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第五章   

7   スピラルの塔

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 シュワルツは、フラウムのドレスを引き立てるように、ドレスシャツに紺の上着を着た。

 フラウムは、ドレスの上から、白いボレロを着た。温かな素材でできているので、コートを着なくても過ごせる。

 一緒に馬車に乗って、街へと出て行く。

 シュワルツの護衛が、十人近くいるが、皇太子の護衛では少ない方だろう。

 塔の前に馬車が止まると、シュワルツがエスコートしてくれる。

 馬車から降りると、周りの目が、シュワルツとフラウムを興味深そうに見ている。

 シュワルツが言っていたように、この街は、貴族と平民が混じり合っている。

 フラウムは、目立たない魔法をかけた。

 すると、人々の視線は、離れていった。


「何かしたのか?」

「目立たない魔法をかけただけよ」

「便利になったな」

「そうね、もう水晶に頼らなくても、頭の中で念じるだけで、大概できると思うわ」

「お祖父さんが知ったら、益々、フラウムを手放さないと言い出しそうだ」

「このことは、秘密だと言ったわ」

「そうだな」


 シュワルツは、フラウムと普通の恋人のように手を繋ぎ、塔の中に入っていった。


「まあ、すごいわ」


 1階は、チョコレート専門店だった。塔の中に入った瞬間に、甘いカカオの香りに包まれた。


「チョコレートは好きか?」

「ええ、大好きよ。でも、ずっと食べてなかったわ」

「では、買っていこう」


 試食販売になっていた。


(探知、毒)


 全てクリアーだった。


 フラウムは、試食販売のチョコをもらう。


「食べられるのか?」


 シュワルツは心底、驚いた顔をした。


「探知をしたの。毒はなかったわ」

「そうか」


 シュワルツも試食販売のチョコをもらった。いろんなお店を回って、気に入ったチョコを、シュワルツが買ってくれる。


 二階は、焼き菓子や生菓子、キャンディーが売っていた。

 綺麗なキャンディーを見つけて、足を止めた。


「可愛い」

「これも買っていこう。焼き菓子はいらんか?」

「欲しいわ」

「どれがいいんだ?種類が多いぞ」


(探知、毒)


