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第五章
7 スピラルの塔
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シュワルツは、フラウムのドレスを引き立てるように、ドレスシャツに紺の上着を着た。
フラウムは、ドレスの上から、白いボレロを着た。温かな素材でできているので、コートを着なくても過ごせる。
一緒に馬車に乗って、街へと出て行く。
シュワルツの護衛が、十人近くいるが、皇太子の護衛では少ない方だろう。
塔の前に馬車が止まると、シュワルツがエスコートしてくれる。
馬車から降りると、周りの目が、シュワルツとフラウムを興味深そうに見ている。
シュワルツが言っていたように、この街は、貴族と平民が混じり合っている。
フラウムは、目立たない魔法をかけた。
すると、人々の視線は、離れていった。
「何かしたのか?」
「目立たない魔法をかけただけよ」
「便利になったな」
「そうね、もう水晶に頼らなくても、頭の中で念じるだけで、大概できると思うわ」
「お祖父さんが知ったら、益々、フラウムを手放さないと言い出しそうだ」
「このことは、秘密だと言ったわ」
「そうだな」
シュワルツは、フラウムと普通の恋人のように手を繋ぎ、塔の中に入っていった。
「まあ、すごいわ」
1階は、チョコレート専門店だった。塔の中に入った瞬間に、甘いカカオの香りに包まれた。
「チョコレートは好きか?」
「ええ、大好きよ。でも、ずっと食べてなかったわ」
「では、買っていこう」
試食販売になっていた。
(探知、毒)
全てクリアーだった。
フラウムは、試食販売のチョコをもらう。
「食べられるのか?」
シュワルツは心底、驚いた顔をした。
「探知をしたの。毒はなかったわ」
「そうか」
シュワルツも試食販売のチョコをもらった。いろんなお店を回って、気に入ったチョコを、シュワルツが買ってくれる。
二階は、焼き菓子や生菓子、キャンディーが売っていた。
綺麗なキャンディーを見つけて、足を止めた。
「可愛い」
「これも買っていこう。焼き菓子はいらんか?」
「欲しいわ」
「どれがいいんだ?種類が多いぞ」
(探知、毒)
クリアー。
「このエリアにも毒はないわ」
「そうか、フラウムが便利になったな。いつも毒を恐れて、外で作られた物は食べられなかっただろう?」
「そうね、毒は怖いわ」
試食の焼き菓子を食べて歩く。
食べ歩きはお行儀が悪いと言われて育ったが、このエリアでは、皆が普通にしている。
シュワルツは、またフラウムが美味しいと言った物を買ってくれた。
3階は文房具が売られていた。
「可愛い」
花の絵が印刷された便箋の前で足を止めると、「どれがいいんだ?」と一緒に見てくれる。
「気に入った物があれば、買えばいい」
「でも、お菓子を買っていただいたわ」
「フラウム、値段を見てごらん。お菓子より安い。安心して強請りなさい」
「では、これを」
すみれの花の便箋と封筒を選んで、シュワルツに手渡す。お店を見て回って、美しいペンがあった。それはお菓子より高かった。
「このペンは美しいな」
「でも、高いわ」
「これから、フラウムにも仕事をしてもらう。文房具は気に入った物を使うといい。手に持ってごらん。いっぱい書類を書かなくてはならないよ」
「はい」
シュワルツが、美しいペンを選んで並べてくれる。
それを一つずつ手に取る。
「赤いのと白いのが持ちやすいわ」
「それでは、それを買っていこう」
「二つも?」
「たぶん、二つでは足りなくなるよ」
「お仕事、忙しいのね」
「そのうち慣れる」
「はい」
シュワルツはインクも一緒に買ってくれた。
