もう一度あなたに逢いたくて〜こぼれ落ちた運命を再び拾うまで〜

雪野 結莉

文字の大きさ
上 下
156 / 255
16章 討伐前

3

しおりを挟む
しばらくすると馬車が止まったので、ルーク様に手を引かれて外に出る。

デイヴィス家の馬車はいいクッションを椅子に使っているから、おしりが痛くなることはなかったけど、ずっと座っていたから体がカチコチだった。

馬車が止まったそこは、もう目的地。
周りを木々で囲まれた湖のほとりで、涼しい風がわたしの頬を撫でていった。

「ふは~」
両手を伸ばして深呼吸すると、ルーク様が笑い出す。

「やっぱり、馬車の中で大人しくしているのは、ニーナには合わないんだな」
「そういうことではありません。休憩もなしにずっと座ったままだったから、ちょっと伸びたくなっただけです。さ、お昼にしましょう」

わたしは大きな木の下に敷布を敷き、靴を脱いでそこに上がった。
ルーク様はわたしに遅れてのそのそとやって来て、わたしの隣に腰をおろす。

御者の人も一緒にと、お誘いしたんだけど、首をすごい勢いで左右に振って、御者台で休みますと言って戻って行った。
走り去ろうとするのを慌てて捕まえて、少しだけどサンドイッチを渡した。……食べてくれるといいけど。

「何考えてるんだ?」
わたしが馬車の方を見て手を止めたのを、ルーク様が首を傾げて見ている。

「いえ、御者の人もお休みなしでここまで大丈夫だったかなと。でも、ほんとに遠いところなんですね。ちょっと遊べると思っていたのに、来るだけでこんなに時間がかかったら、お昼食べたらすぐに帰らないといけないですね」

ルーク様とお出かけはそれだけで楽しいけど、やっぱりちょっと二人で何かしたかったな。

コポポポと水筒から冷たい紅茶をカップに入れてルーク様に渡すと、満足そうに笑った。

「大丈夫だ。まだ時間はある。遊びたいなら遊べばいいさ。何をする? 釣りもできるぞ」

ルーク様の言葉に顔を上げると、確かに湖にはボートが浮いていた。
それにしても、こんなに綺麗な湖なのに、わたし達以外は誰もいないなんて。
それだけ、街から遠いと言うことなのかしら。

「時間、大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ」

帰着が夜中になるってことかしら。
それならそれで構わないけど……。明日もお休みだし。

「だったら、釣りはしなくていいので、ボートには乗ってみたいです。あ、でもわたしボート漕げません」
わたしがそう言うと、ルーク様はローストビーフを食べながら眉を寄せた。

「おまえはオレのことをどう見てるんだ? オレがボートも漕げないような奴だと思っているのか?」
「いえ、二人でボートに乗るならオールを握るのは使用人の役目かと……」

ルーク様は眉をピクリとさせ、わたしの肩を抱いた。
そして、わたしに顔を近付けると、頬にチュッとキスを落とした。
「使用人じゃない。恋人だろ?」
「や、やめてください。ルーク様。外なのに……誰かに見られたらどうするんですか?」

わたしの抗議虚しく、ルーク様は益々わたしを抱く腕に力を入れる。

「見られる訳がない。ここはデイヴィス家の私有地だからな。今日はオレ達の他は、誰も入って来ない」
「えっ、」
「まぁ、御者もいるが何も見るなと言ってある。だから、二人きりだな。ニーナ」

嬉しそうにルーク様が微笑む。

そうか。
だから、御者の人をランチに誘ったら、青い顔をして逃げるように馬車に戻って行ったのか。

「ルーク様、御者の人がかわいそうですよ。休みなしにこんなに遠くまで馬を操ってくれたのに」
「いいんだよ。仕事内容は予め言って御者達に声をかけてる。わかってて名乗りをあげたんだから、大丈夫だ。今回はこの遠乗りだけで破格の給金出してるしな」
「もぉっ! そういう問題じゃないです」

ぶすっとしてしまったわたしに、ルーク様は頭を撫でて機嫌を取る。
「わかったわかった。節度を守った態度を取るよ。ほら、ニーナの作ったカップケーキ、すごく美味いぞ」
「ほんとですか!? よかった~。早起きして頑張ったかいがありました! お口にあって良かったです」