 クリアー。


「このエリアにも毒はないわ」

「そうか、フラウムが便利になったな。いつも毒を恐れて、外で作られた物は食べられなかっただろう?」

「そうね、毒は怖いわ」

 試食の焼き菓子を食べて歩く。

 食べ歩きはお行儀が悪いと言われて育ったが、このエリアでは、皆が普通にしている。

 シュワルツは、またフラウムが美味しいと言った物を買ってくれた。

 3階は文房具が売られていた。


「可愛い」


 花の絵が印刷された便箋の前で足を止めると、「どれがいいんだ?」と一緒に見てくれる。


「気に入った物があれば、買えばいい」

「でも、お菓子を買っていただいたわ」

「フラウム、値段を見てごらん。お菓子より安い。安心して強請りなさい」

「では、これを」


 すみれの花の便箋と封筒を選んで、シュワルツに手渡す。お店を見て回って、美しいペンがあった。それはお菓子より高かった。


「このペンは美しいな」

「でも、高いわ」

「これから、フラウムにも仕事をしてもらう。文房具は気に入った物を使うといい。手に持ってごらん。いっぱい書類を書かなくてはならないよ」

「はい」


 シュワルツが、美しいペンを選んで並べてくれる。

 それを一つずつ手に取る。


「赤いのと白いのが持ちやすいわ」

「それでは、それを買っていこう」

「二つも?」

「たぶん、二つでは足りなくなるよ」

「お仕事、忙しいのね」

「そのうち慣れる」

「はい」


 シュワルツはインクも一緒に買ってくれた。

 4階は茶器と紅茶の茶葉が売っていた。

 いい香りがする。

 シュワルツと器を見て歩く。それだけで楽しい。


「気に入った物あれば言いなさい」

「ええ」


 目移りするほど、たくさんのカップが売っている。その中で、目引く者があった。

 可憐な花が描かれた物だ。金の縁取りが美しい。

 その隣には、色づけされていない、白いカップがあった。

 白いカップに、白い模様が描かれている。

 これも捨てがたい。

 フラウムは迷って、足を止めた。


「ピンクの薔薇が入ったのがいいわ」

「では、それにしよう」

「これはお部屋に置いていいのよね?」

「そうだ、フラウムの部屋に置く物を見に来たのだ」

「白い普通のカップも清潔で素敵よね。お客様をもてなすなら、その方がいいかと思って、でも、個人で飲むなら、可愛いのがいいわ」


 シュワルツが微笑む。


「両方買っていこう」

「そんなに、いいわよ」

「安い物だ」

「そうかしら?」

「ああ」

「でも、わたくしには買えない物よ」

「そこは甘えなさい」


 シュワルツが手を握る。


「それなら、お願いします」

「ああ、いいとも」


 シュワルツは嬉しそうな顔をした。その顔を見るとフラウムも嬉しくなる。

 いい香りのする茶葉を三つも買ってくれた。

 記憶の操作で、最終的に紅茶を飲んだことになっているが、実際は、二人は紅茶を飲んではいない。

 毎日、白湯を飲んでいた。

 なんの味もない。なんの香もない。ただ温かなお水を湧かしただけの物だった。

 紅茶の香りをかぐだけで、贅沢に思えるほど、質素な暮らしをしてきた。

 三つの茶葉の缶には、カップと揃いのような薔薇が描かれている。

 どれも、これも、フラウムには宝物のように見えていた。


 5階から10階は庶民の服や雑貨が売っていた。それでも、フラウムが着ていた安物ではなく、それなりに値段のするお嬢様っぽい物だ。紳士服も見栄えのいい物だ。

 11階は宝石が売っていた。

 手を引かれたが、フラウムは首を振った。


「今、いただいたわ」

「欲のない」


 12階はドレスが売っていた。既製品の物からオーダーメイドの物まである。


「フラウム、気に入った物があれば言ってくれ」

「ええ、でも、今の物で十分よ」


 フラウムにとって、値段を見ただけで、足が竦むのだ。

 フラウムの思考は、貴族の令嬢よりも質素な平民に近い。毎日、食べる物の為に働き、質素倹約してきた身だ。

 まだフラウムのお財布の中には、都で宿を取れるほどの金額は貯まっていない。

 心細いのだ。


 13階は紳士用の正装が並んでいた。

 階段が自動で上がっていく。

 ドレスの裾を気にしながら乗っていく。

 14階は食べ物屋さんが入っている。


「見ていくか?アイスクリーミーというのが、最近の流行らしい」

「お祖母様がおっしゃっていたわ」

「食べてみるか?」


(探知、毒)

