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第六章

1   ナターシャ

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 朝食後、フラウムはシュワルツに、「母に会ってくる」と告げた。


「捕まるのではないか?」

「転移ができようになったの。だから、万が一の時は転移をして戻ってくる」

「分かった。行っておいで」


 シュワルツは不安な顔をしたけれど、最後は許してくれた。

 フラウムは白衣に着替えた。


「診察に行くのか?」

「母と回診に行ってくる」

「綺麗に治るといいな」

「ええ、そうね」


 シュワルツの執務室から、目を閉じて母の動きを探した。


「見つけたわ。行ってくる」


 そう言うと、転移をした。





「お母様。回診に行かれるの?」

「フラウム」



 フラウムは微笑んで、母の隣に並んだ。

 今日の母は、白いワンピースに白衣を着ていた。手には、回診用の黒い鞄を持っている。



「わたくし、神聖魔法を習ってきましたの」

「それで、どこにもいなかったの?」

「ええ」

「荷物も何もかも持ち出して、もう帰ってこないかと思ったの」

「お祖父様のお屋敷には、もう戻れないです」

「どこにいるつもりなの?」

「お祖父様には秘密にしてくださいますか?」

「ええ」

「シュワルツと暮らそうかと思っています」

「そう、彼はいいと言ってくれましたか?」

「はい」



 母は目に涙を貯めていた。



「駆け落ちはしたくはないの。お母様に祝福されて結婚をしたいの」

「ええ、もちろん、祝福します」

「荷物は、自分で持ち歩いています。本にそういう魔法が載っていたの。それで可能になりました」

「持ち歩いて、重くはないの?」

「ええ、魔法ですから」

「お母様のお気に入りのお古のドレスも持って行きましたわ。いただいてもいいですか?」

「あんなお古のドレスではなく、新しく仕立てればいいのに」

「あのドレスがいいのです。お母様が一緒にいるようで、嬉しいのよ」

「フラウム」



 母は、フラウムを抱きしめた。



「弱くて、守ってあげられなくてごめんなさい」

「わたくしこそ、お母様をもっと守って、泣かせたりしないようにしたかったの。ごめんなさい。お母様には、いつも笑顔でいて欲しいの。二度目の人生は、もっと幸せになって欲しいの。お祖父様の元で幸せになれますか?」

「親孝行のやり直しをしたいと思っているの」

「分かりました」


 母の決意を聞いて、フラウムは安心した。


「わたくしは、いつもお母様を見ていますわ」

「ありがとう」

「それで、ナターシャはその後、どうなりましたか?」

「わたくしでは、完治などできません。なので、皮膚を柔らかくしています」

「昨日、お母様の声を聞いたのです。なので、今日は一緒に回診に行こうと思いましたの」

「声が聞こえるの?」

「新しく取得した神聖魔法です。もうブレスレットは必要なくなりました」


 母は、フラウムの手首を見た。


 そこには、緋色のブレスレットはなくなっていた。


「今日、完治させましょう」

「フラウムの手術を見せてもらいますね」

「はい」


 ナターシャの家の前に着いて、母は扉をノックした。


「おはようございます。どうぞお入りください」


 メイドが頭を下げる。

 母とフラウムは、頭を下げて家の中に入った。

 階段を上がって、ナターシャの部屋の扉をノックすると、ナターシャの母が開けてくれた。


「おはよう。あら、フラウム。戻ったの?」

「おはようございます。完治させるために戻りました」


 ナターシャがベッドに座って、期待の眼差しをフラウムに向けている。


「フラウム。あなたが無限大だなんて知らずに、文句ばかり言ってごめんなさい」

「もう、いいわよ。治療をするわ。口を閉じてくださる?」

「はい」


 母はナターシャの包帯を取る。


「座ったままでいいわ。その代わり目を閉じて動かないでね」

「はい」


 フラウムは、ナターシャに手を翳した。

 それだけで、眩しいほどの光がナターシャを包んだ。

 ナターシャの母親の記憶の扉を開けて、ナターシャの顔を具現化させた。

 光が消えると、フラウムは、ナターシャを呼んだ。


「目を開けて、違和感はないかしら?」

「ないわ」

「叔母様、ナターシャの顔は、こうでしたか?」

「ええ、以前の顔ですわ」

「お母様、終わりました」


 ナターシャは、枕の下から鏡を取り出して、自分の顔を見た。


「治ったわ。フラウム、ありがとう」


 フラウムは微笑んだ。


「これが、新しい術なのね?」

「ええ、わたくしは、まだナターシャの顔をよく覚えていなかったので、叔母様の記憶を頼りにしました」

「新しい術を学びに行ってくれたの?」

「ええ」


 フラウムは肯定した。

 ナターシャの為に、学んだわけではないけれど、以前よりも綺麗に治っていると思える。



「フラウム、本当にありがとう」

「いいえ、今日まで待たせてしまって、ごめんなさい。もう学校に行けますわ」


 フラウムはお辞儀をした。

 それから部屋から出て行こうとした。


「フラウム、待って。一緒に行きましょう」

「はい」


 フラウムは母と一緒に家から出た。


「素晴らしい魔法でした」

「ありがとう。医学はマスターしたと思います。政略結婚はできませんが、治療はできます。力になれそうな事があれば、力になりたい。けれど、一族から出たら、わたくしは要らないと言われるかもしれません。その時は、お母様が呼んでください。どこにいてもお母様の声は聞こえます。必ず、力になります」

「フラウム、逞しくなったわ。とても誇らしいわ」

「お母様にそう言ってもらえて、嬉しいです」

「もう行ってしまうの?」

「お祖父様に見つかったら、捕まってしまいます。和解できればいいのですけれど」

「わたくしから、説得します。もう暫く、待っていて」

「お母様、お願いします。わたくしもお祖父様やお祖母様と仲良くしたいのです」

「フラウム、幸せになって」


 母は抱きしめてくれた。

 名残惜しくて、帰ると言えずに、母の腕の中にいた。


「もう行きなさい。見つかると、面倒だわ」

「はい、お母様、お元気で」


 フラウムは転移の術を使った。

 シュワルツの執務室に到着すると、机に向かっていたシュワルツが視線をあげた。


「ただいま」

「もう終わったのか?」

「ええ、綺麗に治りました」

「それは、良かった」

「お母様とも話ができました。お母様は祝福してくださるそうです。お祖父様を説得してくださると言ってくださいました」

「そうか」


 シュワルツは目を細めて、微笑んだ。


「お仕事の邪魔になってしまうので、お部屋にいますね」

「そこのソファーに座っていてもいいのだぞ」

「昨日、買っていただいた物を片付けています」

「体に片付けるなよ。飾り棚があっただろう?」

「はい」


 フラウムは微笑むと、執務室を出て、自分の部屋に戻った。

 カウチに座って、ぼんやりしていた。

 昨日、買ってもらった物はテーブルに積まれているが、今は、それを片付けるべきか悩んでいた。


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