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第五章   

8   ダンス

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 部屋の扉が開いた瞬間、フラウムは目を開けた。


「眠っているか?」

「起きているわ」

「灯りを点けなさい」

「どこにあるのかしら?」


 フラウムはカウチから起き上がると、シュワルツの動きを見ていた。

 壁にスイッチがあるようだ。


「ここは電気が通っているのね」

「テールの都は、近代化が進んでいる。庶民の家以外は、電気が通っている。今は、庶民の家も電気を通そうとしている所だ」

「すごいわね」


 電気は、プラネット侯爵の家の部屋にもあったが、まだ慣れていなくて、暗くなると、眠くなっていた。その代わりに早起きなのだ。


「キールの村ではオイルランプのオイルが買えずに、暗くなったら眠るようにしていたから、夜は苦手なの」

「健康的な生活だったな」


 シュワルツは村の生活を思い出して、微笑む。


「夕食の時間だ。食べられるか?」

「はい」


 起き上がって、ブランケットを畳んで、体の中に片付けてしまうと、シュワルツが不思議な顔をした。


「どこに隠した?」

「体の中に隠したのよ」

「体の中だと?」

「アイテムボックスの装着をしてみたの。本に載っていたから。わたくしの荷物は、そこに入っているのよ」

「摩訶不思議だ」

「こんなわたくしを嫌いになってしまった?」

「いや、魔力が高いスキルを手に入れたのだろう?」

「家を飛び出す事がなければ、装着するつもりはなかったけれど、どうしても荷物を運び出す必要ができたから装着したの」

「見た目は変わらないな」

「ええ」

「重くないのか?」

「重くないわ」

「便利だ」


 シュワルツはフラウムを抱き上げた。


「うん、重さは同じだ」

「シュワルツ、恥ずかしいわ」

「いいではないか。この広い宮廷にいるのは、従者と私たちだけだ」

「シュワルツは、いつも一人だったの?」

「従者はいたがな」

「シュワルツは、寂しくないの?」

「もう慣れたな。だが、フラウムのぬくもりを知ったら寂しくなった」

「シュワルツ」


 シュワルツは、フラウムを抱き上げたまま廊下を歩いて行く。


「ダイニングは一階だ。毎食、一緒に食べよう」

「はい」

「もっと甘えろ。誰もおらん」


 フラウムはシュワルツにしがみつく。


「それでいい」

「フラウムは、出会った頃と少しも変わっていない。皆、どうして数値で決めてしまうのか?全く、くだらない。全て数値で見るから兄も私を襲ったりしたのだ。跡取りは、まあ仕方ないと思うが。私は第一皇子の兄に可愛がれておるが、兄は魔力は殆どない。それでも、兵を引き、戦うこともできる。私とフラウムを救ってくれたのも、兄だ。そこに魔力が必要だと思うか?兄に魔力がなければ、騎士に魔力のある者が着けばなんの問題もないのだ」


