42 / 48
第五章
7 スピラルの塔
しおりを挟む
シュワルツは、フラウムのドレスを引き立てるように、ドレスシャツに紺の上着を着た。
フラウムは、ドレスの上から、白いボレロを着た。温かな素材でできているので、コートを着なくても過ごせる。
一緒に馬車に乗って、街へと出て行く。
シュワルツの護衛が、十人近くいるが、皇太子の護衛では少ない方だろう。
塔の前に馬車が止まると、シュワルツがエスコートしてくれる。
馬車から降りると、周りの目が、シュワルツとフラウムを興味深そうに見ている。
シュワルツが言っていたように、この街は、貴族と平民が混じり合っている。
フラウムは、目立たない魔法をかけた。
すると、人々の視線は、離れていった。
「何かしたのか?」
「目立たない魔法をかけただけよ」
「便利になったな」
「そうね、もう水晶に頼らなくても、頭の中で念じるだけで、大概できると思うわ」
「お祖父さんが知ったら、益々、フラウムを手放さないと言い出しそうだ」
「このことは、秘密だと言ったわ」
「そうだな」
シュワルツは、フラウムと普通の恋人のように手を繋ぎ、塔の中に入っていった。
「まあ、すごいわ」
1階は、チョコレート専門店だった。塔の中に入った瞬間に、甘いカカオの香りに包まれた。
「チョコレートは好きか?」
「ええ、大好きよ。でも、ずっと食べてなかったわ」
「では、買っていこう」
試食販売になっていた。
(探知、毒)
全てクリアーだった。
フラウムは、試食販売のチョコをもらう。
「食べられるのか?」
シュワルツは心底、驚いた顔をした。
「探知をしたの。毒はなかったわ」
「そうか」
シュワルツも試食販売のチョコをもらった。いろんなお店を回って、気に入ったチョコを、シュワルツが買ってくれる。
二階は、焼き菓子や生菓子、キャンディーが売っていた。
綺麗なキャンディーを見つけて、足を止めた。
「可愛い」
「これも買っていこう。焼き菓子はいらんか?」
「欲しいわ」
「どれがいいんだ?種類が多いぞ」
(探知、毒)
クリアー。
「このエリアにも毒はないわ」
「そうか、フラウムが便利になったな。いつも毒を恐れて、外で作られた物は食べられなかっただろう?」
「そうね、毒は怖いわ」
試食の焼き菓子を食べて歩く。
食べ歩きはお行儀が悪いと言われて育ったが、このエリアでは、皆が普通にしている。
シュワルツは、またフラウムが美味しいと言った物を買ってくれた。
3階は文房具が売られていた。
「可愛い」
花の絵が印刷された便箋の前で足を止めると、「どれがいいんだ?」と一緒に見てくれる。
「気に入った物があれば、買えばいい」
「でも、お菓子を買っていただいたわ」
「フラウム、値段を見てごらん。お菓子より安い。安心して強請りなさい」
「では、これを」
すみれの花の便箋と封筒を選んで、シュワルツに手渡す。お店を見て回って、美しいペンがあった。それはお菓子より高かった。
「このペンは美しいな」
「でも、高いわ」
「これから、フラウムにも仕事をしてもらう。文房具は気に入った物を使うといい。手に持ってごらん。いっぱい書類を書かなくてはならないよ」
「はい」
シュワルツが、美しいペンを選んで並べてくれる。
それを一つずつ手に取る。
「赤いのと白いのが持ちやすいわ」
「それでは、それを買っていこう」
「二つも?」
「たぶん、二つでは足りなくなるよ」
「お仕事、忙しいのね」
「そのうち慣れる」
「はい」
シュワルツはインクも一緒に買ってくれた。
4階は茶器と紅茶の茶葉が売っていた。
いい香りがする。
シュワルツと器を見て歩く。それだけで楽しい。
「気に入った物あれば言いなさい」
「ええ」
目移りするほど、たくさんのカップが売っている。その中で、目引く者があった。
可憐な花が描かれた物だ。金の縁取りが美しい。
その隣には、色づけされていない、白いカップがあった。
白いカップに、白い模様が描かれている。
これも捨てがたい。
フラウムは迷って、足を止めた。
「ピンクの薔薇が入ったのがいいわ」
「では、それにしよう」
「これはお部屋に置いていいのよね?」
「そうだ、フラウムの部屋に置く物を見に来たのだ」
