28 / 49
第三章 暗雲
28.敵はまずその美貌
しおりを挟む
ヴァラートからの使節団が、ヴィシェフラドの港に着いた。
客船を兼ねた巡洋艦が1隻と護衛用の艦が5隻。使節団としては順当な規模らしいけど、巡洋艦って攻撃もできる艦だったはず。
確か高速でしかも遠くまで移動できるタイプで、戦艦よりは図体が小さい。
ヴァラートの軍事力を見せつけるつもりなんだろう。
もう既に、交渉は始まっているのだ。
「今日の夕刻には、王宮へ着くだろうね」
報告書に目を通したラーシュは、すっきりシャープな顎のラインに指を添えている。
「リーヴに会わせないわけには……」
ぶつぶつと何か言ってるけど、向こうは皇帝の親書を持ってくるんだから、リヴシェが会うのは当然だと思う。
どうもラーシュは過保護に過ぎる。女王になったのだから、他国の使者に会うことだってあるし、社交辞令のひとつやふたつ、口にすることもある。
「ヴァラートの使者は、カビーア皇子だったわね?
人となりはどんな?」
ラチェスの情報網を駆使して、ラーシュが集めた情報はいつも正確だった。
ヴィシェフラドの諜報機関は壊滅状態で、ほぼ機能していない。ラチェスの特務機関がなかったら、今回ヴァラートに丸腰で向かわなければならなかった。
「現皇帝の同母弟。人あたりはあくまでも柔らかで、交渉時にはキツネに化ける。
外柔内剛と言われているそうだ」
手元資料に視線を落として、ラーシュはすらすらと答える。
さらさらの金の髪、同じ色のまつ毛は長く、翳ができるほどに濃い。
すっきり通った鼻筋は、前世の純和風顔だったリヴシェの憧れてやまない美しさ。
そして表の舞台に立てば、ばりばりに仕事もできるのだ。
書類に添えられた長い指、そこに落とす厳しい視線。淡々と事実を伝える唇。
こういう姿を見ていると、ラーシュは確かに知略謀略のラチェスの男なのだとあらためて思う。
「間違いなく曲者だね」
指の先で報告書をひらひらやりながら、ラーシュは薄く微笑んだ。
「付け加えるとね、たいそうな艶聞家だそうだよ。
そこは兄である皇帝と同じみたいだ」
艶聞家、つまりプレイボーイってことじゃない。
あっちこっちに良い顔をするヤツってこと?
「妻や子供はいるのかしら?」
妻子がいてあちこちに手を出しているとしたら、どんなに顔の良い男でもごめんだ。正直なところ、お近づきになりたくない。
「いないみたいだね。
18歳独身、特に親しい女性もいないようだよ」
それなら、まあ良いか。皇帝の弟ともなれば、社交界でのお付き合いもあるだろう。そうそう無愛想にばかりもしていられない。
(遠くからはるばる来たんだし、食事くらいつきあってあげても良いか。ていうか、礼儀上そうすべきだろうな)
「リーヴ、一応伝えておくけどね。
王弟はまたの名を、カビーア・チャドルというそうだ。ヴァラートの言葉で、月の皇子という意味なんだけどね。
月の神チャドルのように美しいそうだよ」
気をつけてねと、ラーシュが嫌そうに眉を顰めている。
何をいまさらとリヴシェはおかしい。
ラーシュは自分の美貌をわかっているのか。それに美しいだけなら、ノルデンフェルトのラスムスだって相当のものだ。なにしろ二人とも「失われた王国」のメインキャラクターなんだから。
そんな二人に幼い日から絡んでもらったおかげで、こと男性の美貌に関してだけは、かなりの免疫がついている。
大丈夫だからと肩をすくめて笑ってみせたけど、それでもラーシュは不安げな表情をしていた。
「偉大なるヴィシェフラドの女王陛下に、拝謁いたします。
わたくしはカビーア・ヴァラートと申します」
(これは確かに月の皇子)
女王としては良くないのだけど、思わず一瞬見惚れてしまった。
立位のままではあったけれど優雅に一礼して見せた青年は、ヴァラートの正装らしいゆったりとした白いローブをまとっている。
彫の深い美貌に褐色の肌、長い髪は輝く真珠色で、その瞳も照りのある真珠の色だった。
穏やかに優しげに微笑む彼は、とても猛々しいと噂されるヴァラート人とは思えない。その典雅な様子は、女性よりも美しいのではと思う。