4階は茶器と紅茶の茶葉が売っていた。
いい香りがする。
シュワルツと器を見て歩く。それだけで楽しい。
「気に入った物あれば言いなさい」
「ええ」
目移りするほど、たくさんのカップが売っている。その中で、目引く者があった。
可憐な花が描かれた物だ。金の縁取りが美しい。
その隣には、色づけされていない、白いカップがあった。
白いカップに、白い模様が描かれている。
これも捨てがたい。
フラウムは迷って、足を止めた。
「ピンクの薔薇が入ったのがいいわ」
「では、それにしよう」
「これはお部屋に置いていいのよね?」
「そうだ、フラウムの部屋に置く物を見に来たのだ」
「白い普通のカップも清潔で素敵よね。お客様をもてなすなら、その方がいいかと思って、でも、個人で飲むなら、可愛いのがいいわ」
シュワルツが微笑む。
「両方買っていこう」
「そんなに、いいわよ」
「安い物だ」
「そうかしら?」
「ああ」
「でも、わたくしには買えない物よ」
「そこは甘えなさい」
シュワルツが手を握る。
「それなら、お願いします」
「ああ、いいとも」
シュワルツは嬉しそうな顔をした。その顔を見るとフラウムも嬉しくなる。
いい香りのする茶葉を三つも買ってくれた。
記憶の操作で、最終的に紅茶を飲んだことになっているが、実際は、二人は紅茶を飲んではいない。
毎日、白湯を飲んでいた。
なんの味もない。なんの香もない。ただ温かなお水を湧かしただけの物だった。
紅茶の香りをかぐだけで、贅沢に思えるほど、質素な暮らしをしてきた。
三つの茶葉の缶には、カップと揃いのような薔薇が描かれている。
どれも、これも、フラウムには宝物のように見えていた。
5階から10階は庶民の服や雑貨が売っていた。それでも、フラウムが着ていた安物ではなく、それなりに値段のするお嬢様っぽい物だ。紳士服も見栄えのいい物だ。
11階は宝石が売っていた。
手を引かれたが、フラウムは首を振った。
「今、いただいたわ」
「欲のない」
12階はドレスが売っていた。既製品の物からオーダーメイドの物まである。
「フラウム、気に入った物があれば言ってくれ」
「ええ、でも、今の物で十分よ」
フラウムにとって、値段を見ただけで、足が竦むのだ。
フラウムの思考は、貴族の令嬢よりも質素な平民に近い。毎日、食べる物の為に働き、質素倹約してきた身だ。
まだフラウムのお財布の中には、都で宿を取れるほどの金額は貯まっていない。
心細いのだ。
13階は紳士用の正装が並んでいた。
階段が自動で上がっていく。
ドレスの裾を気にしながら乗っていく。
14階は食べ物屋さんが入っている。
「見ていくか?アイスクリーミーというのが、最近の流行らしい」
「お祖母様がおっしゃっていたわ」
「食べてみるか?」
(探知、毒)
クリアー。
「毒はないみたいね」
「そうそう、毒物が混じっていたら、怖くて誰も食べないであろう」
「でも、不安だもの」
シュワルツは笑う。
「シュワルツはアイスクリーミーを食べたことはあるの?」
「あるぞ。冷たくて甘いな」
「寒くないかしら?」
「今、寒いのか?」
「温かいわ」
「では、行こうぞ」
シュワルツはフラウムの手を引く。
お店には人が並んでいる。
人気というのは本当のようだ。
「混んでいるわ」
「何がいい?買ってきてもらおう」
「何がお薦めですの?」
「初めてならバニラだろうな」
「それなら、バニラで」
シュワルツは従者の一人に買いに行かせた。
「フラウム、座ろう」
「はい」
従者が案内してくれる。
ソファーと椅子があり、ソファーに案内された。
このエリアは、平民と貴族の仕切りがあるようだ。
食べるものは同じだから、同じでも良さそうだけれど、もめ事もあるのかもしれない。
