Shame,on me

埴輪

文字の大きさ
30 / 32
佐々木さんは困っている

5

しおりを挟む
 
 印刷した紙の束を纏める佐々木は自然な動作で顔を近づけて来る工藤くんに気づくのに数秒かかった。

「俺、もしかしたら佐々木さんの部屋に忘れ物したかもしれないんですけど」

 背後から耳元に、ひっそりと声を潜めて囁かれた内緒話に佐々木は目を瞠る。

「覚えてますよね?」

 佐々木の手から思わず落ちてしまった紙の束を工藤くんが自然な仕草で拾う。

「……あの夜、落としちゃったみたいで。ただの自転車の鍵ですけど」
「あ」

 佐々木はとても焦った。

「心当たり、ありますか?」
「ぁ、ご、ごめんっ」

 何故なら本当に間抜けなことに佐々木は今日を持って来ていなかった。

 別に佐々木は悪くない。
 本当なら今日工藤くんは休みのはずだったのだから。
 これからどうやって工藤くんに連絡しようかと悩む予定だったのだ。
 下手に職場に持って来て無くしたら困ると思い、普通に家に置いてきてしまった。

「ああ、よかった。やっぱ、佐々木さんのとこにあったんですね」

 今度こそ自覚するほど分かりやすく顔を青ざめた佐々木は必死に小声で工藤くんに謝った。
 そんな佐々木に工藤くんも同じように声を潜めて笑う。
 どうやら怒っていない様子の工藤くんに佐々木はホッとしたが、自転車の鍵だということを思い出し、すぐにまた謝った。

「ごめんね、明日……」

 明日持って来ると言いかけて佐々木は情けなく顔を歪めた。

「すみません、俺しばらく休みなんです」
「そ、そうだよね……」

 佐々木は昨夜の自分の行動全てを後悔し、また例のクズな酔っぱらい男を恨んだ。
 あいつさえ絡んでこなければ佐々木は昨夜こっそり工藤くんに鍵を返すことができたのだから。
 だがそんなことを言えばすぐに諦めて人に流される佐々木も悪い。

「本当にごめん…… 昨日、届けるつもりだったんだけど」
「……、ですか?」

 項垂れる佐々木は工藤くんの表情が変わったことに気づかなかった。

「うん…… 昨日の夜、お店に持って行こうと思ってたんだけど」
「……」
「あの、もしも迷惑じゃなかったら家に郵送、とか」

 ああ、でも自転車の鍵だったらすぐ使うよねっと一人慌てる佐々木に工藤くんは一瞬間を置き、すぐになんでもないように笑った。

「じゃあ、これから佐々木さんの家に取りに行っていいですか?」

 反射的に顔を上げた佐々木の視界に工藤くんの爽やかな笑顔が映った気がした。
 実際部屋の中は暗く、表情ははっきり見えなかったが、たぶんそんな笑顔を浮かべている気がする。

「……へ」

 間の抜けた佐々木の返事など気にせず、工藤くんは少しだけ語気を強めた。

「それが一番手っ取り早いですよね?」
「そ、そう、だね……」

 その通りだ。
 冷静に考えなくても簡単な話だ。
 ただ佐々木はその解決法をまったく考えていなかった。

 あえて考えないようにしていたとも言う。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

危険な残業

詩織
恋愛
いつも残業の多い奈津美。そこにある人が現れいつもの残業でなくなる

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...