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第三章

1   物申す

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 シュワルツは過労で、一日、休んだ。その日の夕方、やっとシュワルツを迎えに出た側人のエスペル・ノアとケイネス・リザルドルフ、近衛騎士達が怪我人を連れて戻ってきた。

 父である皇帝は、何事かと怒ったが、シュワルツは何が起きたのかを確認した。


「宿場町で奇襲に遭い、街を焼かれて、宿屋から助けを求める民が押し寄せまして、馬車を動かすこともままならなくなり、民を助けるために、我々で雨を降らせ、燃えさかる宿場町を消火させておりました。皇子とフラウム様をお守りできず、申し訳ございません。どんな処罰も受けるつもりで、参りました。首でも腹でも掻き切る覚悟はできております。皇太子殿下のお好きなように命令してください」


 エスペル・ノア率いる従者達は、皆、顔や制服に煤をつけたまま、傷の処置もせぬまま急いで馳せ参じた様子だった。


「首も腹もいらぬ。風呂に入り、傷の処置をして参れ、それを終えたら、ゆっくり休め」

「ご高配を賜りお礼申し上げます。この命尽きる日まで、皇太子殿下にお仕えさせていただけますようにお頼み申し上げます」


 床に額が着くほどに頭を下げた者達に、シュワルツは罰を与えなかった。


「宿場町はどうなった?」

「死人や怪我人も出ましたが、落ち着きを取り戻しつつあります」

「そうか、宿場町の復興に見舞金を出そうぞ。あの宿場町はテールの都の名所でもあるな」

「はい、そうでございます」

「テールの都は、観光業を生業にしている。宰相に伝えておいてくれ」

「かしこまりました」


 エスペル・ノアは、また深く頭を下げた。


「フラウム様の荷物は、無事でございます」
 

 ケイネス・リザルドルフが、フラウムの荷物を取り出した。


「喜ぶであろう」

「はっ」


 フラウムの旅行鞄と洋服を包んだ物、母君からの贈り物を受け取り、従者達を下がらせた。


「シュワルツ、従者の数を増やしなさい。あまりに少なすぎる」

「父君、今回は、従者の裏切りがありましたので、この様な有様です。金という物は、信頼も裏切る物なのですね」

「人は欲深き者だ。だが、皇帝に仕える者が、その様な者では困る。誇りも持てるように育てるがよかろう。今回ばかりは、金ではなく、薬物を使われたようだな。マキシモ・メルス筆頭に近衛騎士、騎士団の者達、皆揃って、記憶喪失になっておる。あの日の記憶から、宮廷に勝手に戻った事も覚えてはおらん様子だ。捕らえて尋問して、初めて何が起きたのか分かった様子であった。操られていたのだろうな?マキシモ・メルスはアネールに呼び出された事は覚えておる。内容までは覚えておらなんだ。昨日捕らえた賊は、牢で死に絶えていたようだ。雷に打たれても、斬られても倒れなかった人間離れした動きは、薬物による物のようだ。今、死に絶えた者の体を調べさせておる。サルサミア王国の秘薬かもしれぬ」

「私が眠っている間に、すみません」


 シュワルツは皇帝に頭を下げる。


「パルマ・クロノスは生きておりますか?」

「胸に一撃受けて、早急に処置されて、今は療養中だ」

「彼は、あの時、物真似の術をしておりました。私と間違われた可能性があります」

「彼には悪いが、腹を撃たれたのが、シュワルツでよかったぞ。偶然、フラウム嬢に出会っていて運がよかった」


 シュワルツは、確かにその通りだと思った。


「アネール兄上はどうですか?」

「あの愚息は自分の方が皇太子に相応しいから、自分を脅かすシュワルツはいらぬと申しておる。近衛騎士のマキシモ・メルスを呼び出した事は認めておるが、薬物については口を閉ざしておる。だが、皇妃の慧眼で、指示を出しておる様子を見られておる。確かに薬物を飲まされ、受け取っておる」

「母君、本当ですか?」

「残念ですが、本当です。我が子の事なので日を改め、何度も調べてみましたが、同じ結果でした」

「アネールは、公開処刑に致すか幽閉に致すつもりだ」

「マキシモ・メルス達もでしょうか?」

「マキシモ・メルスは直接、発砲をしておる。彼だけは処罰を下す。残りの者は、シュワルツが面談をし、信頼できるか確認いたせ」


「はい」

「今回は、操られていた者が多すぎる。アネールが薬を誰から手に入れたのか確認する必要があるが、皇妃は慧眼を使うと、かなり寝込む。フラウム嬢に頼めると助かるのだが」

「父君は、フラウムの言葉を全て信じることができるのですか?」


 シュワルツは、皇帝の顔をじっと見た。

 それは間違いに違いない等とフラウムの言葉を信じられないなら、フラウムをこの件に巻き込みたくはなかった。

 フラウムの心を傷つける可能性のある物から、全て守りたい。


「万が一、フラウムの父親が主犯であるなら、彼女は苦しみます。その瞬間をできれば、見せたくないのです」


 皇帝は大きくため息をついた。

 その可能性は高いのだろう。

 皇子を誑かした犯人がフラウムの父ならば、フラウムは謀反人の娘になる。

 極悪人の子を皇太子妃に迎える事を反対する派閥が出てくる可能性もある。

 フラウムの心を傷つけることを、フラウム自身にさせるわけにはいかない。

 魔力が強くても、謀反人の子であるなら、修道院に入れられる可能性がある。

 フラウムの父親は諜者だと分かっている時点で、犯罪者の子になるが、今の段階なら関係ないと撥ね除けることも可能だろう。

 巻き戻しの術で、フラウムは、3年前に母親の離縁で侯爵家の子として招かれている。

 せっかく、母親を救い出し、両思いになったのに、引き離されるのなら、この気持ちを大切にしてきた想いは、全て絶望へと繋がってしまう。


「皇帝は、フラウムに修道院に入れと言わないと約束できるのですか?約束は私とフラウムにですよ。フラウムが自ら修道院に入ると言い出した時に止めてくださるのですか?私はフラウムを何度も説得して、母親を助けるときに、互いに愛し合う気持ちを消さないようにお願いしてきたのです」


 皇帝と皇妃は、大きなため息を漏らした。


「私からフラウムを奪うなら、私はフラウムと平民として生きていきます。フラウムを修道院には絶対に入れはしない。瑠璃色の瞳の後継者など知りません。平民の暮らしも楽しかった。フラウムは料理が上手く、私によく尽くしてくれた。木こりの仕事も楽しかった。ここ数ヶ月、幸せだった。記憶など戻らなくてもいいと思えるほど」

「分かりました。アネールの取り調べは、皇帝にしてもらいます。いいですか?あなた」

「ああ、シュワルツが皇太子だ。その妻は、フラウム嬢に。それでいいか?」

「私からフラウムを奪わないのなら、皇太子になります。いずれ皇帝になる努力を惜しみません」


 ここだけは譲れずに、シュワルツは両親に自分の気持ちを念押しした。


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