「白い普通のカップも清潔で素敵よね。お客様をもてなすなら、その方がいいかと思って、でも、個人で飲むなら、可愛いのがいいわ」
シュワルツが微笑む。
「両方買っていこう」
「そんなに、いいわよ」
「安い物だ」
「そうかしら?」
「ああ」
「でも、わたくしには買えない物よ」
「そこは甘えなさい」
シュワルツが手を握る。
「それなら、お願いします」
「ああ、いいとも」
シュワルツは嬉しそうな顔をした。その顔を見るとフラウムも嬉しくなる。
いい香りのする茶葉を三つも買ってくれた。
記憶の操作で、最終的に紅茶を飲んだことになっているが、実際は、二人は紅茶を飲んではいない。
毎日、白湯を飲んでいた。
なんの味もない。なんの香もない。ただ温かなお水を湧かしただけの物だった。
紅茶の香りをかぐだけで、贅沢に思えるほど、質素な暮らしをしてきた。
三つの茶葉の缶には、カップと揃いのような薔薇が描かれている。
どれも、これも、フラウムには宝物のように見えていた。
5階から10階は庶民の服や雑貨が売っていた。それでも、フラウムが着ていた安物ではなく、それなりに値段のするお嬢様っぽい物だ。紳士服も見栄えのいい物だ。
11階は宝石が売っていた。
手を引かれたが、フラウムは首を振った。
「今、いただいたわ」
「欲のない」
12階はドレスが売っていた。既製品の物からオーダーメイドの物まである。
「フラウム、気に入った物があれば言ってくれ」
「ええ、でも、今の物で十分よ」
フラウムにとって、値段を見ただけで、足が竦むのだ。
フラウムの思考は、貴族の令嬢よりも質素な平民に近い。毎日、食べる物の為に働き、質素倹約してきた身だ。
まだフラウムのお財布の中には、都で宿を取れるほどの金額は貯まっていない。
心細いのだ。
13階は紳士用の正装が並んでいた。
階段が自動で上がっていく。
ドレスの裾を気にしながら乗っていく。
14階は食べ物屋さんが入っている。
「見ていくか?アイスクリーミーというのが、最近の流行らしい」
「お祖母様がおっしゃっていたわ」
「食べてみるか?」
(探知、毒)
クリアー。
「毒はないみたいね」
「そうそう、毒物が混じっていたら、怖くて誰も食べないであろう」
「でも、不安だもの」
シュワルツは笑う。
「シュワルツはアイスクリーミーを食べたことはあるの?」
「あるぞ。冷たくて甘いな」
「寒くないかしら?」
「今、寒いのか?」
「温かいわ」
「では、行こうぞ」
シュワルツはフラウムの手を引く。
お店には人が並んでいる。
人気というのは本当のようだ。
「混んでいるわ」
「何がいい?買ってきてもらおう」
「何がお薦めですの?」
「初めてならバニラだろうな」
「それなら、バニラで」
シュワルツは従者の一人に買いに行かせた。
「フラウム、座ろう」
「はい」
従者が案内してくれる。
ソファーと椅子があり、ソファーに案内された。
このエリアは、平民と貴族の仕切りがあるようだ。
食べるものは同じだから、同じでも良さそうだけれど、もめ事もあるのかもしれない。
ドレスを着た貴婦人もいるし、カップルでいる恋人達もいる。
暫く待っていると、白い物が入ったガラスの器が運ばれてきた。
スプーンですくって口の中に入れると、甘い物が口の中で溶けた。
「美味しい」
「美味しいって顔をしているな」
「ほっぺが落ちてしまいそうね」
「そんなに美味しいか?」
シュワルツもアイスクリーミーを口に運ぶ。
少しずつ食べていたら、アイスクリーミーが溶けてきた。
「早く食べてしまわないと、溶けてしまう」
「そうなのね」
シュワルツはもう食べ終えている。
フラウムもスプーンに掬う量を増やした。
食べ終えると、シュワルツの従者が片付けくれる。
「あと一階あるんだ。行こう」
「高いのね」
シュワルツが手を引いてくれる。
立ち上がって、あと一階上がると、今度は広い展望台になっていた。
「まあ、素晴らしいわ。景色が綺麗ね。でも、宮廷のテラスと同じようだわ」
「テラスは、私が独り占めしている物だ。ここは国民に提供している。どちらの景色が好きだ?」
「そうね、宮廷のテラスの方が落ち着いて見られるわね。ここは人が多すぎるわ」
「確かに、人が多い」
