動き始めた。
「ルーク様、窓は開けておいてもいいですか?」
「外から見られるぞ」
「でも、外の景色も見えるじゃないですか」
わたしがキラキラと目を潤ませてルーク様を見ると、ルーク様は少し不貞腐れたように頷いた。
「窓が開いていたら膝に乗せることもできない……」
「え? ルーク様何かおっしゃいました?」
「なんでもないよ」
窓を開けることを許されて、そのまま他愛無いおしゃべりをしていると、窓の外の景色が少しずつ変わってきた。
「ルーク様、川が見えます。うわあ、大きな川ですねぇ、ミラー子爵家の近くの川を思い出します。あんなに大きくないけれど」
わたしの声にルーク様も窓の外を覗き込む。
「ああ、ルテール川だな。ここで取れる川魚は、演習場の食堂でよく出るやつだ」
「近いですもんね! 新鮮なお魚は美味しいです」
そのまましばらく川縁を馬車は走って行く。
そのうちに、ぎゅっと詰まった家や建物の間隔が段々と緩やかになっていき、ゆったりとした雰囲気になった頃、畑なども見えて来た。
そういえば、わたしは前世も今世も旅行に行ったことがない。
前世は貴族だったので、旅行にも行きそうなものどけど、精々が領地の見回りくらいだった。
今世は庶民だし、お店を放って旅行に行けるわけがなく。
だから、目を前に広がって行く田園風景などは、初めて見る景色だった。
「うわぁ、見てくださいルーク様。葡萄畑ですよ。美味しそう」
「どれ? ああ、帰りにサリーに土産に買って帰ろう」
小さな小窓に二人で顔を並べると、自然と距離が近くなる。
ルーク様の綺麗なお顔とわたしの顔の距離があまりにも近いので、わたしは慌ててルーク様から少し離れた。
「そ、それにしても随分遠いんですね。もうお昼ですよ」
窓から見た太陽が予想より高かったので、ポケットから懐中時計を出すと、もうお昼を過ぎたところだった。
何故かルーク様はニヤリと笑い、御者に声を掛ける。
「ニーナ、少し行ったところで馬車を停める。少し遅くなったがそこで昼にしよう」
ルーク様がそうおっしゃるので、窓の外を見ると、すっかり民家は見えなくなっていて、周りは涼やかに立ち並ぶ木々が揺れていた。
夜、フランクさんに言って、わたしの予定を二日間は何もなしに、つまり侍女としての仕事をお休みにしてもらっていた。
……ただでさえ働きが少ないから、わたしは侍女の仕事はするって言ったら、一緒に過ごす時間が減るとルーク様に拗ねられた。子どもか!
お休みの日の朝。
ルーク様はわたしをピクニックに連れて行ってくれると言っていたので、わたしは張り切ってお弁当を作った。
……と言っても、ほとんどは本館のシェフとゼンが作ったんだけど。
わたしはデザートのカップケーキを焼いた。
ルーク様、食べてくれるといいな。
「ニーナ、何してる。馬車が待ってるぞ」
わたしがワタワタと準備をしていると、ルーク様が厨房を覗きに来た。
今日のルーク様は、白いシャツにカーキ色のトラウザーズ姿で、ラフな王子様という雰囲気だ。
「はいっ、もう行きます」
ゼンにお弁当をバスケットに綺麗に入れてもらい、わたしはそれを持って玄関に急いだ。
玄関では、フランクさんとサリーさんがお見送りをしてくれる。
サリーさんが微笑んでわたしに言う。
「湖畔に行くって言ってたけど、ニーナは溺れたりしないようにね」
「サリーさん、そんなに子どもじゃないですよ。はしゃいで水遊びする歳は通り過ぎました」
フランクさんが、ほっほっほと笑う。
「いやあ、まだまだ子どもですよ。ね、ルーク様。節度を持った遊びをお願いします」
釘を刺すのを忘れないフランクさん、さすがデイヴィス家の執事さんだわ。
ルーク様はため息を一つ吐き出した。
「フランクは何を言ってるんだ。節度を持っているオレを信用していないんだな」
「いえいえ。とんでもございません。ただ、わたくしがニーナのご両親よりニーナをお預かりしておりますので、念のため」
「はあ。ニーナ、さっさと行ってしまおう」
ルーク様はわたしの手を取り、すぐに馬車に乗せた。
ルーク様が乗り込んで扉を閉められたので、小窓から慌てて顔を出す。
「フランクさん、サリーさん、では、行って参ります。どうぞ、ルーク様のお世話はお任せください!」
わたしがそう言うと、サリーさんが馬車に寄ってくる。
「ニーナ、今日はあなたもお休みなんだから、お世話など気にしないでゆっくり遊んできてね」
「はいっ!」
わたしたちのやり取りを聞いてルーク様は、「オレは世話などされなくても大丈夫だ」と渋いお顔をしていた。
「出してくれ」
ルーク様が御者に声を掛け、馬車が動き始めた。
「ルーク様、窓は開けておいてもいいですか?」
「外から見られるぞ」
「でも、外の景色も見えるじゃないですか」
わたしがキラキラと目を潤ませてルーク様を見ると、ルーク様は少し不貞腐れたように頷いた。
「窓が開いていたら膝に乗せることもできない……」
「え? ルーク様何かおっしゃいました?」
「なんでもないよ」
窓を開けることを許されて、そのまま他愛無いおしゃべりをしていると、窓の外の景色が少しずつ変わってきた。
「ルーク様、川が見えます。うわあ、大きな川ですねぇ、ミラー子爵家の近くの川を思い出します。あんなに大きくないけれど」
わたしの声にルーク様も窓の外を覗き込む。
「ああ、ルテール川だな。ここで取れる川魚は、演習場の食堂でよく出るやつだ」
「近いですもんね! 新鮮なお魚は美味しいです」
そのまましばらく川縁を馬車は走って行く。
そのうちに、ぎゅっと詰まった家や建物の間隔が段々と緩やかになっていき、ゆったりとした雰囲気になった頃、畑なども見えて来た。
そういえば、わたしは前世も今世も旅行に行ったことがない。
前世は貴族だったので、旅行にも行きそうなものどけど、精々が領地の見回りくらいだった。
今世は庶民だし、お店を放って旅行に行けるわけがなく。
だから、目を前に広がって行く田園風景などは、初めて見る景色だった。
「うわぁ、見てくださいルーク様。葡萄畑ですよ。美味しそう」
「どれ? ああ、帰りにサリーに土産に買って帰ろう」
小さな小窓に二人で顔を並べると、自然と距離が近くなる。
ルーク様の綺麗なお顔とわたしの顔の距離があまりにも近いので、わたしは慌ててルーク様から少し離れた。
「そ、それにしても随分遠いんですね。もうお昼ですよ」
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何故かルーク様はニヤリと笑い、御者に声を掛ける。
「ニーナ、少し行ったところで馬車を停める。少し遅くなったがそこで昼にしよう」
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