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第三章

2   涙

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「フラウム、あなたは大きくなったわね」

「お母様は、少しも変わってないわ」

「あてがったドレスは着てみましたか?」

「いいえ、あの日、直ぐに出発になったので、箱を開けてもいません。火事に巻き込まれた馬車が無事に戻ってくれるといいのだけれど」


 フラウムは、まだベッドで横になっていた。

 プラネット侯爵家の秘伝の薬を飲んで、体を回復させたが、疲労は寝て治すのが一番の良薬だ。

 フラウムとアミは手を繋いでいる。


「フラウムがお茶会に来た事を思い出したの。確か16歳だと言っていたわね。皇太子殿下も一緒に来ていたわね」

「お母様が亡くなって、どうしてもお母様を殺した犯人を捜したかったのですわ。何度も過去に渡って、お母様やその周辺を探って歩いたのです。でも、どうしても、お母様はお茶会で死んでしまうのです。皇子と出会って、父を調べればいいと思いましたの。

わたくしが幼い頃に飛んで、父の周辺を探って、お母様の本心も知って、わたくしは、諜者の父の子だと知り、苦しみました。この穢れた血がなくなればいいとさえ、思っていたのです。けれど、お母様とお父様の結婚をなき物にすると、シュワルツが消えてしまう。わたくしが消えることは怖くなかったけれど、シュワルツが消えることは塞がなくてはならないと思ったのです。

巻き戻しの次期は、やはりお茶会のあの時しかなかったのです。わたくしの血は穢れたままですけれど、お母様は助けられる。何度も過去に飛んでお父様の不貞を調べ尽くしました。お母様は、お父様の不貞をご存じでした。だから、あのような言葉で、説得したのですわ。

シュワルツを愛してしまって、シュワルツもわたくしを愛してしまって、この気持ちを消さないで欲しいと言われていましたの。シュワルツは二人の心が離れてしまうことを恐れて、慧眼を使わないで欲しいと言いました。けれど、わたくしは、どうしても諦めきれなかった。だから、慧眼が苦手なシュワルツを連れて過去に飛んだのです。手順は、もう何度も試したので、足りないところは分かっていました。魔眼で茶器を割って、毒の入った紅茶を零したのです。お母様に魔眼を褒められました。とても嬉しかった。お母様もわたくしの言うことを聞いて、何も召し上がらなかった。そのお陰で、次に繋がったのですわ。ボウガンを撃つことは知っていましたから、お母様をバリアで包んで、跳ね返った毒矢を父の愛人の顔にめがけたのです。そうすれば、父が愛人を殺すことは実証済みでしたから。初めてお母様をお助けできたのです。その瞬間にシュワルツがいてくれて、一緒に実家に戻ることを説得してくださったのです」

「覚えているわ、綺麗な心を持った正義感の強い殿方でしたわね」

「わたくしは、お母様がきちんとお祖父様に保護され、父が愛人を殺すところまで確認してから、シュワルツを体に戻すと、わたくしも自分の体に戻りました。成功したとノートに書き込んだとき、記憶の改ざんが始まったのですわ。お父様と離縁して、お妃教育をお休みする事を皇妃様にお願いして、わたくしは短い時間に3年間をやり直したのですわ。そして、やっと生きたお母様にお目にかかれたのですわ。お母様はこの三年間をどうお過ごしでしたか?」

「そうね、ゆったりと父や母と話をしたわ。エリックに会うまでは、わたくしは皇帝の事が好きでしたのよ。政略結婚でしたけれど、お互いに将来を約束して、幼い頃から一緒に過ごしてきたのよ。それをわたくしが裏切ってしまったの。皇帝は、ただ許してくれたわ。黙って婚約解消をしてくださった。結婚を急かされていた事もあるわね、お妃候補の今の皇妃様と直ぐに結婚をしたわ。皇子がお妃候補に皇太子になるまで会えなくしたのは、皇帝よ。わたくしとの事があったから、規則を変えたのでしょう。

エリックが不貞ばかりしているから、わたくしには子供は預からなかったけれど、皇帝には、子供がたくさん生まれたわね。わたくしの結婚は、最初から間違いだったのよ。それに気づいた時には、もう駆け落ちをした後だったの。皇帝とわたくしの結婚の時に、女の子が生まれたら、皇子の妃にして欲しいと約束をしたの。だから、フラウムは幼い頃から、お妃教育をしていたのよ」

「お母様は、結婚の時まで巻き戻しをして欲しかったですか?」

「いいえ、わたくしにはフラウムが生まれましたわ。可愛らしい令嬢ですわ。わたくしの自慢の娘ですわ」

「お母様」


 フラウムは嬉しくて、涙をこぼす。


「お母様が、結婚の時まで戻りたいとおっしゃったら、わたくしは、その時まで飛びましたわ。わたくしやシュワルツが消えてしまっても構わない」

「フラウム、もう巻き戻しの魔術は使ってはなりません。これは、禁術ですよ」

「それでも、お母様を生き返らせたかったのですわ」

「ありがとう。フラウム」


 お母様がハンカチで涙を拭ってくれる。


「お母様、諜者の娘が皇太子妃になれるのですか?」

「そうね、今までは、犯罪者の子供は、子孫を残さないように修道院に入れられたわね。でも、皇帝も皇妃様もフラウムを望んでくださったわ」

「やはり穢れた血は、残してはいけないのですね」

「フラウム、フラウムは、緋色の魔術師の血が流れています。皇帝を凌ぐ程の力を持った一族ですわ。プラネット侯爵家一族がフラウムを守るわ。万が一、シュワルツ皇太子殿下と結婚できなくても、一族の中で血を残す事はされるでしょう。これは、緋色の魔術師と生まれた宿命ですわ。皇帝が望んでいたから、わたくしが嫁ぐ事になっていたのですわ。皇帝の一族は血が薄くなってきているのよ。だから、瑠璃色の瞳の子が生まれない。魔力も落ちてきているのよ。そこで、一族で結婚を繰り返して、魔力を強くしてきた緋色の魔術師の血が欲しくなったのよ。フラウムは修道院に入れられることはないわ」


 フラウムは母の言葉を聞いて、気分が沈んでいった。

 シュワルツと結婚できなくても、一族同士の結婚をさせられる。

 フラウムが考えていた事が、やはり起きるのだ。


「皇帝の子が生まれた時、お母様は寂しかった?」

「そうね、間違った選択をした己に、怒りを感じたわね」

「わたくしも、シュワルツが他の誰かと結婚したら、怒りや悲しみを感じるのかしら?こんな気持ちになるなら、想い合っている気持ちを消してしまえば、よかったわ」

「フラウム、ごめんなさい。そんなに気落ちしないで。皇太子殿下は誠実な心を持った人でしたわ。フラウム以外を選ぶことはありません」


 母の手が、フラウムの髪を撫でる。

 優しい母の手は温かく、この手をずっと求めていた事を思い出す。

 毒で亡くなった母の体は、もう冷たくなっていたから。

 12歳のフラウムには衝撃的だった。原因を探っているうちに、父は義母を連れてきた。

 屋根裏部屋で一人で13歳の誕生日を迎えて、一人で生きる事を選んだあの時の事を思い出せば、これからの事も乗り越えられるかもしれない。

 シュワルツが他の誰かと結婚することになったら、家を出るか、一族の誰かと結婚する選択をしよう。それまでに、よく考えよう。


「フラウム、少し、眠りなさい。手を繋いでいるわ」

「お母様もお疲れでしょう?」

「フラウムの顔を見ていたいのよ」


 手を握られて、髪を撫でられると、眠くなってくる。

 フラウムは目を閉じた。

 涙が流れるが、止める方法は分からない。

 フラウムは涙を流しながら、眠りに落ちていった。


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