ラーシュの冷たい刺すような視線を隣に感じて、はっと我に戻る。
見惚れている場合ではない。
「遠路はるばる、よくおいでになりました。
歓迎いたしますよ」
国王らしく威厳をもって話すのは、けっこう気を遣う。なんだかおばあさんのような喋り方になってしまった。前世で観た歴史ものをイメージしたらこうなったんだけど、多分間違ってはいないはず。ラーシュも平然としているし。
口調は尊大でも愛想くらいはしておこうかと、最後に微笑んで見せた。歓迎していると言ったんだから、このくらいは良いだろう。
「噂どおりですね。
女神ヴィシェフラドの美貌と、遠い我が国にも陛下のお美しさは伝わっております。
本当にお美しく、そしておかわいらしい」
ふ……と口元をほころばせて、月の皇子は微笑の色を深くする。
儚げで神秘的そして繊細な感じに、どきんと心臓が跳ねた。
しくじった。
リヴシェは後悔した。
もう少しラーシュに、交渉時のポーカーフェイス訓練をしてもらっておくのだった。このままでは月の皇子のペースに巻き込まれてしまう。あの美貌は、とにかく意識の外に置かなければ、本気でまずい。
「カビーア皇子こそ、噂どおりですね。
小娘を喜ばせるのが、本当にお上手です」
お世辞はけっこう。さっさと本題に入れと、促してみた。
マジで長くは心臓がもたない。ラーシュやラスムスとは違うタイプの新手の破壊力だ。
「おや、心外ですね。心からの賛辞ですのに……。
ですが、さようでございますね。
わたくしが此度こちらへ参りました用件を、お伝えいたしましょう」
春風のように暖かい微笑を崩すことなく、カビーアは切り出した。
「陛下、ヴィシェフラド女王リヴシェ陛下に、ヴァラート帝国皇帝が婚姻を申し込みます」
時間とその場の空気が、一瞬にして凍り付いた。
婚姻。
そうきたか。
こっそり息をついて、気分を落ち着かせる。
交渉シミュレーション、パターンCだ。
月の皇子の美貌に、目くらましをされてはならない。
シミュレーションのあらましを三倍速で再生して、リヴシェは覚悟を決めた。
さあ、始めよう。
客船を兼ねた巡洋艦が1隻と護衛用の艦が5隻。使節団としては順当な規模らしいけど、巡洋艦って攻撃もできる艦だったはず。
確か高速でしかも遠くまで移動できるタイプで、戦艦よりは図体が小さい。
ヴァラートの軍事力を見せつけるつもりなんだろう。
もう既に、交渉は始まっているのだ。
「今日の夕刻には、王宮へ着くだろうね」
報告書に目を通したラーシュは、すっきりシャープな顎のラインに指を添えている。
「リーヴに会わせないわけには……」
ぶつぶつと何か言ってるけど、向こうは皇帝の親書を持ってくるんだから、リヴシェが会うのは当然だと思う。
どうもラーシュは過保護に過ぎる。女王になったのだから、他国の使者に会うことだってあるし、社交辞令のひとつやふたつ、口にすることもある。
「ヴァラートの使者は、カビーア皇子だったわね?
人となりはどんな?」
ラチェスの情報網を駆使して、ラーシュが集めた情報はいつも正確だった。
ヴィシェフラドの諜報機関は壊滅状態で、ほぼ機能していない。ラチェスの特務機関がなかったら、今回ヴァラートに丸腰で向かわなければならなかった。
「現皇帝の同母弟。人あたりはあくまでも柔らかで、交渉時にはキツネに化ける。
外柔内剛と言われているそうだ」
手元資料に視線を落として、ラーシュはすらすらと答える。
さらさらの金の髪、同じ色のまつ毛は長く、翳ができるほどに濃い。
すっきり通った鼻筋は、前世の純和風顔だったリヴシェの憧れてやまない美しさ。
そして表の舞台に立てば、ばりばりに仕事もできるのだ。
書類に添えられた長い指、そこに落とす厳しい視線。淡々と事実を伝える唇。
こういう姿を見ていると、ラーシュは確かに知略謀略のラチェスの男なのだとあらためて思う。
「間違いなく曲者だね」
指の先で報告書をひらひらやりながら、ラーシュは薄く微笑んだ。
「付け加えるとね、たいそうな艶聞家だそうだよ。
そこは兄である皇帝と同じみたいだ」
艶聞家、つまりプレイボーイってことじゃない。
あっちこっちに良い顔をするヤツってこと?
