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婚約
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しおりを挟むディエゴは数年ぶりにみるメリッサの成長した姿に目を見開いた。
メリッサは憎たらしいほど美しく綺麗な淑女となっていた。
元から末恐ろしいと言われるほど幼少の頃から際立って美しく、あの時まではディエゴの理想の美貌の女としてその心に住み着くほどの美少女だった。
それが今や落ち着きと優雅さを身につけ、姿勢や目線の角度、仕草の一つ一つが自然で酷く上品である。
匂いたつような色香と清楚な雰囲気。
なんともアンバランスな魅力を放ち、見る者の視線を釘付けにする。
伸びやかな肢体に布の上からでも分かる成長した胸とそれとは逆に優美な曲線を描く腰の細さに、ディエゴは無意識で大きく唾を飲み込んだ。
耳に心地の良い、少し低めの声は官能的なのに、後ろで控える護衛の騎士に声をかけるときの無邪気な表情は昔とまったく変わらず幼い。
メリッサが微笑みかける自分と同じ身長と体格を持つ同年代だと思われる男が今のメリッサの愛しい人だとディエゴは気づいたが何も言わなかった。
大きく無骨な革の眼帯で右目とその周辺の傷跡を隠すディエゴを前にしたメリッサもまた少し驚いていた。
醜い傷跡が隠れているからか、あの頃感じていたディエゴへの嫌悪がまったく湧かなかったからだ。
それとは逆に罪悪感も湧かない。
数年ぶりに目にするかつての婚約者は随分老練な雰囲気を身に纏うようになっていた。
この数年も鍛錬を一度も欠かさなかったのだろう、鍛え抜かれた体格は前よりも立派だ。
昔は気にならなかったディエゴの野生的で猛々しいオーラに気圧されるような気がする。
そしてかつてメリッサが手酷く裏切ったディエゴは一体どんな憎しみの籠った目で自分を睨み、罵倒するのだろうかと身構えていたメリッサは予想とは違うディエゴの穏やかな対応に純粋に驚いた。
「結婚おめでとう、メリッサ」
「ありがとうございます。お兄様も、隣国の王女とのご婚約、おめでとうございます」
他人行儀な会話をしていると、本当にディエゴとは今日初めて会ったような気がする。
後ろで温和な笑みを浮かべながら、神経を張り巡らせているカイルに申し訳ないほど、メリッサは気負うことなく、あの時の嫌悪が一体なんだったのか疑問に思うほどディエゴとごく普通に世間話と互いの近況を話し合い、その門出をお互い祝い合った。
それでも元婚約者であり、一方的にそれを破棄したメリッサは結婚相手であるカイルをその場で無邪気に紹介するほど無神経ではなかった。
少なくとも身分の違うカイルが外野から文句を言われないよう、メリッサはこの一年なるべく我儘を控え、大人しく謙虚な淑女であることに徹していた。
メリッサが改心したのはカイルのおかげだと噂を流しながら。
勘の鋭いディエゴはとっくにカイルが結婚相手であることを見抜いているだろうが、紹介しろと言われない限りメリッサは知らないふりをした。
下手な茶番のような面会に無駄な時間だとは思わないが、特別な意義も見いだせないまま、メリッサはまた急いで隣国に戻らなければならないディエゴを見送ることとなった。
「では、次はお前の結婚式で会おう」
何の気もなしに、メリッサは不思議な気持ちで目の前に立つディエゴを見上げる。
過去に何度も抱きしめられ、肩車やおんぶも経験した硬い戦士の肉体だ。
特殊な毒で焼け爛れたディエゴの顔は眼帯で隠され、表情が読みにくい。
あんなに拒絶した従兄を前にして、メリッサは勝手ながら懐かしい気持ちを抱いた。
まるで昔ディエゴが戦争に行くのを泣きながら見送っていたときのような気持ちだ。
「寂しいので、早く帰って来てくださいね、お兄様」
メリッサにそれを言う資格はなく、ディエゴが受けた裏切りを考えれば、ここでその口を塞いで殴り殺されても文句を言えない。
自分が失言したことにメリッサは気づいたが、一度出てしまった言葉は戻せない。
空気が一瞬重く淀み、カイルが思わずメリッサを後ろに庇おうとしたとき、元の空気に戻った。
「……本当に、寂しいのか? メリッサ」
ディエゴの声は酷く穏やかであった。
低く笑うディエゴの穏やか過ぎる雰囲気が逆に不気味である。
一瞬確かに感じた不穏な空気の中でメリッサは頷いた。
「……すぐにまた会いに来る。お前の結婚式のためにな」
「お待ちしております、お兄様」
ディエゴの妙に甘ったるい声に、メリッサはそう返すしかない。
昔をディエゴも思い出したのか、あの頃の別れの習慣を真似るようにメリッサの頬に右手を伸ばそうとする。
かつて包帯が巻かれたその右手がメリッサの腕を掴み、その後手酷く拒絶したことを思い出しながら、メリッサは今度は拒まず、その手に自身の手を重ねて頬に添えた。
ごつごつとした革の手袋が少し痛いが、素手でないことにメリッサはほっとしていた。
予想外のメリッサの行動に、ディエゴの身体が強張るのが分かったが、メリッサが上辺だけの美しい笑みを浮かべるのを見て、ディエゴもまたこの数年身につけた穏やかな笑みでそれに答えた。
「お達者で。お兄様」
「ああ…… お前の花嫁姿を楽しみにしている。俺の為にも存分に着飾ってくれよ、メリッサ」
側で二人の遣り取りを見守っていたカイルだけが強烈な違和感を感じながら、一見何事もなかったかのように、かつては婚約者だった二人の王族の面会は終わった。
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