毒殺された男

埴輪

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純潔

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 その日は雲一つない快晴だった。
 突然の王女の婚約の発表に急すぎる結婚。
 その相手が今だ名も知られない身分の低い騎士であることに戸惑う民の方が多かった。
 だが、めでたいことに変わりはなく、珍しく国王は趣味で集めている名酒をこの日のために貯蔵庫から出して臣下だけではなく民にも無料で振る舞い、国中の歌い手や踊り子を集めて朝から都全体を賑わすように金をばら撒き、結婚式当日は国中がお祭り騒ぎとなった。
 勇名高い王太子が数年ぶりに大手を上げて帰国し、更には隣国の王女と婚約したということもまた人々を喜ばせた。
 何年振りかの祝い事に城も城下もとにかく歌って騒いで、祭りを楽しんだ。
 ディエゴはせっかくの祝い事だからと、結婚式当日も仕事をする関所の警備をする兵達や町を守る憲兵隊達、城の見張りの兵達にも酒とご馳走を与えてやるように彼らの上司に命じた。
 王に見つからないようにこっそり楽しむようにと駄賃まで与え、数年前では見られなかった大らかな王太子の言葉に、兵士達は感激し、その厚意に感謝した。

 ディエゴは今まで生きて来た中で一番の高揚をその日感じていた。
 なんと言っても、今日は彼の愛したメリッサの結婚式なのだ。
 喜ばないはずがなかった。

 逸る気持ちを抑え、ディエゴは早くメリッサの花嫁姿を見たいと思った。
 きっと、誰よりも美しく、幸せな笑みを浮かべるだろう、その純白の姿を。
 今日の主役は間違いなくメリッサなのだから。






 花嫁衣裳に身を飾ったメリッサはこの世の者とは思えないほど美しかった。
 王族の婚姻や葬式のときにだけ開かれる大広間には大勢の人々が詰め込まれ、皆がメリッサの女神の如き美貌に目を奪われた。
 この記念すべき日を絵に描くために呼ばれた宮廷画家は、自分の力量ではその花嫁の神々しいまでの姿を描けないと苦悩した。
 それを責める者はいなかった。
 何よりも画家が絶対に絵では表現できないと思ったのは、国王が上座で見守る中、豪華絢爛な正装姿で待つ花婿の姿を見つけたときの、花嫁の零れるような、花が咲き誇ったような笑みだ。
 広間にいる全員がその無垢なまでの清廉な笑顔に見惚れ、魂を奪われたような錯覚を抱いた。
 既に魂を奪われていた花婿はその日初めて見る真っ白い純白の衣装に身を包み、薄っすら透けたヴェール越しでも分かる清楚ながらも無邪気な花嫁の微笑みに感動し、もうその場に立つのがやっとの状態だ。
 幸せだった。
 あまりにも恵まれた自身が恐ろしいと思うほど、カイルは幸せだった。
 王女に愛されたことも、そしてその愛を国王が許し祝福したことも。
 全てが奇跡だと思い、カイルはゆっくり歩み寄って来る妻となる少女を震えながら待ち構えた。
 戦神の像が厳かに見守る大広場。
 その下で神に代わり新郎新婦の誓いを見守る国王。
 そして誓いのあと、夫婦となった二人は契りを結ばなくてはならない。
 今度は二人だけで結婚と出産、繁栄の女神の像が祀られる王宮内のどこかにある秘密の神殿に籠り、一晩を過ごすのだ。
 それはこの国伝統の王族のためだけの特別な儀式であり、ただの騎士だったカイルが王族の仲間入りをしたことを証明するための儀式でもあった。
 その日食うのにも困っていた貧しかった過去が嘘のようであり、カイルは神に感謝し、そして亡くなった母を思い涙した。
 カイルの涙を間近で見た国王はカイルにだけ聞こえる小声で何故泣くのかと問う。

 「嬉しいのです。夢のようなこの幸福な光景が嬉しくて涙が出るのです。そして、出来ることならこの光景を亡くなった母にも見せたかったと思うと切なくて…… 涙が止まらないのです」

 穏やかな笑みを浮かべながら涙を流すカイルの横顔を国王は見つめ、そしてそっとその背中を慰めるように撫でた。
 予想外の国王の慰めに、カイルは驚いたが、背後にいる国王は涙混じりの優しい声でカイルにだけ聞こえるように囁いた。

「君はもう、王家の一員だ。メリッサの夫であり、そして私の息子でもあるのだ。 ……君の亡くなった母の代わりに、私がこの場で君達の未来を祈り、最後まで見守る。どうか、メリッサを笑顔で迎えてくれ」
「陛下……」

 あまりにも優しすぎる国王の言葉にカイルは感動し、言葉を詰まらせた。
 国王がカイルの味方をしなければ、今の幸福はなかっだろう。
 そして、そんな二人の男のもとへ、メリッサが近づく。

 口をぱくぱくさせて、何を話しているの?と問いかけるメリッサの子供っぽい表情に、カイルも国王も酷く照れ臭く、そして途方もない幸福を感じた。
 仲睦まじい三人の様子を大広場にいる全員が注目していた。
 それを祝福しながらも、一人の年老いた忠臣は素直に喜ぶことができなかった。
 本来ならば、あそこで王女の手を取り、国王に祝福されるのは自分の前に立つ王太子のはずだった。
 言葉にしないが、そう思っている臣下は多い。
 王太子として、参列者の先頭に立ち、その光景を見つめる王太子は一体どんな表情をしているのか。
 その心境を思うと、哀れに思える。
 それでも目の前の幸福に満ちた国王と新郎新婦達の笑顔を壊すような無粋な輩はいなかった。
 朗々とした国王の宣誓が大広場に響き渡り、幾度かの永遠の愛の誓いを跪く新郎新婦に問いかける。
 三度目の問いが終われば、神と国王の名の下で誓いは成立し、二人は夫婦となる。

「最後に問おう。汝らは互いを愛し、永遠の夫婦となることを誓うか」

 新郎が最後の問いに震える声で答える。

「はい。誓います」

 もうすぐ正式に自分の妻となる王女の手を強く握る。
 王女もまた力強く握り返した。
 目くばせをし、カイルは改めて隣りにいる可憐なメリッサが自分のものになるということが今だ信じられなかった。
 更にはこの後、その清らかな身体を抱くということが夢のように思える。
 穴が空くほどのカイルの情熱的な視線に、メリッサは薄化粧をされた頬を薔薇色に染めた。
 そして、目の前でメリッサの最後の誓いを待つ国王にはにかんだような笑みを見せて、口を開いた。

 誓いの言葉を告げる前に、メリッサの視界は突如真っ赤に染まった。

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