 クリアー。


「毒はないみたいね」

「そうそう、毒物が混じっていたら、怖くて誰も食べないであろう」

「でも、不安だもの」


 シュワルツは笑う。


「シュワルツはアイスクリーミーを食べたことはあるの?」

「あるぞ。冷たくて甘いな」

「寒くないかしら?」

「今、寒いのか?」

「温かいわ」

「では、行こうぞ」


 シュワルツはフラウムの手を引く。

 お店には人が並んでいる。

 人気というのは本当のようだ。


「混んでいるわ」

「何がいい?買ってきてもらおう」

「何がお薦めですの?」

「初めてならバニラだろうな」

「それなら、バニラで」


 シュワルツは従者の一人に買いに行かせた。


「フラウム、座ろう」

「はい」


 従者が案内してくれる。

 ソファーと椅子があり、ソファーに案内された。

 このエリアは、平民と貴族の仕切りがあるようだ。

 食べるものは同じだから、同じでも良さそうだけれど、もめ事もあるのかもしれない。

 ドレスを着た貴婦人もいるし、カップルでいる恋人達もいる。

 暫く待っていると、白い物が入ったガラスの器が運ばれてきた。

 スプーンですくって口の中に入れると、甘い物が口の中で溶けた。


「美味しい」

「美味しいって顔をしているな」

「ほっぺが落ちてしまいそうね」

「そんなに美味しいか?」


 シュワルツもアイスクリーミーを口に運ぶ。

 少しずつ食べていたら、アイスクリーミーが溶けてきた。


「早く食べてしまわないと、溶けてしまう」

「そうなのね」


 シュワルツはもう食べ終えている。

 フラウムもスプーンに掬う量を増やした。

 食べ終えると、シュワルツの従者が片付けくれる。


「あと一階あるんだ。行こう」

「高いのね」


 シュワルツが手を引いてくれる。

 立ち上がって、あと一階上がると、今度は広い展望台になっていた。


「まあ、素晴らしいわ。景色が綺麗ね。でも、宮廷のテラスと同じようだわ」

「テラスは、私が独り占めしている物だ。ここは国民に提供している。どちらの景色が好きだ?」

「そうね、宮廷のテラスの方が落ち着いて見られるわね。ここは人が多すぎるわ」

「確かに、人が多い」


 展望台を一周したら、人混みで帰りたくなった。


「もう帰りましょう。人が多すぎて、疲れてきたわ」

「では、戻ろうぞ」


 帰りは、箱のような物に乗り込むと、あっという間に一階まで降りていた。


「3年、田舎に住んでいたら、なんだか置いてきぼりになったみたいね」

「3年は、あっという間に過ぎ去っていくが、それなりに長い。良く無事でいたな」


 シュワルツは、フラウムの肩を抱き、優しく微笑む。その微笑みに微笑みで返した。

 労いや、いたわりが込められた微笑みは、フラウムの疲れ果てていた3年間を掬い上げてくれる。

 誰にも理解されなくてもいいと思っていたけれど、今は、シュワルツがフラウムの心を受け止めてくれている。

 それだけでも、シュワルツに対しての愛おしさが増していく。


「大変だったけれど、確かにあっという間だったわ」


 馬車に乗り、シュワルツにもたれかかり、うつらうつらする。

 シュワルツは、起こさずに、僅かな睡眠を与えてくれる。

 その優しさに感謝しながら、宮廷の中に入っていく。

 フラウムは、母と祖父の気配を感じて、目を開けた。


「いるわ。姿を消すわ。先にシュワルツの部屋にいるわね」


 隣にいたフラウムの姿が突然に消えて、シュワルツは辺りを見渡す。


「消えただけか?転移したのか?」


 シュワルツが、馬車の窓を開けると、すぐに、従者が側による。


「フラウムと一緒だったことは秘密だと伝えてくれ」

「はっ」


 従者は馬で、移動していった。

 馬車は、宮廷の入り口で止まった。

 扉が開けられて、シュワルツは一人で降りると、フラウムが言っていたように、テクニテース・プラネット侯爵とアミ・プラネット侯爵が来ていた。


「フラウムの姿を見た者がいたのですが、一緒ではないのか?」

「見ての通りだ」


 シュワルツが馬車を降りると、馬車は行ってしまった。

 フラウムの姿はない。


「既に探したのであろう?ここにはいない。そう追い詰めるな。私の所に戻ってこられないであろう」

「もし、フラウムに会ったら、ナターシャの治療をお願いしたいの。わたくしにはできないの。ナターシャはフラウムがいなくなって、落胆してしまったの。不甲斐ない母でごめんなさい。わたくしは、結婚は反対していませんと伝えてください」

「おまえ、勝手な事を言うな。無限大だぞ。緋色の一族の血をもっと強固な物にすれば、人は助かる。我が一族は人命を守っておる一族だ」

「お父様、もう止めましょう」

「アミ、また裏切るのか?」

「フラウムの魔力検査を受けるまで、フラウムをあんなに可愛がっていたでしょう。数値を知った途端、物のような扱いは酷いわ。あの子は物ではなくて、お父様の孫でしょう」

「孫だが、無限大だ」

「親子喧嘩なら、自宅に戻ってしてください。ここにフラウムはいません。お引き取りください」


 シュワルツは、喧嘩を始めた二人を置き去りにして、宮廷の中に入っていく。

 従者は、よそ者を追い払い、シュワルツの後を追う。

 シュワルツが、自分の執務室に入ると、フラウムがソファーに座っていた。


「心配した。姿を消したのか?」

「転移をしたのよ。お母様は許して下っていたわ。ナターシャの治療は、お母様はなさらなかったのね」

「ここまで聞こえたのか?」

「ええ」

 シュワルツは、不思議そうな顔をした。

 話すべきだろうかと迷って、頷くことで誤魔化してしまった。

 一緒にいれば、きっと気づくであろう。

 フラウムは神になり、人の気配に敏感になり、遠くの声も聞こえる。


「今は、心を休めよ。疲れておるのだろう?」

「少し、眠ったわ」

「ほんの数分ではないか、倒れてしまうぞ」

「うん、本当に大丈夫よ」


 シュワルツはフラウムの横に座り、フラウムの手を取る。


「食事の時間まで、自室で休むといい。風呂に入っても良い」

「そうね、少し、休んでいようかしら」

「部屋まで送ろう」

「ありがとう」


 フラウムは自室に送ってもらい、装飾品を外してもらった。

 それから、ゆっくりお風呂に入った。

 侍女は断った。

 今は一人で考えたかった。

 母とは仲直りをしたい。

 できれば、祖父にも認められたい。

 結婚をするなら、祝福してもらいたい。

 母のように駆け落ちをするつもりはない。

 まずは、母と会おうと思った。

 風呂から上がると、母のお古のドレスを着た。

 ゆったりしているので、寛ぐときに楽なのだ。

 顔にクリームを塗り、髪を梳かす。

 新しいドレッサーの前で、髪を乾かす。

 それを終えると、新しいカウチに横になる。ブランケットを取り出して、体にかけると、少し眠ろうと思った。


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