展望台を一周したら、人混みで帰りたくなった。
「もう帰りましょう。人が多すぎて、疲れてきたわ」
「では、戻ろうぞ」
帰りは、箱のような物に乗り込むと、あっという間に一階まで降りていた。
「3年、田舎に住んでいたら、なんだか置いてきぼりになったみたいね」
「3年は、あっという間に過ぎ去っていくが、それなりに長い。良く無事でいたな」
シュワルツは、フラウムの肩を抱き、優しく微笑む。その微笑みに微笑みで返した。
労いや、いたわりが込められた微笑みは、フラウムの疲れ果てていた3年間を掬い上げてくれる。
誰にも理解されなくてもいいと思っていたけれど、今は、シュワルツがフラウムの心を受け止めてくれている。
それだけでも、シュワルツに対しての愛おしさが増していく。
「大変だったけれど、確かにあっという間だったわ」
馬車に乗り、シュワルツにもたれかかり、うつらうつらする。
シュワルツは、起こさずに、僅かな睡眠を与えてくれる。
その優しさに感謝しながら、宮廷の中に入っていく。
フラウムは、母と祖父の気配を感じて、目を開けた。
「いるわ。姿を消すわ。先にシュワルツの部屋にいるわね」
隣にいたフラウムの姿が突然に消えて、シュワルツは辺りを見渡す。
「消えただけか?転移したのか?」
シュワルツが、馬車の窓を開けると、すぐに、従者が側による。
「フラウムと一緒だったことは秘密だと伝えてくれ」
「はっ」
従者は馬で、移動していった。
馬車は、宮廷の入り口で止まった。
扉が開けられて、シュワルツは一人で降りると、フラウムが言っていたように、テクニテース・プラネット侯爵とアミ・プラネット侯爵が来ていた。
「フラウムの姿を見た者がいたのですが、一緒ではないのか?」
「見ての通りだ」
シュワルツが馬車を降りると、馬車は行ってしまった。
フラウムの姿はない。
「既に探したのであろう?ここにはいない。そう追い詰めるな。私の所に戻ってこられないであろう」
「もし、フラウムに会ったら、ナターシャの治療をお願いしたいの。わたくしにはできないの。ナターシャはフラウムがいなくなって、落胆してしまったの。不甲斐ない母でごめんなさい。わたくしは、結婚は反対していませんと伝えてください」
「おまえ、勝手な事を言うな。無限大だぞ。緋色の一族の血をもっと強固な物にすれば、人は助かる。我が一族は人命を守っておる一族だ」
「お父様、もう止めましょう」
「アミ、また裏切るのか?」
「フラウムの魔力検査を受けるまで、フラウムをあんなに可愛がっていたでしょう。数値を知った途端、物のような扱いは酷いわ。あの子は物ではなくて、お父様の孫でしょう」
「孫だが、無限大だ」
「親子喧嘩なら、自宅に戻ってしてください。ここにフラウムはいません。お引き取りください」
シュワルツは、喧嘩を始めた二人を置き去りにして、宮廷の中に入っていく。
従者は、よそ者を追い払い、シュワルツの後を追う。
シュワルツが、自分の執務室に入ると、フラウムがソファーに座っていた。
「心配した。姿を消したのか?」
「転移をしたのよ。お母様は許して下っていたわ。ナターシャの治療は、お母様はなさらなかったのね」
「ここまで聞こえたのか?」
「ええ」
シュワルツは、不思議そうな顔をした。
話すべきだろうかと迷って、頷くことで誤魔化してしまった。
一緒にいれば、きっと気づくであろう。
フラウムは神になり、人の気配に敏感になり、遠くの声も聞こえる。
「今は、心を休めよ。疲れておるのだろう?」
「少し、眠ったわ」
「ほんの数分ではないか、倒れてしまうぞ」
「うん、本当に大丈夫よ」
シュワルツはフラウムの横に座り、フラウムの手を取る。
「食事の時間まで、自室で休むといい。風呂に入っても良い」
「そうね、少し、休んでいようかしら」
「部屋まで送ろう」
「ありがとう」
フラウムは自室に送ってもらい、装飾品を外してもらった。
それから、ゆっくりお風呂に入った。
侍女は断った。
今は一人で考えたかった。
母とは仲直りをしたい。
できれば、祖父にも認められたい。
結婚をするなら、祝福してもらいたい。
母のように駆け落ちをするつもりはない。
まずは、母と会おうと思った。
風呂から上がると、母のお古のドレスを着た。
ゆったりしているので、寛ぐときに楽なのだ。
顔にクリームを塗り、髪を梳かす。
新しいドレッサーの前で、髪を乾かす。
それを終えると、新しいカウチに横になる。ブランケットを取り出して、体にかけると、少し眠ろうと思った。
フラウムは、ドレスの上から、白いボレロを着た。温かな素材でできているので、コートを着なくても過ごせる。
一緒に馬車に乗って、街へと出て行く。
シュワルツの護衛が、十人近くいるが、皇太子の護衛では少ない方だろう。
塔の前に馬車が止まると、シュワルツがエスコートしてくれる。
馬車から降りると、周りの目が、シュワルツとフラウムを興味深そうに見ている。
シュワルツが言っていたように、この街は、貴族と平民が混じり合っている。
フラウムは、目立たない魔法をかけた。
すると、人々の視線は、離れていった。
「何かしたのか?」
「目立たない魔法をかけただけよ」
「便利になったな」
「そうね、もう水晶に頼らなくても、頭の中で念じるだけで、大概できると思うわ」
「お祖父さんが知ったら、益々、フラウムを手放さないと言い出しそうだ」
「このことは、秘密だと言ったわ」
「そうだな」
シュワルツは、フラウムと普通の恋人のように手を繋ぎ、塔の中に入っていった。
「まあ、すごいわ」
1階は、チョコレート専門店だった。塔の中に入った瞬間に、甘いカカオの香りに包まれた。
「チョコレートは好きか?」
「ええ、大好きよ。でも、ずっと食べてなかったわ」
「では、買っていこう」
試食販売になっていた。
(探知、毒)
全てクリアーだった。
フラウムは、試食販売のチョコをもらう。
「食べられるのか?」
シュワルツは心底、驚いた顔をした。
「探知をしたの。毒はなかったわ」
「そうか」
シュワルツも試食販売のチョコをもらった。いろんなお店を回って、気に入ったチョコを、シュワルツが買ってくれる。
二階は、焼き菓子や生菓子、キャンディーが売っていた。
綺麗なキャンディーを見つけて、足を止めた。
「可愛い」
「これも買っていこう。焼き菓子はいらんか?」
「欲しいわ」
「どれがいいんだ?種類が多いぞ」
(探知、毒)
クリアー。
「このエリアにも毒はないわ」
「そうか、フラウムが便利になったな。いつも毒を恐れて、外で作られた物は食べられなかっただろう?」
「そうね、毒は怖いわ」
試食の焼き菓子を食べて歩く。
食べ歩きはお行儀が悪いと言われて育ったが、このエリアでは、皆が普通にしている。
シュワルツは、またフラウムが美味しいと言った物を買ってくれた。
3階は文房具が売られていた。
「可愛い」
花の絵が印刷された便箋の前で足を止めると、「どれがいいんだ?」と一緒に見てくれる。
「気に入った物があれば、買えばいい」
「でも、お菓子を買っていただいたわ」
「フラウム、値段を見てごらん。お菓子より安い。安心して強請りなさい」
「では、これを」
すみれの花の便箋と封筒を選んで、シュワルツに手渡す。お店を見て回って、美しいペンがあった。それはお菓子より高かった。
「このペンは美しいな」
「でも、高いわ」
「これから、フラウムにも仕事をしてもらう。文房具は気に入った物を使うといい。手に持ってごらん。いっぱい書類を書かなくてはならないよ」
「はい」
シュワルツが、美しいペンを選んで並べてくれる。
それを一つずつ手に取る。
「赤いのと白いのが持ちやすいわ」
「それでは、それを買っていこう」
「二つも?」
「たぶん、二つでは足りなくなるよ」
「お仕事、忙しいのね」
「そのうち慣れる」
「はい」
シュワルツはインクも一緒に買ってくれた。
4階は茶器と紅茶の茶葉が売っていた。
いい香りがする。
シュワルツと器を見て歩く。それだけで楽しい。
「気に入った物あれば言いなさい」
「ええ」
目移りするほど、たくさんのカップが売っている。その中で、目引く者があった。
可憐な花が描かれた物だ。金の縁取りが美しい。
その隣には、色づけされていない、白いカップがあった。
白いカップに、白い模様が描かれている。
これも捨てがたい。
フラウムは迷って、足を止めた。
「ピンクの薔薇が入ったのがいいわ」
「では、それにしよう」
「これはお部屋に置いていいのよね?」
「そうだ、フラウムの部屋に置く物を見に来たのだ」
「白い普通のカップも清潔で素敵よね。お客様をもてなすなら、その方がいいかと思って、でも、個人で飲むなら、可愛いのがいいわ」
シュワルツが微笑む。
「両方買っていこう」
「そんなに、いいわよ」
「安い物だ」
「そうかしら?」
「ああ」
「でも、わたくしには買えない物よ」
「そこは甘えなさい」
シュワルツが手を握る。
「それなら、お願いします」
「ああ、いいとも」
シュワルツは嬉しそうな顔をした。その顔を見るとフラウムも嬉しくなる。
いい香りのする茶葉を三つも買ってくれた。
記憶の操作で、最終的に紅茶を飲んだことになっているが、実際は、二人は紅茶を飲んではいない。
毎日、白湯を飲んでいた。
なんの味もない。なんの香もない。ただ温かなお水を湧かしただけの物だった。
紅茶の香りをかぐだけで、贅沢に思えるほど、質素な暮らしをしてきた。
三つの茶葉の缶には、カップと揃いのような薔薇が描かれている。
どれも、これも、フラウムには宝物のように見えていた。
5階から10階は庶民の服や雑貨が売っていた。それでも、フラウムが着ていた安物ではなく、それなりに値段のするお嬢様っぽい物だ。紳士服も見栄えのいい物だ。
11階は宝石が売っていた。
手を引かれたが、フラウムは首を振った。
「今、いただいたわ」
「欲のない」
12階はドレスが売っていた。既製品の物からオーダーメイドの物まである。
「フラウム、気に入った物があれば言ってくれ」
「ええ、でも、今の物で十分よ」
フラウムにとって、値段を見ただけで、足が竦むのだ。
フラウムの思考は、貴族の令嬢よりも質素な平民に近い。毎日、食べる物の為に働き、質素倹約してきた身だ。
まだフラウムのお財布の中には、都で宿を取れるほどの金額は貯まっていない。
心細いのだ。
13階は紳士用の正装が並んでいた。
階段が自動で上がっていく。
ドレスの裾を気にしながら乗っていく。
14階は食べ物屋さんが入っている。
「見ていくか?アイスクリーミーというのが、最近の流行らしい」
「お祖母様がおっしゃっていたわ」
「食べてみるか?」
(探知、毒)
クリアー。
「毒はないみたいね」
「そうそう、毒物が混じっていたら、怖くて誰も食べないであろう」
「でも、不安だもの」
シュワルツは笑う。
「シュワルツはアイスクリーミーを食べたことはあるの?」
「あるぞ。冷たくて甘いな」
「寒くないかしら?」
「今、寒いのか?」
「温かいわ」
「では、行こうぞ」
シュワルツはフラウムの手を引く。
お店には人が並んでいる。
人気というのは本当のようだ。
「混んでいるわ」
「何がいい?買ってきてもらおう」
「何がお薦めですの?」
「初めてならバニラだろうな」
「それなら、バニラで」
シュワルツは従者の一人に買いに行かせた。
「フラウム、座ろう」
「はい」
従者が案内してくれる。
ソファーと椅子があり、ソファーに案内された。
このエリアは、平民と貴族の仕切りがあるようだ。
食べるものは同じだから、同じでも良さそうだけれど、もめ事もあるのかもしれない。
ドレスを着た貴婦人もいるし、カップルでいる恋人達もいる。
暫く待っていると、白い物が入ったガラスの器が運ばれてきた。
スプーンですくって口の中に入れると、甘い物が口の中で溶けた。
「美味しい」
「美味しいって顔をしているな」
「ほっぺが落ちてしまいそうね」
「そんなに美味しいか?」
シュワルツもアイスクリーミーを口に運ぶ。
少しずつ食べていたら、アイスクリーミーが溶けてきた。
「早く食べてしまわないと、溶けてしまう」
「そうなのね」
シュワルツはもう食べ終えている。
フラウムもスプーンに掬う量を増やした。
食べ終えると、シュワルツの従者が片付けくれる。
「あと一階あるんだ。行こう」
「高いのね」
シュワルツが手を引いてくれる。
立ち上がって、あと一階上がると、今度は広い展望台になっていた。
「まあ、素晴らしいわ。景色が綺麗ね。でも、宮廷のテラスと同じようだわ」
「テラスは、私が独り占めしている物だ。ここは国民に提供している。どちらの景色が好きだ?」