「妻や子供はいるのかしら?」
妻子がいてあちこちに手を出しているとしたら、どんなに顔の良い男でもごめんだ。正直なところ、お近づきになりたくない。
「いないみたいだね。
18歳独身、特に親しい女性もいないようだよ」
それなら、まあ良いか。皇帝の弟ともなれば、社交界でのお付き合いもあるだろう。そうそう無愛想にばかりもしていられない。
(遠くからはるばる来たんだし、食事くらいつきあってあげても良いか。ていうか、礼儀上そうすべきだろうな)
「リーヴ、一応伝えておくけどね。
王弟はまたの名を、カビーア・チャドルというそうだ。ヴァラートの言葉で、月の皇子という意味なんだけどね。
月の神チャドルのように美しいそうだよ」
気をつけてねと、ラーシュが嫌そうに眉を顰めている。
何をいまさらとリヴシェはおかしい。
ラーシュは自分の美貌をわかっているのか。それに美しいだけなら、ノルデンフェルトのラスムスだって相当のものだ。なにしろ二人とも「失われた王国」のメインキャラクターなんだから。
そんな二人に幼い日から絡んでもらったおかげで、こと男性の美貌に関してだけは、かなりの免疫がついている。
大丈夫だからと肩をすくめて笑ってみせたけど、それでもラーシュは不安げな表情をしていた。
「偉大なるヴィシェフラドの女王陛下に、拝謁いたします。
わたくしはカビーア・ヴァラートと申します」
(これは確かに月の皇子)
女王としては良くないのだけど、思わず一瞬見惚れてしまった。
立位のままではあったけれど優雅に一礼して見せた青年は、ヴァラートの正装らしいゆったりとした白いローブをまとっている。
彫の深い美貌に褐色の肌、長い髪は輝く真珠色で、その瞳も照りのある真珠の色だった。
穏やかに優しげに微笑む彼は、とても猛々しいと噂されるヴァラート人とは思えない。その典雅な様子は、女性よりも美しいのではと思う。
ラーシュの冷たい刺すような視線を隣に感じて、はっと我に戻る。
見惚れている場合ではない。
「遠路はるばる、よくおいでになりました。
歓迎いたしますよ」
国王らしく威厳をもって話すのは、けっこう気を遣う。なんだかおばあさんのような喋り方になってしまった。前世で観た歴史ものをイメージしたらこうなったんだけど、多分間違ってはいないはず。ラーシュも平然としているし。
口調は尊大でも愛想くらいはしておこうかと、最後に微笑んで見せた。歓迎していると言ったんだから、このくらいは良いだろう。
「噂どおりですね。
女神ヴィシェフラドの美貌と、遠い我が国にも陛下のお美しさは伝わっております。
本当にお美しく、そしておかわいらしい」
ふ……と口元をほころばせて、月の皇子は微笑の色を深くする。
儚げで神秘的そして繊細な感じに、どきんと心臓が跳ねた。
しくじった。
リヴシェは後悔した。
もう少しラーシュに、交渉時のポーカーフェイス訓練をしてもらっておくのだった。このままでは月の皇子のペースに巻き込まれてしまう。あの美貌は、とにかく意識の外に置かなければ、本気でまずい。
「カビーア皇子こそ、噂どおりですね。
小娘を喜ばせるのが、本当にお上手です」
お世辞はけっこう。さっさと本題に入れと、促してみた。
マジで長くは心臓がもたない。ラーシュやラスムスとは違うタイプの新手の破壊力だ。
「おや、心外ですね。心からの賛辞ですのに……。
ですが、さようでございますね。
わたくしが此度こちらへ参りました用件を、お伝えいたしましょう」
春風のように暖かい微笑を崩すことなく、カビーアは切り出した。
「陛下、ヴィシェフラド女王リヴシェ陛下に、ヴァラート帝国皇帝が婚姻を申し込みます」
時間とその場の空気が、一瞬にして凍り付いた。
婚姻。
そうきたか。
こっそり息をついて、気分を落ち着かせる。
交渉シミュレーション、パターンCだ。
月の皇子の美貌に、目くらましをされてはならない。
シミュレーションのあらましを三倍速で再生して、リヴシェは覚悟を決めた。
さあ、始めよう。
26
あなたにおすすめの小説
『えっ! 私が貴方の番?! そんなの無理ですっ! 私、動物アレルギーなんですっ!』
伊織愁
恋愛
人族であるリジィーは、幼い頃、狼獣人の国であるシェラン国へ両親に連れられて来た。 家が没落したため、リジィーを育てられなくなった両親は、泣いてすがるリジィーを修道院へ預ける事にしたのだ。
実は動物アレルギーのあるリジィ―には、シェラン国で暮らす事が日に日に辛くなって来ていた。 子供だった頃とは違い、成人すれば自由に国を出ていける。 15になり成人を迎える年、リジィーはシェラン国から出ていく事を決心する。 しかし、シェラン国から出ていく矢先に事件に巻き込まれ、シェラン国の近衛騎士に助けられる。
二人が出会った瞬間、頭上から光の粒が降り注ぎ、番の刻印が刻まれた。 狼獣人の近衛騎士に『私の番っ』と熱い眼差しを受け、リジィ―は内心で叫んだ。 『私、動物アレルギーなんですけどっ! そんなのありーっ?!』
【完結】番が見ているのでさようなら
堀 和三盆
恋愛
その視線に気が付いたのはいつ頃のことだっただろう。
焦がれるような。縋るような。睨みつけるような。
どこかから注がれる――番からのその視線。
俺は猫の獣人だ。
そして、その見た目の良さから獣人だけでなく人間からだってしょっちゅう告白をされる。いわゆるモテモテってやつだ。
だから女に困ったことはないし、生涯をたった一人に縛られるなんてバカみてえ。そんな風に思っていた。
なのに。
ある日、彼女の一人とのデート中にどこからかその視線を向けられた。正直、信じられなかった。急に体中が熱くなり、自分が興奮しているのが分かった。
しかし、感じるのは常に視線のみ。
コチラを見るだけで一向に姿を見せない番を無視し、俺は彼女達との逢瀬を楽しんだ――というよりは見せつけた。
……そうすることで番からの視線に変化が起きるから。
番など、御免こうむる
池家乃あひる
ファンタジー
「運命の番」の第一研究者であるセリカは、やんごとなき事情により獣人が暮らすルガリア国に派遣されている。
だが、来日した日から第二王子が助手を「運命の番」だと言い張り、どれだけ否定しようとも聞き入れない有様。
むしろ運命の番を引き裂く大罪人だとセリカを処刑すると言い張る始末。
無事に役目を果たし、帰国しようとするセリカたちだったが、当然のように第二王子が妨害してきて……?
※リハビリがてら、書きたいところだけ書いた話です
※設定はふんわりとしています
※ジャンルが分からなかったため、ひとまずキャラ文芸で設定しております
※小説家になろうにも投稿しております
『完結』番に捧げる愛の詩
灰銀猫
恋愛
番至上主義の獣人ラヴィと、無残に終わった初恋を引きずる人族のルジェク。
ルジェクを番と認識し、日々愛を乞うラヴィに、ルジェクの答えは常に「否」だった。
そんなルジェクはある日、血を吐き倒れてしまう。
番を失えば狂死か衰弱死する運命の獣人の少女と、余命僅かな人族の、短い恋のお話。
以前書いた物で完結済み、3万文字未満の短編です。
ハッピーエンドではありませんので、苦手な方はお控えください。
これまでの作風とは違います。
他サイトでも掲載しています。
あなたの運命になりたかった
夕立悠理
恋愛
──あなたの、『運命』になりたかった。
コーデリアには、竜族の恋人ジャレッドがいる。竜族には、それぞれ、番という存在があり、それは運命で定められた結ばれるべき相手だ。けれど、コーデリアは、ジャレッドの番ではなかった。それでも、二人は愛し合い、ジャレッドは、コーデリアにプロポーズする。幸せの絶頂にいたコーデリア。しかし、その翌日、ジャレッドの番だという女性が現れて──。
※一話あたりの文字数がとても少ないです。
※小説家になろう様にも投稿しています
これが普通なら、獣人と結婚したくないわ~王女様は復讐を始める~
黒鴉そら
ファンタジー
「私には心から愛するテレサがいる。君のような偽りの愛とは違う、魂で繋がった番なのだ。君との婚約は破棄させていただこう!」
自身の成人を祝う誕生パーティーで婚約破棄を申し出た王子と婚約者と番と、それを見ていた第三者である他国の姫のお話。
全然関係ない第三者がおこなっていく復讐?
そこまでざまぁ要素は強くないです。
最後まで書いているので更新をお待ちください。6話で完結の短編です。
番認定された王女は愛さない
青葉めいこ
恋愛
世界最強の帝国の統治者、竜帝は、よりによって爬虫類が生理的に駄目な弱小国の王女リーヴァを番認定し求婚してきた。
人間であるリーヴァには番という概念がなく相愛の婚約者シグルズもいる。何より、本性が爬虫類もどきの竜帝を絶対に愛せない。
けれど、リーヴァの本心を無視して竜帝との結婚を決められてしまう。
竜帝と結婚するくらいなら死を選ぼうとするリーヴァにシグルスはある提案をしてきた。
番を否定する意図はありません。
小説家になろうにも投稿しています。
[完結]間違えた国王〜のお陰で幸せライフ送れます。
キャロル
恋愛
国の駒として隣国の王と婚姻する事にになったマリアンヌ王女、王族に生まれたからにはいつかはこんな日が来ると覚悟はしていたが、その相手は獣人……番至上主義の…あの獣人……待てよ、これは逆にラッキーかもしれない。
離宮でスローライフ送れるのでは?うまく行けば…離縁、
窮屈な身分から解放され自由な生活目指して突き進む、美貌と能力だけチートなトンデモ王女の物語
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる