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第三章

3   ドレス

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 祖父の屋敷に来て、二日目の朝、フラウムは母が幼い頃に着ていたドレスを一着出された。


「普段着に着ていたドレスよ。型は古いけれど、今、フラウムが着られる物がないの。食事を終えたら、父がお店に連れて行ってくださるそうよ」

「お祖父様が?」

「サイズが分からなかったから、用意する事ができなかったのよ」

「お母様のお洋服、お借りします」

「小さくないといいけれど」


 侍女が付けられたけれど、フラウムは3年間、一人暮らしをしてきたので、何でも一人でできる。

 普段着用のドレスは、締め付けがなく、ゆとりがある物だった。

 痩せたフラウムには、ちょうどいい加減だ。

 淡いピンク色で、髪色にとても合っていると思う。

 デザインも可愛らしい。


「もしかしたら、お母様のお気に入りでしたか?」

「ええ、そうよ。このデザインは珍しくて、とても気に入っていたの。フラウムも似合うわ」

「とても、可愛らしいですわ」

「まずは、朝食よ」

 母は、フラウムが起きている間、ほとんど一緒にいてくれる。

 まるで夢を見ているようだ。

 ダイニングルームに降りていくと、お祖父様とお祖母様は、もういらしていた。


「おはようございます」

「おはよう」

「おはよう、フラウム」
 

 椅子に腰掛けると、食事が並び出す。

 温かなスープに、厚切りベーコンの焼いた物。お野菜が添えてある。テーブルロールは、ブドウパンとクルミパンだった。

 食事を見て、フラウムは微笑む。

 シュワルツと一緒に厚切りベーコンの野草炒めを食べた時の事を思い出した。

 豪華だと言ったシュワルツは、本当に美味しそうに食べていた。

 添えの野菜もなかったけれど、あのベーコンは本当に美味しかった。

 ナイフとフォークでベーコンを切り、口の中に運ぶと、ゆっくり噛みしめる。ジューシーな肉汁が口の中に広がる。

 きっと厚切りベーコンを見るたびに、シュワルツと一緒に食べたあの日を、思い出すのだと思う。



「フラウム、旨いか?」


「ええ、とても美味しいです」



 お祖父様は嬉しそうな顔をした。



「食べたいものを言いなさい。何でも作ってもらおう」

「いいえ、普通でいいわ。あっ、そうだわ。わたくし、パンが焼けなかったのですわ。シェフに教わってもよろしいですか?」

「この先、自炊することは、もう無いだろう?」

「それでも、できなかった事は、できるようにしたいのですわ」

「それなら、シェフに習うといい」

「ありがとうございます。お祖父様」



 フラウムは、明日からパン作りを習おうと思った。





 お祖父様の馬車で、お母様とお祖母様と一緒に街に出掛けた。

 シュワルツが言っていたように、3年前と様子が変わっている。街の風貌が以前より賑やかになっていて、人が多くなっている。お店も知らないお店がある。

 フラウムが3年、田舎に隠っていた間に、街は発展している。

 高い展望台ができていた。


「フラウム、あれは、スピラルの塔だ。最上階は展望台になっている。塔の中はお店が入っている。服屋、雑貨屋、食べ物屋、あの塔の中で、大概の物を見繕える。テールの都の一番の繁華街だ」