カップケーキを褒められただけで機嫌が直るなんて、ほんとにわたしって単純なのかも……。

それから、湖にボートで出て、手を水に浸したり、ちょっぴりふざけてルーク様に水をかけたりしながら過ごした。
わたしが笑いながらルーク様に水を掛けた時は、ルーク様は目を細めてわたしを見ていた。
わたしも、昔、前世でルーク様と水遊びした時のことを思い出していた。

遠い記憶。
愛しい、いとしい、遠い記憶。



遊び疲れたわたしは、馬車に戻ると寝てしまったようで、馬車の車輪が止まる音で目が覚めた。

ルーク様の肩に寄りかかっていたわたしは、目を擦りながらルーク様の顔を見る。
「ルーク様、着いたんですか?」

カーテンの掛かる小窓はすっかりと暗くなっていて、もう日が暮れたのがわかった。

「ああ、着いた。歩けるか? 屋敷の中まで抱えて行こうか?」
「大丈夫です。目は覚めましたから、歩けます」

そんな話をしていると、御者が扉を開けてくれる。

外はもう暗く、ルーク様の手を借りて馬車から降りると、そこにあったのはいつものデイヴィス家別棟ではなかった。

お屋敷とは言える大きさだけど、別棟よりは全然小さいお屋敷が目の前にあった。
でも小さいとは言っても、ミラー子爵家とは同じくらいかも……。

「……ルーク様、ここ、どこですか?」

わたしが降りた場所から足を動かさずに聞くと、ルーク様は笑顔で手を引く。

「ここはデイヴィス家の別荘だ」

思い切り手を引かれて、わたしは足を進めるしかなく、目の前のお屋敷の方へと歩いて行った。

「どうして別棟じゃないんですか? 今日中に帰れるんでしょうか……?」

ルーク様はそのまま別荘のドアを開ける。

その音でルーク様の来訪に気がついたのか、メイドが一人素早くやって来て、わたしたちに頭を下げた。

「部屋は?」
「ご用意できております」
「そうか。じゃ、あとは勝手にやるから。御者に声をかけて休ませてやってくれ」
「かしこまりました」

ルーク様達はわたしをよそに、会話を終わらせてしまった。

メイドはそのまま外に出て行く。
多分、御者のところへ行ったのだろう。

玄関ホール前の大階段を上りながら、口を開く。

「ルーク様、どういうことですか?」
「別棟にいると、フランクとサリーがうるさいからな。少し足を伸ばして別荘まで来たんだ」
「へっ?」

「今日はここに泊まるぞ」








*****************




これから少し殺伐としますので、ほっこり回です。
まだ、ほっこり回は続きます。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】100日後に処刑されるイグワーナ(悪役令嬢)は抜け毛スキルで無双する

みねバイヤーン
恋愛
せっかく悪役令嬢に転生したのに、もう断罪イベント終わって、牢屋にぶち込まれてるんですけどー。これは100日後に処刑されるイグワーナが、抜け毛操りスキルを使って無双し、自分を陥れた第一王子と聖女の妹をざまぁする、そんな物語。

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

公爵夫人アリアの華麗なるダブルワーク〜秘密の隠し部屋からお届けいたします〜

白猫
恋愛
主人公アリアとディカルト公爵家の当主であるルドルフは、政略結婚により結ばれた典型的な貴族の夫婦だった。 がしかし、5年ぶりに戦地から戻ったルドルフは敗戦国である隣国の平民イザベラを連れ帰る。城に戻ったルドルフからは目すら合わせてもらえないまま、本邸と別邸にわかれた別居生活が始まる。愛人なのかすら教えてもらえない女性の存在、そのイザベラから無駄に意識されるうちに、アリアは面倒臭さに頭を抱えるようになる。ある日、侍女から語られたイザベラに関する「推測」をきっかけに物語は大きく動き出す。 暗闇しかないトンネルのような現状から抜け出すには、ルドルフと離婚し公爵令嬢に戻るしかないと思っていたアリアだが、その「推測」にひと握りの可能性を見出したのだ。そして公爵邸にいながら自分を磨き、リスキリングに挑戦する。とにかく今あるものを使って、できるだけ抵抗しよう!そんなアリアを待っていたのは、思わぬ新しい人生と想像を上回る幸福であった。公爵夫人の反撃と挑戦の狼煙、いまここに高く打ち上げます! ➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

処理中です...