「そうね、宮廷のテラスの方が落ち着いて見られるわね。ここは人が多すぎるわ」
「確かに、人が多い」
展望台を一周したら、人混みで帰りたくなった。
「もう帰りましょう。人が多すぎて、疲れてきたわ」
「では、戻ろうぞ」
帰りは、箱のような物に乗り込むと、あっという間に一階まで降りていた。
「3年、田舎に住んでいたら、なんだか置いてきぼりになったみたいね」
「3年は、あっという間に過ぎ去っていくが、それなりに長い。良く無事でいたな」
シュワルツは、フラウムの肩を抱き、優しく微笑む。その微笑みに微笑みで返した。
労いや、いたわりが込められた微笑みは、フラウムの疲れ果てていた3年間を掬い上げてくれる。
誰にも理解されなくてもいいと思っていたけれど、今は、シュワルツがフラウムの心を受け止めてくれている。
それだけでも、シュワルツに対しての愛おしさが増していく。
「大変だったけれど、確かにあっという間だったわ」
馬車に乗り、シュワルツにもたれかかり、うつらうつらする。
シュワルツは、起こさずに、僅かな睡眠を与えてくれる。
その優しさに感謝しながら、宮廷の中に入っていく。
フラウムは、母と祖父の気配を感じて、目を開けた。
「いるわ。姿を消すわ。先にシュワルツの部屋にいるわね」
隣にいたフラウムの姿が突然に消えて、シュワルツは辺りを見渡す。
「消えただけか?転移したのか?」
シュワルツが、馬車の窓を開けると、すぐに、従者が側による。
「フラウムと一緒だったことは秘密だと伝えてくれ」
「はっ」
従者は馬で、移動していった。
馬車は、宮廷の入り口で止まった。
扉が開けられて、シュワルツは一人で降りると、フラウムが言っていたように、テクニテース・プラネット侯爵とアミ・プラネット侯爵が来ていた。
「フラウムの姿を見た者がいたのですが、一緒ではないのか?」
「見ての通りだ」
シュワルツが馬車を降りると、馬車は行ってしまった。
フラウムの姿はない。
「既に探したのであろう?ここにはいない。そう追い詰めるな。私の所に戻ってこられないであろう」
「もし、フラウムに会ったら、ナターシャの治療をお願いしたいの。わたくしにはできないの。ナターシャはフラウムがいなくなって、落胆してしまったの。不甲斐ない母でごめんなさい。わたくしは、結婚は反対していませんと伝えてください」
「おまえ、勝手な事を言うな。無限大だぞ。緋色の一族の血をもっと強固な物にすれば、人は助かる。我が一族は人命を守っておる一族だ」
「お父様、もう止めましょう」
「アミ、また裏切るのか?」
「フラウムの魔力検査を受けるまで、フラウムをあんなに可愛がっていたでしょう。数値を知った途端、物のような扱いは酷いわ。あの子は物ではなくて、お父様の孫でしょう」
「孫だが、無限大だ」
「親子喧嘩なら、自宅に戻ってしてください。ここにフラウムはいません。お引き取りください」
シュワルツは、喧嘩を始めた二人を置き去りにして、宮廷の中に入っていく。
従者は、よそ者を追い払い、シュワルツの後を追う。
シュワルツが、自分の執務室に入ると、フラウムがソファーに座っていた。
「心配した。姿を消したのか?」
「転移をしたのよ。お母様は許して下っていたわ。ナターシャの治療は、お母様はなさらなかったのね」
「ここまで聞こえたのか?」
「ええ」
シュワルツは、不思議そうな顔をした。
話すべきだろうかと迷って、頷くことで誤魔化してしまった。
一緒にいれば、きっと気づくであろう。
フラウムは神になり、人の気配に敏感になり、遠くの声も聞こえる。
「今は、心を休めよ。疲れておるのだろう?」
「少し、眠ったわ」
「ほんの数分ではないか、倒れてしまうぞ」
「うん、本当に大丈夫よ」
シュワルツはフラウムの横に座り、フラウムの手を取る。
「食事の時間まで、自室で休むといい。風呂に入っても良い」
「そうね、少し、休んでいようかしら」
「部屋まで送ろう」
「ありがとう」
フラウムは自室に送ってもらい、装飾品を外してもらった。
それから、ゆっくりお風呂に入った。
侍女は断った。
今は一人で考えたかった。
母とは仲直りをしたい。
できれば、祖父にも認められたい。
