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 小屋の方へ振り返るエラの横顔は、どこかしんみりとした様子だった。あの少年に厳しくしていた意味をここで理解できたボロは、封筒とケースを素直に受け取り小屋の方へ向かおうとする。
 
「あ、待って、あともう一つ」
「うん?」

 ピタリと立ち止まる。

「あの子にもう一つ手紙を書いてもらって。簡単なものでいいよ。おじいさんに成り代わって書いたやつじゃなくて、ちゃんとあの子としての手紙。内容はおばあさんへの謝罪の文章とおじいさんが亡くなる時、おばあさんに何て言っていたのか……そんな感じのもの。分からない言葉とかあればボロが教えてあげて」

 エラは鞄からメモを取り出し、さらに地図を地面に広げた。

「私はここで帰路の再確認をするから、手紙が完成したら私に。この分の業務達成数にはカウントされないけど、今回だけは特別。それをおばあさんに渡すから。あと、枯れたら勿体ないからお花もついでにね」

 ボロは目を点にしたかと思うと、くだけた笑みを見せた。

「……エラはすっごく優しいけど、ホントに素直じゃないよねぇ」
「はいはい、早く行ってきて」

 エラはそんなボロに見向きもせずに作業に取りかかる。

「じゃ、伝えてくるよぉ」

 ボロはのんびりと身を翻して小屋へと向かっていく。扉はまだ半開きになっていた。
 中に入ろうとドアの端を掴もうとすると、奥からすすり泣く声が聞こえてきた。
 ボロは少しだけ間を空け、扉の向こうにいる彼に優しく語りかける。
 
「ねぇ、話があるんだけど、聞いてくれる?」
「……ナニ?」
「うんとね、いろいろ伝えることがあるから……とりあえず中に入ってもいいかな?」
「……分かったヨ。入ってキテ」

 疑っているのか、返事をするのにちょっとだけ間が空いているような気がした。
 ボロは体を上手く使いながら小さな入り口をスルリと抜ける。竜にしてはとても小さいが、人と比べると大柄な男性の体格ほどになるボロにはかなり身が狭かった。すぐ目の前に目元がれているネロが座っている。小さく、まるで目を離したら消えてしまいそうな程に体を縮ませていた。
 ボロは周りのものを壊さないようにゆっくりと腰を屈めてネロと向き合う。

「わざわざ戻ってきて何ノ用……?」

 ネロが警戒しているのが分かる。しかしボロはそんなものはお構い無しに、ずいと顔を近付けた。

「えっとね、さっきも言ったけどさ、色々受け取りたいものがあるんだよね」
「……?」

 ボロは彼に先程説明された通りに伝える。
 大人しく聞いてくれていることに感謝を述べたボロは、手始めに偽の手紙を彼から受け取る。どうやらそれはベッドの横にある机に置いてあったようだ。
 その横に花も一輪置いてあった。ネロの現在の心情を表しているのか、少しだけ萎びているように見えた。

「この手紙は証拠品として貰っておくね。このお花も。どっちもおばあさんに届けるためにね。エラが特別に、だってさ。勿論、切手もお金もいらないよ」

 ボロは器用に爪先で茎の部分をつまみ上げて、エラから受け取ったケースへ入れる。
 ネロの顔の色が少しだけ明るくなった。

「本当に、いいノ?」

 その変化に気づいたボロは嬉しそうに頷いた。

「うん、ちゃんと届けるから。折角んできてくれたんだもんね。それと……もう一つお願いがあるんだ」
「お願イ?」
「そう、大切なお願いだよ。この家にまだ手紙を書けるような紙はある?」

 ボロはキョロキョロと周りを見渡す。

「あるヨ。もう残りすくないけド……」

 ネロは机の引き出しから残り数少ない、ざらりとしている質の低い紙を取り出した。 
 これしかもう残っていないとのことだった。
 だがこれで充分だとボロはそう伝えると、机の前にある椅子に座るように促した。
 まだ意味の分かっていない彼に、エラからの最後の伝言を伝える。

