もう一度あなたに逢いたくて〜こぼれ落ちた運命を再び拾うまで〜

雪野 結莉

文字の大きさ
上 下
22 / 255
2章 気持ちを育む

13

しおりを挟む
ホール内に入ると、お父様とお母様はダンスの輪に混じり、お兄様とお姉様はお友達のところへと散って行く。
ルーク様は毎年、わたしのエスコートだけして帰ってしまうので、わたしもいつもと同じように、ルーク様の手を離し、お姉様の後を追おうとした。

「では、ルーク様。また。今度は明後日ですね。また遊びに行きます」
「あぁ。じゃあ」

ルーク様の腕を離し、お姉様の方へと歩いていく。
ルーク様と距離が開いたところで、カン高い女の子の声が響いた。

「ルーク様、わたくしとダンスを踊ってくださらない?」
わたしがルーク様の名前に反応して振り返ると、フリーク侯爵令嬢のモニカ様がルーク様へと手を伸ばしていた。

「……なんでオレが?」
不機嫌そうな顔を隠そうともせず、ルーク様が答える。
高そうな赤のベルベットのドレスを着たモニカ様は、臆せず微笑んだ。
「女性からの申し出を断るなんて、マナーに反しますわ。さ、わたくしの手を取ってくださるかしら」
ルーク様が嫌そうな顔をして、モニカ様を見ていると、フリーク侯爵夫人がやってきた。
「ルーク様、うちの娘に恥をかかせるようなことはなさらないわよね? きちんとした婚約者と、きちんとしたマナーを勉強しているのであれば
、何も言わずとも理解できることと存じますが?」

扇子で口元を隠し、ちらりとわたしを見ながらフリーク侯爵夫人はルーク様を挑発する。
婚約者がいるのであれば、マナーに反することはどんなことかわかるだろうと。

ルーク様はぶっきらぼうにモニカ様の手を取り、ダンスの輪に入っていった。


わたしはそれを茫然と見送った。

え……。
嘘でしょう。

今までルーク様はパーティーには顔だけ出してお帰りになられていたから、ダンスはまだ誰とも踊ったことはない。

社交界デビューはまだ先だけど、こんな時間の早いパーティーでは子どももダンスを踊れるのだ。
でも、ルーク様はあまりパーティーに長居したがらないし、わたしもパートナーと踊るダンスはデビューしてからでいいかなと思っていた。

だから、ルーク様が初めて踊るダンスはデビューの時にわたしと踊るダンスだと思っていたのに……。

わたしの瞳に映るルーク様は、金糸の髪を靡かせて、まるで物語に出てくる王子様のようだった。
仮面で顔を隠してはいても、その他の部分がルーク様の麗しさを隠せずにいる。

モニカ様とは2歳差があるが、ふたりの背は同じくらいで、ダンスを踊るのになんの不都合もなく、モニカ様の綺麗な赤いドレスがターンをする度に綺麗に咲いて、ホールの隅だというのに、側にいた誰もが見惚れた。

2人を見ていたら、わたしの胸がチリチリと痛んだ。

曲が終わり、2人が礼をする。
ルーク様はそのままその場を離れようとしたけれど、モニカ様はルーク様の腕に自分の腕を絡ませた。
「ルーク様、もう一曲お願いしますわ」
ルーク様は手を振り払う。
「同じ者と二度続けて踊るのは、婚約者とだけだ。君はオレの婚約者じゃない」

ルーク様がモニカ様を睨み付けると、フリーク侯爵夫人が間に入る。

「ルーク様、モニカとは息もぴったりだったじゃございませんか。やはり、マナーや教養は同じ地位の者とでないと、わかり合えませんわ。モニカを婚約者にするのが良いのではなくって?」

その言葉を聞き、周りの目が一斉にわたしへと向いた。

侯爵令嬢のモニカ様と、子爵令嬢のわたしを見比べる目だ。

壁際で小さくなる以外、わたしはどうすることもできずに、ただそこに立ち尽くしていた。
こんな時に限って、周りにはお父様もお兄様も誰もいない。

泣きたい気持ちになったその時に、ルーク様が言い放った。
「オレの婚約者は、ジーナ・ミラーただ1人だ。この先、何があろうとも、未来永劫ジーナ以外の婚約者は認めない」

そして、ツカツカとわたしの元へ歩いてきて、わたしの手を取る。
「行くぞ」
そのまま、わたしはルーク様に連れられて、ホールを後にした。


ホールからそう離れていないところに、高位貴族の休憩室があった。
踊り疲れた者たちが、少し座って寛げるよう、配慮された部屋で、ゆったりとしたテーブルセットがいくつか置いてあった。

わたしはルーク様に連れられて、その一室に居る。
「ルーク様、わたし、こんなところ初めて入りました」
「オレだって初めて使ったよ」
5組ほどのテーブルセットがあるが、休憩しているのはわたしたちだけだ。
まだ、パーティー始まったばかりだもんね。

わたしは長椅子に腰掛け、ふぅと息を吐く。
反対側に座っているルーク様も、疲れているようだ。
「ルーク様、この先何があろうとも、わたしが婚約者でいいんですか?」
さっき、ルーク様が言ってたことだけど、聞いてみる。
だって、確かに子爵家の教育と侯爵家の教育では、差があるだろう。