「そうなのですね。3年経つと、街の景色も変わって道に迷いそうだわ」

「アイスクリーミーという冷たい食べ物が最近の流行なのですよ」


 お祖母様が教えてくれる。


「冷たいのですか?この寒い季節に、冷たい物なんて食べたら、体が冷えてしまうわ」

「塔の中は、春の陽気のようなのよ。若者が集まっているわ」

「まあ、大きな暖炉でもあるのかしら?」

「従姉妹のナターシャを紹介しましょう。フラウムより二つ年上の令嬢がいます。覚えているかしら?」

「お目にかかった事はありません」

「アミの兄の子になりますわ。アミはあまり帰ってこなかったから、会わなかったかもしれないわね」


 フラウムは頷いた。

 母は3年前に死んでいたので、この3年間は偽りの3年間なのだ。

 生き返って、まだ1週間も経っていない。


「ナターシャには、二つ上に兄がおりますの。このプラネット侯爵の長男夫婦の子になります。今は別邸で暮らしていますが、仲良くしてくださいね」

「はい」


 家系図を頭に描きながら、フラウムは関係の深くなりそうな二人の名前を頭の中に記憶した。


「二人と仲良くして、遊んでもらうといいわ。街も案内してもらえるでしょう」

「ええ、でも」


 街の案内はシュワルツがしてくれると言っていた。

 それを楽しみにしているのだ。


「フラウムはおとなしいわね。せっかく、テールの都に住んでいるのだから、この土地を案内できるほど街を知らなくては、あなたも本家の孫になったのだから」

「はい」


 緋色の一族は性をプラネットと名乗っている。

 侯爵家は本家筋になるが、伯爵家から子爵家まである。

 血が薄くなるほど、位が低くなる。

 母の兄が別邸で暮らしていたので、今の屋敷に暮らせるが、叔父さんが同居を決めれば、母は出戻りの小姑と呼ばれる事になる。

 母と一緒にどこかに住まなければならない。

 死んでいた母に仕事は当然無い。

 収入が0のゴロつきになってしまう。

 母に苦労をかけさせないように、フラウムは、これからの生活を考えなければならない。

 いつまで、お祖父様やお祖母様が養ってくれるか分からない。

 勝手に生き返らせた母に迷惑はかけられない。フラウムがしっかりしなければならない。

 馬車は老舗の洋服屋に到着した。


「今日はわざわざ足をお運びありがとうございます」


 普通は洋服屋が来て、注文するが、フラウムに着る服が一着もないから、こうして、足を運んだ。母のお古の服を着ることは嫌では無いが、家柄がそれを許さない。


「今日は娘と孫娘の洋服を探しに来た。孫には数着、既製品を後は、デザイン画から起こして欲しい。娘にはデザイン画から頼む」

「かしこまりました」

「珍しい洋服をお召しですね」


 店員がフラウムの洋服を見て、微笑んだ。


「これは、母の子供の頃の物なのですわ」

「孫は、田舎で家業の修行を3年間していたので、今着る洋服がないのだ」


 祖父が、自慢気にフラウムを褒める。

 物は言い様である。

 フラウムは、あの家から逃げ出したのだから。


「似合う物を頼む」

「かしこまりました」

「では、奥様とお嬢様は採寸致しましょう」

「皆様は、お茶を淹れて参ります。奥の応接間にどうぞ」


 何人もの店員が、それぞれに連れて行く。

 フラウムと母は、広い部屋で体を採寸してもらった。


「洋服は一着もお持ちではないのですか?」

「はい。3年前に修行の旅に出て、帰ってきたばかりです」

「それは、お疲れ様でした」


 フラウムは少しだけ微笑む。

 家出して、お持ち帰りしたのは皇子様で、これからどうなるのだろう。

 不安ばかりだ。


「洋服をお召しください」

「はい」


 母の古いドレスは、明るい場所で見れば、色褪せている。


(わたくしは、間違ったことをしてしまったのだろうか?)


 母も採寸を終えて、ドレスを着て出てきた。

 母のドレスも色褪せて見える。


「お母様、お疲れ様でした」

「フラウムもね」


 母に会いたいために、死人を生き返らせて、これから苦労させるなら、母への裏切りになってしまう。

 母を幸せにしなければ、それは、生き返らせたフラウムの責任だ。

 血の穢れなど、気にしている場合ではないかもしれない。

 フラウムは自分が幸せにならなければ、母を不幸にしてしまうと、自分のこれからを考えなければと、強く思った。

 靴屋やバック屋、化粧品屋を順に回り、外で外食した。

 フラウムの記憶の中で、家族で外食した事はなかった。

 お祖父様とお祖母様がワインを召し上がっている間に、母と下着屋に行き、必要な物を購入してもらった。

 母は、祖父からお金を預かったのか、婦人用の財布の中にお金が入っていた。


「今は父に世話になりましょう」

「お母様、辛いですか?」

「いいえ、これから、生きるために父が揃えてくれているのです。わたくしたちは、これからを生きていくのですわ。フラウムに後悔などさせません。わたくしも幸せになります」

「お母様」

「欲しいものがあれば、買ってしまいなさい」

「着る物を買っていただいただけで、幸せですわ。コートまであるんですもの。外食は初めてでしたね」

「エリックとは外食はしなかったわね。どうして、わたくしは、あんな男を好きになって、駆け落ちなどしてしまったのでしょう。好きなる要素など、一欠片もなかったのに」

「きっと騙されていたのだと思います」

「フラウム、ごめんなさい。あなたのことは愛しているのよ」

「分かっているわ」


 父は母を騙して、駆け落ちさせた。

 母の未来を台無しにした父を許せないけれど、今は母を取り戻せた。

 母を幸せにするために、これから生きようと決意した。


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