「君の手紙を書いて欲しいんだ。いつもみたいなおじいさんに成り済まして、じゃなくて君自身がおばあさんに送る手紙」

 ネロの顔が次第に強ばるのが分かった。
 
「ボクの……?」
「そう、君の」
「アウ……」

 ネロは一瞬だけ誰かに助けを求めるような様子を見せる。しかしボロは何も答えず、じっと穏やかな顔をしているだけだった。

「…………」

 しばらく沈黙が続く。
 それでもボロは依然として動かない。ただ戸惑う彼を見つめるのみである。
 
「……うン。やるヨ」

 どうやら決心がついたようだ。
 途端にボロは「よし、それなら僕も手伝うよ」と嬉しそうに笑顔を浮かべ、ネロに椅子へ向かうように促す。

「分からない言葉があったら僕が教えるから」
「ありがト。精一杯やってみル」

 こうして彼らは執筆作業しっぴつさぎょうを始めた。
 たどたどしい文章が次々と書きつづられている。時折手を止めつつ、悩み、未だに胸中に残る罪悪感に苦しみながら手紙を文字で埋めていく。ネロの思っていること全てをその手紙に吐き出そうとしていた。
 そしてその手紙は完成した。
 手紙の端から端まで文章で埋められていたが、それでもまだ足りていなさそうだった。ボロは満足そうにその手紙を受け取るも、手紙を書いた張本人は緊張で口をひきつらせていた。無理もない。内容はほとんどいままでの謝罪の言葉で占められている。
 これを受け取ったおばあさんがどう感じるのかは全く分からない。そもそも死を受け入れてくれるのかすら。それでも、伝えなければならないのだ。

「じゃあこの三つをおばあさんに渡すね」
「うン……」

 小屋からそろりと出て、扉を閉めようと振り返る。ボロはまだ不安そうにしている彼を見て小さく穏やかに笑う。

「大丈夫だよ。きっと分かってくれる」

 ネロは目を逸らす。

「なんデそんなこと分かるノ……?」
「何かそんな気がする。よーし、それじゃあ行ってくるよ。早く行かないと日が暮れちゃうからね」
「うン。ありがとネ」
「お礼ならあの子の方に、かな?」

 ボロは岩石の上で暇そうにしているエラに視線を向ける。彼女は彼らの作業が終わったことに気づくと腰を上げてこちらへ近づいてきた。

「遅かったね」

 ネロはエラの発言に対してぴくりと反応し、ボロの大きな背中に身を隠してしまう。

「ご、ごめんなさイ」

 かなり待たせてしまった。だから怒っているのだろうとネロは思った。
 しかしエラはきょとんとした顔になり、首をかしげて不思議そうにしている。

「うん? どうして謝るの?」
「あれ、怒ってないノ……?」
「遅かったのは手紙を書いてくれたからでしょう?」
「あはは、エラは顔が恐いんだよ。大丈夫だよ、これが通常だから」
「む、そんなことない……!」

 エラは軽くボロをにらみ付ける。

「やっぱり怒ってるんダ……!」
「だから違うってば! あーもうっ、早く行くよ?」
「はいはい。エラ、これを受け取って」

 納得がいかないと眉間みけんに力をいれるエラに、ボロは苦笑にがわらいして手紙と花を渡す。

「ありがと。じゃあ行こう。またあの大きな生き物に逢わないように気を付けないとね」
「あんなのはもうコリゴリだよ……」

 エラは配達物を鞄にしまいこみ、手帳を片手に出口に続く亀裂の穴へ歩いていく。
 穴へたどり着くと、まだ背後に彼の存在を感じた。まだ怖がっているのだろう、間にボロを挟む形で顔を覗かせていた。
 
「もう行くから君は家に戻ってて」
「アう……」
「……どうしたの?」

 何か伝えようとしているのだろうか。だがどうやら喉につっかかっているのか言葉が出てこないようだ。
 あまり時間も無い。エラは軽い溜め息を吐き、きびすを返して洞穴へと入ろうとする。

「――ッ! あノ!!」

 大きな声が響き渡った。
 エラは足を止める。
 先程までずっと暗い表情を浮かべていた彼だったが、今は決心が着いたのか意思を固めた目でエラを見つめていた。

「ありがとウ。絶対二届けてほしイ。おじいさんのため二。そして、おじいさんが大切にしていた人のため二」

 エラは目をパチクリとさせる。そしてにこりと笑った。

「うん。任せて。おじいさんの思いと君の思いがこもったこの荷物は絶対に届ける。それが私達の仕事だから。ね、ボロ?」
「そうだよ! ビュンってひとっ飛びさ!」

 ボロはバサバサと翼をはためかせた。

「ボロ。細道を抜けるまでは飛べないよ」
「あ、そうだった」

 忘れていた、とばかりにボロは気恥ずかしそうにポリポリと頭をかく。

「ほら、早く。さっさとここから出ておばあさんの所へ行かなくちゃね」

 エラは鞄から光石筒を取り出す。迷路道を最短で抜けるルートはもう頭に入っていた。
 再び細い洞穴へ足を踏み入れる。ボロがその後に続く。

「よし、行こうか」
「うん!」

 エラとボロは依頼主の元まで急ぐ。
 夜が更けてしまうその前に。
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