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佐々木さんは困っている
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しおりを挟む髪の毛がはみ出ないよう二人共しっかり帽子を被っていたのは幸いだ。
そうでなければ工藤くんのサラサラとした柔らかい髪はきっと何度も佐々木の頬を撫でただろう。
もしもそうなったら佐々木はどんな反応をするだろうか。
(うわ、心臓ヤバい……)
佐々木は工藤くんの髪の毛の感触を知っていた。
何度も佐々木の肌を擽り、何度も手で梳いたのだから。
まだ、体が覚えている。
(顔、赤くなってないかな……)
鏡がないので佐々木は気づいていないがその顔は赤いというよりも少し青ざめていた。
どちらにしろ部屋が暗いせいで確かめようがないが。
(ごめん、工藤くん…… すごく助かってる…… すっごい感謝してるんだけど……)
本当は至近距離でぽちぽむちとマウスをクリックする工藤くんから逃げ出したい。
最近になって自分の汚れた欲求に気づき、また欲に負けてしまった佐々木は未だ自己嫌悪の沼にずぶずぶとハマっていた。
そんな今の佐々木にとって工藤くんの存在はとても複雑なのだ。
真面目に仕事を教えてくれている年下の好青年と比べ、本当私って最低……と心臓はバクバク(緊張)とチクチク(罪悪感)の間を行き来し、とにかく忙しない。
(ううう…… 煩悩よ、去ってくれ……)
それでもちゃんとメモはとっていた。
さすがにあまりにも工藤くんが近くて全然集中できなかったです……というのはいくらなんでも情けなさすぎる。
そんな風に必死に煩悩と戦っていた佐々木は画面に集中し過ぎて工藤くんがどんな顔をして自分を見下ろしていたのか気づかなかった。
「……で、あとは特にイレギュラーなことがなければ簡単に対処できます」
「は、はい……」
「大丈夫そうですか? あと、わかんないとことか……」
「う、うん…… 大丈夫、です。ありがとうございます」
少し不自然なほどどもってしまった。
誤魔化すように愛想笑いを浮かべ、ぺこぺこと頭を下げる佐々木に工藤くんは笑った。
「大げさですよ」
佐々木が聞いた中では一番快活な青年らしい笑い声だ。
思わず顔を上げて工藤くんを見上げる佐々木の視界に工藤くんの邪気のない笑みが映った。
ディスプレイの明かりに照らされた笑みは年相応に微かに照れているようにも見える。
そのことに何故か佐々木は安堵し、途端に緊張の糸が切れたような脱力感に包まれた。
工藤くんとの距離は未だ近いはずなのに、とにかくこのとき佐々木はホッとしてしまったのだ。
「……あともうちょいで帰れそうですね」
工藤くんがディスプレイに表示された時計を覗く。
佐々木も釣られたように時間を確認し、ほんの数分しか経っていないことに驚いた。
体感的には一時間ぐらい経ったような気がしていたのだ。
「そういえば……」
もう後は帰るだけだとホッとしていた佐々はそのときすっかり油断していた。
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