毒殺された男

埴輪

文字の大きさ
上 下
18 / 45
婚約

しおりを挟む

 メリッサが身分の低い騎士と結婚をする。
 それこそメリッサを娘のように可愛がり溺愛していた頃のディエゴならば何をふざけたこと言っているのだと激怒してその場の臣下達を八つ当たりで斬り捨てるぐらいのことはしただろう。
 だが、隣国に行ったその日から、ディエゴの激情は鳴りを潜め、酷く冷静な男となった。
 王が勝手にメリッサとカイルという男との結婚を認め、更に新しい家名と爵位を二人に与えて王家の分家とする。
 つまりはメリッサとカイルの間に男子が生まれれば、その子供にも王位継承権が与えられるということである。
 ディエゴがこのまま結婚をせず子供もいない状態で、先にメリッサが男児を生んでしまった場合、相当ややこしいことになるだろう。
 また、王の愚劣さを主張するために、反対勢力の臣下の一人はカイルに欲が生まれでもしたらそのままメリッサを女王にし、王配として国を乗っ取るかもしれないと呆れるような戯言まで言った。
 これを聞いた王は激怒し、滅多に見られない怒声と鋭い殺気に、普段は豪傑と謳われる臣下達を震えあがらせたのだ。
 温和な王が怒った顔は確かにディエゴにそっくりで、二人の血の繋がりを示していた。
 王が何にそこまで怒ったのか戸惑う周囲を、ディエゴは笑った。
 心底面白くて堪らないというディエゴの笑いに、皆が注目した。

 ディエゴは言う。

「俺はメリッサと、そのカイルという男の結婚に賛成だ。反対する理由もない」

 ディエゴの意外すぎる意見に、臣下達はざわめいた。
 それを片手だけで制するディエゴの王者としての風格は年々強くなっている。

「純粋な王家の血筋は俺とメリッサ、そして父上しか残っていない」

 ちらっと玉座の王を仰ぎ見る。
 じっとディエゴを見下す国王の視線と見上げるディエゴの視線が絡む。
 感情の読めない二人はまさに瓜二つであり、その血の濃さに見守る臣下達は今更ながら驚いた。

「メリッサがより多くの子を産むということは、この国の途絶えそうになっている王族の血を引き継ぎ、増やすことに繋がる。多少相手の男の身分が低かろうと、国で最も美徳とされる戦士としての腕前が確かならば、由緒正しき勇者が姫を娶るという国の理想に叶っていると俺は思う」
「しかし、王太子殿下、いくらなんでも分家をつくるのはやりすぎでしょう。次代の国王である王太子殿下を差し置いて、王女殿下があの男との間に子を作ったら……」

 ディエゴは無言で煩く喋るその臣下を睨む。
 たったひと睨みで、臣下はその場に崩れそうになるほどの強烈な殺気を感じたが、それを感じたのはその臣下のみである。
 殺気をただ一人浴びせられた臣下は、ディエゴが何にそれほど殺気だったのか理解する間もなく、それ以上何も言わずに黙り込んだ。

「俺も父上に報告したいことがある。ちょうどいい。この場を借りて、今、報告しても?」

 年を経て落ち着いたのか、かつての無骨で尊大な態度のディエゴは鳴りを潜め、怪訝な表情を浮かべる国王に跪き、謁見の間全体に聞こえるようなのびのびとした声で語る。
 顔の半分ほどを眼帯で隠したディエゴだが、その口角の上がり具合を見れば彼が非常に浮かれていることが分かった。

「父上、いや、陛下。俺は隣国の王女と婚約することにした。既に隣国の女王の許可は得ており、妻となる王女を今年中に後宮に迎えるつもりだ」

 一瞬の間を置き、騒然となった。
 騒ぐ周囲の中、国王とその息子だけがお互いを無言で見つめていた。







 ディエゴが帰国し、そしてメリッサとカイルの結婚に賛成して、更には隣国の王女と婚約するという大事件が連続で起こり、城中が大騒ぎとなった。
 メリッサはその時いつものようにカイルを護衛にして、急な結婚式のために花嫁衣裳の採寸をされていた。
 目の前で恥ずかしげもなく服を脱ぎ、下着のみの恰好で立っているメリッサから目を逸らしたいのに、気づくと凝視しているカイル。
 ディエゴと同い年で、メリッサよりも14も年上だというのに、頬を染める姿はとにかく初々しい。
 そんな可愛らしいところもメリッサは気に入っている。
 見たければ堂々と見ればいいのにと思っていたメリッサは、いつの間にかそれを口に出していたらしく、仕立屋や侍女達は可笑しそうにくすくす笑った。

「王女殿下の言う通りですわ」
「ええ、カイル様もお好きなだけ見ていいのですよ?」
「お二人はもうすぐご夫婦になるのですから、遠慮することはありませんわ」

 再び顔を真っ赤にする未来の夫の姿に、メリッサは微笑んだ。
 心底幸せで仕方がないという、王女の無垢な笑みを見て侍女達もまた安らぎを感じていた。
 ディエゴとメリッサが仲の良い従兄妹であったときも、メリッサはこの世の全ての幸せを手にし、辛い事も痛い事も何も知らないような無垢な笑みをよく浮かべていた。
 メリッサは罪深い女だ。
 我儘で傲慢で、非情でもある。
 ディエゴの愛情を知る侍女達はそれでも裏切ったメリッサに尽くすことをやめない。
 どんなにメリッサが酷い女でも、彼女達は心底メリッサが好きだった。
 いずれその身にディエゴの恨みや災厄が降りかからないように、常に神に祈るほどに。
 どうかメリッサが幸せになれるようにと願った。
 ディエゴがメリッサのことを忘れ、他の幸せを見つけてくれるようにと都合の良い願いだと分かった上で祈らずにはいられなかった。
 もしも神が罪深いメリッサを罰するならば、自分達が代わりたいと思うほどメリッサを深く愛していたのだ。

 そんな彼女達の願いや不安とは裏腹に、メリッサはあっさりディエゴの数年ぶりの面会願いを許可し、カイルを連れ添って思い出の庭園で再会することとなった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

処理中です...