 フラウムは頷く。


「今度、お兄様をご紹介ください。お礼をしなくては」

「気楽にすればいい。私の兄弟は、皆、男ばかりだ。結婚した物はおらん。皇太子が結婚するまで、結婚できないなんて、誰が決めた規則だ。皆、私の結婚を待っておる」

「まあ、お兄様も結婚できないのね?」

「早う、結婚してくれと言われておるわ」


 フラウムは微笑む。


「わたくしは一人っ子なので、仲の良い兄弟は羨ましいわ」

「そうか、仲良くしてやってくれ」

「はい」


 扉が開けられて、ダイニングに到着した。


「さあ、食事だ。席が遠いな。近くにしてくれ」


 シュワルツは、隣にフラウムを座らせた。
 
 用意されていた食事が、隣に運ばれてくる。


「さあ、食べよう」

「はい、いただきます」

「ワインは飲めるか?」

「飲んだことはないの」

「では、飲んでみよ」

「では、少しだけだ」


 シュワルツはグラスに、ワインを少し注いでくれた。

 自分のグラスにも注ぐ。


「乾杯だ」


 グラスを持ったシュワルツが、グラスを寄せてきたので、フラウムはグラスを手に取った。

 軽く、グラスが当たると、キンといい音がした。

 シュワルツがワインを飲んだので、フラウムも飲んでみる。


「少し、苦いわ」

「そうか、今度は甘口の物を探しておこう」


 フラウムは料理を食べ始めた。


「美味しい」

「そうか、たくさん、食べなさい」

「はい」


 鶏の丸焼きの香草焼きを支給人が取り分けてくれる。

 二人で食べきれないものは、きっと、後で皆が食べるのだろう。

 パンも焼きたてでふわふわだった。

 祖父の家は祖父母の体を労った健康的な素朴な食事だったが、この宮廷の食事は豪華だった。


「シュワルツ、キールの村では、質素な物しか出せなくてごめんなさい」

「何を言っておる。健康的な食事であった。味も旨かったぞ」

「シュワルツは優しいわ」


 フラウムはゆっくり美味しい食事を味わった。





 食事の後、シュワルツは、フラウムの手を引き、1階の廊下を歩いていた。

 灯りは落とされ、月明かりに照らされている。

 一つの扉の前で足を止めると、シュワルツは扉を開けた。

 扉の中は、眩しいほど明るかった。

 本物のダンスホールだ。


「殿下、お待ちしておりました」

「すまないな。3曲ほど演奏を頼む」

「かしこまりました」


 そこにいるのは、シュワルツの従者の一人だ。

 手にはバイオリンを持っている。


「フラウム、3曲だけダンスを踊ろう」

「はい」


 バイオリンの音が流れ出して、シュワルツは手を取り、ゆっくりダンスを踊る。

 不慣れなフラウムに合わせて、曲もゆっくりだ。


「足を踏んでしまったらごめんなさい」

「いいぞ。フラウムは軽い」
 

 シュワルツのリードは踊りやすかった。


「フラウム、なかなか上手いぞ」

「シュワルツが上手で踊りやすいの」


 2曲目から音楽が普通になった。

 音を聞きながら、体が動く。

 3曲踊り終わったら、シュワルツはフラウムを抱きしめた。

 シュワルツの従者は、ダンスホールから出て行った。


「あと数日だ。この調子なら間に合いそうだ」

「踊れて良かったわ。三年ぶりですもの」

「体が覚えていたのだろう」

「楽しかった」

「私も楽しかった」


 キスを交わし合い、見つめ合って、またキスを交わす。


「部屋に戻ろう」

「はい」


 シュワルツは、フラウムの手を取ると、ダンスホールから出て行った。


「灯りは消さなくていいの?」

「後で、エスペルが消してくれるだろう」

「申し訳ないわ」

「仕事が一つ、二つくらい増えたくらいで、文句は言わん。元々、そう、仕事はない」

「そうなの?従者は主を守るのでしょう?」

「最近はデスクワークが溜まっていて、外出は、今日は久しぶりだった」

「お仕事が溜まっているの?」

「ああ、ここを留守にしていたからね」

「そんな時に、わたくしの事で手を煩わしてしまって、ごめんなさい」

「勝手に騒いでいるだけだ。私は何もしていない」

「うん」


 フラウムは部屋に送り届けてもらった。


「眠る支度をしたら、寝室においで、一緒に眠ろう」

「はい」


 シュワルツは扉を閉めて、行ったしまった。

 部屋の灯りは点っていて、カウチの上にネグリジェとガウンが置かれていた。

 ネグリジェを手に取ると、サラリとしたシルクだと分かる。

 こんな高級なネグリジェなど着たことがない。

 ガウンも同じだった。

 白色で肌が透けそうで恥ずかしい。

 取りあえず、寝る支度をしてしまう。

 ネグリジェとガウンを着ると、電気を消して、内扉からベッドルームに入っていった。

 シュワルツがベッドに座っていた。

 シュワルツもお揃いの白いシルクの寝間着を着ていた。

 ガウンは、畳んだようだ。鏡の前の箪笥の上に置かれていた。

 フラウムもガウンを脱いで、シュワルツのガウンの横に置いた。それから、シュワルツの前に立った。


「一緒に眠るだけだ」


 シュワルツはベッドに入っていった。その横にフラウムも横になる。

 そっと体を包まれ、額に頬にキスが落ちる。それから、唇に何度も唇が重なる。

 舌が絡み合う。


「はぁ」


 呼吸ができずに、喘いで、それ以上もキスが続く。

 フラウムから力が抜ける。


「フラウムを我が物にしたい」


 フラウムは頷いた。

 熱くなったシュワルツの手が、フラウムの体を撫でる。

 ネグリジェの裾から、足を撫でて、太股に触れた瞬間、シュワルツは動きを止めた。


「すまない。まだ婚約式も結婚式も挙げていないのに」

「いいのよ」

「だんだん欲張りになってしまう。今夜は抱きしめて眠りたい」

「わたくしも一緒に眠らせて」



 優しい腕が背中に回って引き寄せられる。

 フラウムは、シュワルツの胸に耳を寄せて、心臓の音を聞いていた。

 激しく、走ったような心音をしている。

 そっとシュワルツの胸に掌を寄せると、落ち着く魔法をかける。すると、心音はゆっくりになってきた。



「眠いな」

「眠りましょう」



 フラウムも目を閉じた。

 シュワルツの心音はフラウムの心音とシンクロしている。

 フラウムは、まだシュワルツに話していないことがある。婚約式までに話さなくてはならない。

 拒絶されたら、気持ち悪と思われたら、いろんな感情が湧き出して、涙が零れる。



「シュワルツ、愛しているわ」



 眠ったシュワルツにはフラウムの声は聞こえない。


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