ルーク様はニヤリと笑う。
「前に言ったろ。死が2人を分かつとも、だ」
「分かつまで、じゃないんですか?」
「死んでも変わらない。ジーナはこの先ずっと、オレの婚約者だ」

この先ずっと。
それは、嬉しい約束だ。

「えへへー。ありがとうございます。ルーク様。でも、わたし今日はちょっと悲しかったです。ルーク様のファーストダンスのお相手は、ずっと、わたしだと思ってたのに」
「仕方ないだろう。逃げられなかったんだから。ダンスくらい、いいじゃないか。この先のオレのパートナーは、ずっとジーナだ」

ま、それもそうか。

「じゃ、ルーク様のファーストダンスはもう仕方ないとして、わたしのファーストダンスの相手は、絶対にルーク様ですよ?」
「当たり前だ。それまで、誰にも誘われるなよ」
「デビュー前の子どもにダンスを申し込むなんて、よっぽどの事情がなければありえませんよ」

えへへっと、笑い合って、給仕の人に頼んだ温かい紅茶を飲んでから、二人でホールへ戻って、ルーク様はお兄様やお姉様の元にわたしを送っていった。

「義兄上、義姉上。ジーナをよろしくお願いします、じゃあな。ジーナ」
お兄様達にわたしを任せると、ルーク様は踵を返し、帰ろうとした。

「あ、ルーク様。馬車のところまで一緒に行きます」
わたしはお兄様の手を離れて、再度ルーク様の腕を取った。
「おいおい。送ってきた意味がないじゃないか」
ルーク様が呆れてわたしの腕を戻す。
「ちょっとだけです。お兄様、お姉様、すぐ戻ってきますから」
ルーク様がまだブツブツ言おうとするのを見て、お兄様が助け船を出してくれる。
「ジーナは一度言ったら聞かないんだ。馬車まで見送りさせてやってくれよ」

ルーク様はうちのお兄様に弱い。
お兄様から頼まれたら嫌と言えないので、今回も渋々頷いてくれた。

ルーク様にエスコートされたまま、馬車が停まっているところまで歩いていく。
「もういいだろ? 早く義兄上のところへ戻れよ」
ルーク様がわたしを戻そうとする。
「あ、うちの馬車が見えました。ルーク様、ここでちょっと待っててくださいね」
わたしは、馬車待合所で見つけた我が家の馬車に向かって走って行った。
いくつもの馬車を通り過ぎて、うちの馬車までたどり着くと、馬車の中に置いてきた物を取り出して、ルーク様の元へと急いだ。

「ルーク様、あの、これどうぞ」
わたしはルーク様に、ピンクのリボンのかかった箱を差し出した。
「なんだ?」
「開けてみてくださいよ」

ルーク様は顔いっぱいに「?」を浮かべてゆっくりと箱を開けた。
「これ……!」

箱の中には、薄いブルーのハンカチに、ルーク様のイニシャルをわたしが刺繍したものが入っている。

「とぉ~っても大変でした。大事に使ってくださいね」
ルーク様は箱からハンカチを取り出す。
ふわりと出てきたそれは、はっきり言ってとても不格好だ。
でも、ひと針ひと針、ルーク様への思いを込めて刺繍したものなのだ。

ルーク様はじっとハンカチを見て、とても嬉しそうに笑った。

「ありがとう。一生、大切にするよ」
「ルーク様、大袈裟です」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】100日後に処刑されるイグワーナ(悪役令嬢)は抜け毛スキルで無双する

みねバイヤーン
恋愛
せっかく悪役令嬢に転生したのに、もう断罪イベント終わって、牢屋にぶち込まれてるんですけどー。これは100日後に処刑されるイグワーナが、抜け毛操りスキルを使って無双し、自分を陥れた第一王子と聖女の妹をざまぁする、そんな物語。

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

公爵夫人アリアの華麗なるダブルワーク〜秘密の隠し部屋からお届けいたします〜

白猫
恋愛
主人公アリアとディカルト公爵家の当主であるルドルフは、政略結婚により結ばれた典型的な貴族の夫婦だった。 がしかし、5年ぶりに戦地から戻ったルドルフは敗戦国である隣国の平民イザベラを連れ帰る。城に戻ったルドルフからは目すら合わせてもらえないまま、本邸と別邸にわかれた別居生活が始まる。愛人なのかすら教えてもらえない女性の存在、そのイザベラから無駄に意識されるうちに、アリアは面倒臭さに頭を抱えるようになる。ある日、侍女から語られたイザベラに関する「推測」をきっかけに物語は大きく動き出す。 暗闇しかないトンネルのような現状から抜け出すには、ルドルフと離婚し公爵令嬢に戻るしかないと思っていたアリアだが、その「推測」にひと握りの可能性を見出したのだ。そして公爵邸にいながら自分を磨き、リスキリングに挑戦する。とにかく今あるものを使って、できるだけ抵抗しよう!そんなアリアを待っていたのは、思わぬ新しい人生と想像を上回る幸福であった。公爵夫人の反撃と挑戦の狼煙、いまここに高く打ち上げます! ➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

処理中です...