ドレスを着た貴婦人もいるし、カップルでいる恋人達もいる。
暫く待っていると、白い物が入ったガラスの器が運ばれてきた。
スプーンですくって口の中に入れると、甘い物が口の中で溶けた。
「美味しい」
「美味しいって顔をしているな」
「ほっぺが落ちてしまいそうね」
「そんなに美味しいか?」
シュワルツもアイスクリーミーを口に運ぶ。
少しずつ食べていたら、アイスクリーミーが溶けてきた。
「早く食べてしまわないと、溶けてしまう」
「そうなのね」
シュワルツはもう食べ終えている。
フラウムもスプーンに掬う量を増やした。
食べ終えると、シュワルツの従者が片付けくれる。
「あと一階あるんだ。行こう」
「高いのね」
シュワルツが手を引いてくれる。
立ち上がって、あと一階上がると、今度は広い展望台になっていた。
「まあ、素晴らしいわ。景色が綺麗ね。でも、宮廷のテラスと同じようだわ」
「テラスは、私が独り占めしている物だ。ここは国民に提供している。どちらの景色が好きだ?」
「そうね、宮廷のテラスの方が落ち着いて見られるわね。ここは人が多すぎるわ」
「確かに、人が多い」
展望台を一周したら、人混みで帰りたくなった。
「もう帰りましょう。人が多すぎて、疲れてきたわ」
「では、戻ろうぞ」
帰りは、箱のような物に乗り込むと、あっという間に一階まで降りていた。
「3年、田舎に住んでいたら、なんだか置いてきぼりになったみたいね」
「3年は、あっという間に過ぎ去っていくが、それなりに長い。良く無事でいたな」
シュワルツは、フラウムの肩を抱き、優しく微笑む。その微笑みに微笑みで返した。
労いや、いたわりが込められた微笑みは、フラウムの疲れ果てていた3年間を掬い上げてくれる。
誰にも理解されなくてもいいと思っていたけれど、今は、シュワルツがフラウムの心を受け止めてくれている。
それだけでも、シュワルツに対しての愛おしさが増していく。
「大変だったけれど、確かにあっという間だったわ」
馬車に乗り、シュワルツにもたれかかり、うつらうつらする。
シュワルツは、起こさずに、僅かな睡眠を与えてくれる。
その優しさに感謝しながら、宮廷の中に入っていく。
フラウムは、母と祖父の気配を感じて、目を開けた。
「いるわ。姿を消すわ。先にシュワルツの部屋にいるわね」
隣にいたフラウムの姿が突然に消えて、シュワルツは辺りを見渡す。
「消えただけか?転移したのか?」
シュワルツが、馬車の窓を開けると、すぐに、従者が側による。
「フラウムと一緒だったことは秘密だと伝えてくれ」
「はっ」
従者は馬で、移動していった。
馬車は、宮廷の入り口で止まった。
扉が開けられて、シュワルツは一人で降りると、フラウムが言っていたように、テクニテース・プラネット侯爵とアミ・プラネット侯爵が来ていた。
「フラウムの姿を見た者がいたのですが、一緒ではないのか?」
「見ての通りだ」
シュワルツが馬車を降りると、馬車は行ってしまった。
フラウムの姿はない。
「既に探したのであろう?ここにはいない。そう追い詰めるな。私の所に戻ってこられないであろう」
「もし、フラウムに会ったら、ナターシャの治療をお願いしたいの。わたくしにはできないの。ナターシャはフラウムがいなくなって、落胆してしまったの。不甲斐ない母でごめんなさい。わたくしは、結婚は反対していませんと伝えてください」
「おまえ、勝手な事を言うな。無限大だぞ。緋色の一族の血をもっと強固な物にすれば、人は助かる。我が一族は人命を守っておる一族だ」
「お父様、もう止めましょう」
「アミ、また裏切るのか?」
「フラウムの魔力検査を受けるまで、フラウムをあんなに可愛がっていたでしょう。数値を知った途端、物のような扱いは酷いわ。あの子は物ではなくて、お父様の孫でしょう」
「孫だが、無限大だ」
「親子喧嘩なら、自宅に戻ってしてください。ここにフラウムはいません。お引き取りください」
シュワルツは、喧嘩を始めた二人を置き去りにして、宮廷の中に入っていく。
従者は、よそ者を追い払い、シュワルツの後を追う。
シュワルツが、自分の執務室に入ると、フラウムがソファーに座っていた。
「心配した。姿を消したのか?」
「転移をしたのよ。お母様は許して下っていたわ。ナターシャの治療は、お母様はなさらなかったのね」
「ここまで聞こえたのか?」
「ええ」
シュワルツは、不思議そうな顔をした。
話すべきだろうかと迷って、頷くことで誤魔化してしまった。
一緒にいれば、きっと気づくであろう。
フラウムは神になり、人の気配に敏感になり、遠くの声も聞こえる。
「今は、心を休めよ。疲れておるのだろう?」
「少し、眠ったわ」
「ほんの数分ではないか、倒れてしまうぞ」
「うん、本当に大丈夫よ」
シュワルツはフラウムの横に座り、フラウムの手を取る。
「食事の時間まで、自室で休むといい。風呂に入っても良い」
「そうね、少し、休んでいようかしら」
「部屋まで送ろう」
「ありがとう」
フラウムは自室に送ってもらい、装飾品を外してもらった。
それから、ゆっくりお風呂に入った。
侍女は断った。
今は一人で考えたかった。
母とは仲直りをしたい。
できれば、祖父にも認められたい。
結婚をするなら、祝福してもらいたい。
母のように駆け落ちをするつもりはない。
まずは、母と会おうと思った。
風呂から上がると、母のお古のドレスを着た。
ゆったりしているので、寛ぐときに楽なのだ。
顔にクリームを塗り、髪を梳かす。
新しいドレッサーの前で、髪を乾かす。
それを終えると、新しいカウチに横になる。ブランケットを取り出して、体にかけると、少し眠ろうと思った。
フラウムは、ドレスの上から、白いボレロを着た。温かな素材でできているので、コートを着なくても過ごせる。
一緒に馬車に乗って、街へと出て行く。
シュワルツの護衛が、十人近くいるが、皇太子の護衛では少ない方だろう。
塔の前に馬車が止まると、シュワルツがエスコートしてくれる。
馬車から降りると、周りの目が、シュワルツとフラウムを興味深そうに見ている。
シュワルツが言っていたように、この街は、貴族と平民が混じり合っている。
フラウムは、目立たない魔法をかけた。
すると、人々の視線は、離れていった。
「何かしたのか?」
「目立たない魔法をかけただけよ」
「便利になったな」
「そうね、もう水晶に頼らなくても、頭の中で念じるだけで、大概できると思うわ」
「お祖父さんが知ったら、益々、フラウムを手放さないと言い出しそうだ」
「このことは、秘密だと言ったわ」
「そうだな」
シュワルツは、フラウムと普通の恋人のように手を繋ぎ、塔の中に入っていった。
「まあ、すごいわ」
1階は、チョコレート専門店だった。塔の中に入った瞬間に、甘いカカオの香りに包まれた。
「チョコレートは好きか?」
「ええ、大好きよ。でも、ずっと食べてなかったわ」
「では、買っていこう」
試食販売になっていた。
(探知、毒)
全てクリアーだった。
フラウムは、試食販売のチョコをもらう。
「食べられるのか?」
シュワルツは心底、驚いた顔をした。
「探知をしたの。毒はなかったわ」
「そうか」
シュワルツも試食販売のチョコをもらった。いろんなお店を回って、気に入ったチョコを、シュワルツが買ってくれる。
二階は、焼き菓子や生菓子、キャンディーが売っていた。
綺麗なキャンディーを見つけて、足を止めた。
「可愛い」
「これも買っていこう。焼き菓子はいらんか?」
「欲しいわ」
「どれがいいんだ?種類が多いぞ」
(探知、毒)
クリアー。
「このエリアにも毒はないわ」
「そうか、フラウムが便利になったな。いつも毒を恐れて、外で作られた物は食べられなかっただろう?」
「そうね、毒は怖いわ」
試食の焼き菓子を食べて歩く。
食べ歩きはお行儀が悪いと言われて育ったが、このエリアでは、皆が普通にしている。
シュワルツは、またフラウムが美味しいと言った物を買ってくれた。
3階は文房具が売られていた。
「可愛い」
花の絵が印刷された便箋の前で足を止めると、「どれがいいんだ?」と一緒に見てくれる。
「気に入った物があれば、買えばいい」
「でも、お菓子を買っていただいたわ」
「フラウム、値段を見てごらん。お菓子より安い。安心して強請りなさい」
「では、これを」
すみれの花の便箋と封筒を選んで、シュワルツに手渡す。お店を見て回って、美しいペンがあった。それはお菓子より高かった。
「このペンは美しいな」
「でも、高いわ」
「これから、フラウムにも仕事をしてもらう。文房具は気に入った物を使うといい。手に持ってごらん。いっぱい書類を書かなくてはならないよ」
「はい」
シュワルツが、美しいペンを選んで並べてくれる。
それを一つずつ手に取る。
「赤いのと白いのが持ちやすいわ」
「それでは、それを買っていこう」
「二つも?」
「たぶん、二つでは足りなくなるよ」
「お仕事、忙しいのね」
「そのうち慣れる」
「はい」
シュワルツはインクも一緒に買ってくれた。
4階は茶器と紅茶の茶葉が売っていた。
いい香りがする。
シュワルツと器を見て歩く。それだけで楽しい。
「気に入った物あれば言いなさい」
「ええ」
目移りするほど、たくさんのカップが売っている。その中で、目引く者があった。
可憐な花が描かれた物だ。金の縁取りが美しい。
その隣には、色づけされていない、白いカップがあった。
白いカップに、白い模様が描かれている。
これも捨てがたい。
フラウムは迷って、足を止めた。
「ピンクの薔薇が入ったのがいいわ」
「では、それにしよう」
「これはお部屋に置いていいのよね?」
「そうだ、フラウムの部屋に置く物を見に来たのだ」
「白い普通のカップも清潔で素敵よね。お客様をもてなすなら、その方がいいかと思って、でも、個人で飲むなら、可愛いのがいいわ」
シュワルツが微笑む。
「両方買っていこう」
「そんなに、いいわよ」
「安い物だ」
「そうかしら?」
「ああ」
「でも、わたくしには買えない物よ」
「そこは甘えなさい」
シュワルツが手を握る。
「それなら、お願いします」
「ああ、いいとも」
シュワルツは嬉しそうな顔をした。その顔を見るとフラウムも嬉しくなる。
いい香りのする茶葉を三つも買ってくれた。
記憶の操作で、最終的に紅茶を飲んだことになっているが、実際は、二人は紅茶を飲んではいない。
毎日、白湯を飲んでいた。
なんの味もない。なんの香もない。ただ温かなお水を湧かしただけの物だった。
紅茶の香りをかぐだけで、贅沢に思えるほど、質素な暮らしをしてきた。
三つの茶葉の缶には、カップと揃いのような薔薇が描かれている。
どれも、これも、フラウムには宝物のように見えていた。
5階から10階は庶民の服や雑貨が売っていた。それでも、フラウムが着ていた安物ではなく、それなりに値段のするお嬢様っぽい物だ。紳士服も見栄えのいい物だ。
11階は宝石が売っていた。
手を引かれたが、フラウムは首を振った。
「今、いただいたわ」
「欲のない」
12階はドレスが売っていた。既製品の物からオーダーメイドの物まである。
「フラウム、気に入った物があれば言ってくれ」
「ええ、でも、今の物で十分よ」
フラウムにとって、値段を見ただけで、足が竦むのだ。
フラウムの思考は、貴族の令嬢よりも質素な平民に近い。毎日、食べる物の為に働き、質素倹約してきた身だ。
まだフラウムのお財布の中には、都で宿を取れるほどの金額は貯まっていない。
心細いのだ。
13階は紳士用の正装が並んでいた。
階段が自動で上がっていく。
ドレスの裾を気にしながら乗っていく。
14階は食べ物屋さんが入っている。
「見ていくか?アイスクリーミーというのが、最近の流行らしい」
「お祖母様がおっしゃっていたわ」
「食べてみるか?」
(探知、毒)
クリアー。
「毒はないみたいね」
「そうそう、毒物が混じっていたら、怖くて誰も食べないであろう」
「でも、不安だもの」
シュワルツは笑う。
「シュワルツはアイスクリーミーを食べたことはあるの?」
「あるぞ。冷たくて甘いな」
「寒くないかしら?」
「今、寒いのか?」
「温かいわ」
「では、行こうぞ」
シュワルツはフラウムの手を引く。
お店には人が並んでいる。
人気というのは本当のようだ。
「混んでいるわ」
「何がいい?買ってきてもらおう」
「何がお薦めですの?」
「初めてならバニラだろうな」
「それなら、バニラで」
シュワルツは従者の一人に買いに行かせた。
「フラウム、座ろう」
「はい」
従者が案内してくれる。
ソファーと椅子があり、ソファーに案内された。
このエリアは、平民と貴族の仕切りがあるようだ。
食べるものは同じだから、同じでも良さそうだけれど、もめ事もあるのかもしれない。
ドレスを着た貴婦人もいるし、カップルでいる恋人達もいる。
暫く待っていると、白い物が入ったガラスの器が運ばれてきた。
スプーンですくって口の中に入れると、甘い物が口の中で溶けた。
「美味しい」
「美味しいって顔をしているな」
「ほっぺが落ちてしまいそうね」
「そんなに美味しいか?」
シュワルツもアイスクリーミーを口に運ぶ。
少しずつ食べていたら、アイスクリーミーが溶けてきた。
「早く食べてしまわないと、溶けてしまう」
「そうなのね」
シュワルツはもう食べ終えている。
フラウムもスプーンに掬う量を増やした。
食べ終えると、シュワルツの従者が片付けくれる。
「あと一階あるんだ。行こう」
「高いのね」
シュワルツが手を引いてくれる。
立ち上がって、あと一階上がると、今度は広い展望台になっていた。
「まあ、素晴らしいわ。景色が綺麗ね。でも、宮廷のテラスと同じようだわ」
「テラスは、私が独り占めしている物だ。ここは国民に提供している。どちらの景色が好きだ?」
「そうね、宮廷のテラスの方が落ち着いて見られるわね。ここは人が多すぎるわ」
「確かに、人が多い」
展望台を一周したら、人混みで帰りたくなった。
「もう帰りましょう。人が多すぎて、疲れてきたわ」
「では、戻ろうぞ」
帰りは、箱のような物に乗り込むと、あっという間に一階まで降りていた。
「3年、田舎に住んでいたら、なんだか置いてきぼりになったみたいね」
「3年は、あっという間に過ぎ去っていくが、それなりに長い。良く無事でいたな」
シュワルツは、フラウムの肩を抱き、優しく微笑む。その微笑みに微笑みで返した。
労いや、いたわりが込められた微笑みは、フラウムの疲れ果てていた3年間を掬い上げてくれる。
誰にも理解されなくてもいいと思っていたけれど、今は、シュワルツがフラウムの心を受け止めてくれている。
それだけでも、シュワルツに対しての愛おしさが増していく。
「大変だったけれど、確かにあっという間だったわ」
馬車に乗り、シュワルツにもたれかかり、うつらうつらする。
シュワルツは、起こさずに、僅かな睡眠を与えてくれる。
その優しさに感謝しながら、宮廷の中に入っていく。
フラウムは、母と祖父の気配を感じて、目を開けた。
「いるわ。姿を消すわ。先にシュワルツの部屋にいるわね」
隣にいたフラウムの姿が突然に消えて、シュワルツは辺りを見渡す。
「消えただけか?転移したのか?」
シュワルツが、馬車の窓を開けると、すぐに、従者が側による。
「フラウムと一緒だったことは秘密だと伝えてくれ」
「はっ」
従者は馬で、移動していった。
馬車は、宮廷の入り口で止まった。
扉が開けられて、シュワルツは一人で降りると、フラウムが言っていたように、テクニテース・プラネット侯爵とアミ・プラネット侯爵が来ていた。
「フラウムの姿を見た者がいたのですが、一緒ではないのか?」
「見ての通りだ」
シュワルツが馬車を降りると、馬車は行ってしまった。
フラウムの姿はない。
「既に探したのであろう?ここにはいない。そう追い詰めるな。私の所に戻ってこられないであろう」
「もし、フラウムに会ったら、ナターシャの治療をお願いしたいの。わたくしにはできないの。ナターシャはフラウムがいなくなって、落胆してしまったの。不甲斐ない母でごめんなさい。わたくしは、結婚は反対していませんと伝えてください」
「おまえ、勝手な事を言うな。無限大だぞ。緋色の一族の血をもっと強固な物にすれば、人は助かる。我が一族は人命を守っておる一族だ」
「お父様、もう止めましょう」
「アミ、また裏切るのか?」
「フラウムの魔力検査を受けるまで、フラウムをあんなに可愛がっていたでしょう。数値を知った途端、物のような扱いは酷いわ。あの子は物ではなくて、お父様の孫でしょう」
「孫だが、無限大だ」
「親子喧嘩なら、自宅に戻ってしてください。ここにフラウムはいません。お引き取りください」
シュワルツは、喧嘩を始めた二人を置き去りにして、宮廷の中に入っていく。
従者は、よそ者を追い払い、シュワルツの後を追う。
シュワルツが、自分の執務室に入ると、フラウムがソファーに座っていた。
「心配した。姿を消したのか?」
「転移をしたのよ。お母様は許して下っていたわ。ナターシャの治療は、お母様はなさらなかったのね」
「ここまで聞こえたのか?」
「ええ」
シュワルツは、不思議そうな顔をした。
話すべきだろうかと迷って、頷くことで誤魔化してしまった。
一緒にいれば、きっと気づくであろう。
フラウムは神になり、人の気配に敏感になり、遠くの声も聞こえる。
「今は、心を休めよ。疲れておるのだろう?」
「少し、眠ったわ」
「ほんの数分ではないか、倒れてしまうぞ」
「うん、本当に大丈夫よ」
シュワルツはフラウムの横に座り、フラウムの手を取る。
「食事の時間まで、自室で休むといい。風呂に入っても良い」
「そうね、少し、休んでいようかしら」
「部屋まで送ろう」
「ありがとう」
フラウムは自室に送ってもらい、装飾品を外してもらった。
それから、ゆっくりお風呂に入った。
侍女は断った。
今は一人で考えたかった。
母とは仲直りをしたい。
できれば、祖父にも認められたい。
結婚をするなら、祝福してもらいたい。
母のように駆け落ちをするつもりはない。
まずは、母と会おうと思った。
風呂から上がると、母のお古のドレスを着た。
ゆったりしているので、寛ぐときに楽なのだ。
顔にクリームを塗り、髪を梳かす。
新しいドレッサーの前で、髪を乾かす。
それを終えると、新しいカウチに横になる。ブランケットを取り出して、体にかけると、少し眠ろうと思った。
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* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜
川奈あさ
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