結婚をするなら、祝福してもらいたい。
母のように駆け落ちをするつもりはない。
まずは、母と会おうと思った。
風呂から上がると、母のお古のドレスを着た。
ゆったりしているので、寛ぐときに楽なのだ。
顔にクリームを塗り、髪を梳かす。
新しいドレッサーの前で、髪を乾かす。
それを終えると、新しいカウチに横になる。ブランケットを取り出して、体にかけると、少し眠ろうと思った。
0
お気に入りに追加
276
あなたにおすすめの小説
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?
雨宮羽那
恋愛
元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。
◇◇◇◇
名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。
自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。
運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!
なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!?
◇◇◇◇
お気に入り登録、エールありがとうございます♡
※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。
※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。
※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))
【完結】身を引いたつもりが逆効果でした
風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。
一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。
平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません!
というか、婚約者にされそうです!
【完結】王太子と宰相の一人息子は、とある令嬢に恋をする
冬馬亮
恋愛
出会いは、ブライトン公爵邸で行われたガーデンパーティ。それまで婚約者候補の顔合わせのパーティに、一度も顔を出さなかったエレアーナが出席したのが始まりで。
彼女のあまりの美しさに、王太子レオンハルトと宰相の一人息子ケインバッハが声をかけるも、恋愛に興味がないエレアーナの対応はとてもあっさりしていて。
優しくて清廉潔白でちょっと意地悪なところもあるレオンハルトと、真面目で正義感に溢れるロマンチストのケインバッハは、彼女の心を射止めるべく、正々堂々と頑張っていくのだが・・・。
王太子妃の座を狙う政敵が、エレアーナを狙って罠を仕掛ける。
忍びよる魔の手から、エレアーナを無事、守ることは出来るのか?
彼女の心を射止めるのは、レオンハルトか、それともケインバッハか?
お話は、のんびりゆったりペースで進みます。
【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。
【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~
胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。
時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。
王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。
処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。
これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる