【完結】最推しは悪役王女ですから、婚約者とのハピエンを希望します。氷の皇帝が番だとか言ってきますが、そんなの知りません。

yukiwa

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第三章 暗雲

28.敵はまずその美貌

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 ヴァラートからの使節団が、ヴィシェフラドの港に着いた。
 客船を兼ねた巡洋艦が1隻と護衛用の艦が5隻。使節団としては順当な規模らしいけど、巡洋艦って攻撃もできる艦だったはず。
 確か高速でしかも遠くまで移動できるタイプで、戦艦よりは図体が小さい。
 ヴァラートの軍事力を見せつけるつもりなんだろう。
 もう既に、交渉は始まっているのだ。

「今日の夕刻には、王宮へ着くだろうね」

 報告書に目を通したラーシュは、すっきりシャープな顎のラインに指を添えている。
 
「リーヴに会わせないわけには……」

 ぶつぶつと何か言ってるけど、向こうは皇帝の親書を持ってくるんだから、リヴシェが会うのは当然だと思う。
 どうもラーシュは過保護に過ぎる。女王になったのだから、他国の使者に会うことだってあるし、社交辞令のひとつやふたつ、口にすることもある。
 
「ヴァラートの使者は、カビーア皇子だったわね?
 人となりはどんな?」

 ラチェスの情報網を駆使して、ラーシュが集めた情報はいつも正確だった。
 ヴィシェフラドの諜報機関は壊滅状態で、ほぼ機能していない。ラチェスの特務機関がなかったら、今回ヴァラートに丸腰で向かわなければならなかった。
 
「現皇帝の同母弟。人あたりはあくまでも柔らかで、交渉時にはキツネに化ける。
 外柔内剛と言われているそうだ」

 手元資料に視線を落として、ラーシュはすらすらと答える。
 さらさらの金の髪、同じ色のまつ毛は長く、翳ができるほどに濃い。
 すっきり通った鼻筋は、前世の純和風顔だったリヴシェの憧れてやまない美しさ。
 そして表の舞台に立てば、ばりばりに仕事もできるのだ。
 書類に添えられた長い指、そこに落とす厳しい視線。淡々と事実を伝える唇。
 こういう姿を見ていると、ラーシュは確かに知略謀略のラチェスの男なのだとあらためて思う。
 
「間違いなく曲者だね」

 指の先で報告書をひらひらやりながら、ラーシュは薄く微笑んだ。
 
「付け加えるとね、たいそうな艶聞家だそうだよ。
 そこは兄である皇帝と同じみたいだ」

 艶聞家、つまりプレイボーイってことじゃない。
 あっちこっちに良い顔をするヤツってこと?
 
「妻や子供はいるのかしら?」

 妻子がいてあちこちに手を出しているとしたら、どんなに顔の良い男でもごめんだ。正直なところ、お近づきになりたくない。

「いないみたいだね。
 18歳独身、特に親しい女性もいないようだよ」

 それなら、まあ良いか。皇帝の弟ともなれば、社交界でのお付き合いもあるだろう。そうそう無愛想にばかりもしていられない。

(遠くからはるばる来たんだし、食事くらいつきあってあげても良いか。ていうか、礼儀上そうすべきだろうな)

「リーヴ、一応伝えておくけどね。
 王弟はまたの名を、カビーア・チャドルというそうだ。ヴァラートの言葉で、月の皇子という意味なんだけどね。
 月の神チャドルのように美しいそうだよ」

 気をつけてねと、ラーシュが嫌そうに眉を顰めている。
 何をいまさらとリヴシェはおかしい。
 ラーシュは自分の美貌をわかっているのか。それに美しいだけなら、ノルデンフェルトのラスムスだって相当のものだ。なにしろ二人とも「失われた王国」のメインキャラクターなんだから。
 そんな二人に幼い日から絡んでもらったおかげで、こと男性の美貌に関してだけは、かなりの免疫がついている。
 大丈夫だからと肩をすくめて笑ってみせたけど、それでもラーシュは不安げな表情かおをしていた。



「偉大なるヴィシェフラドの女王陛下に、拝謁いたします。
 わたくしはカビーア・ヴァラートと申します」

(これは確かに月の皇子)
 
 女王としては良くないのだけど、思わず一瞬見惚れてしまった。
 立位のままではあったけれど優雅に一礼して見せた青年は、ヴァラートの正装らしいゆったりとした白いローブをまとっている。
 彫の深い美貌に褐色の肌、長い髪は輝く真珠色で、その瞳も照りのある真珠の色だった。
 穏やかに優しげに微笑む彼は、とても猛々しいと噂されるヴァラート人とは思えない。その典雅な様子は、女性よりも美しいのではと思う。

 ラーシュの冷たい刺すような視線を隣に感じて、はっと我に戻る。
 見惚れている場合ではない。

「遠路はるばる、よくおいでになりました。
 歓迎いたしますよ」

 国王らしく威厳をもって話すのは、けっこう気を遣う。なんだかおばあさんのような喋り方になってしまった。前世で観た歴史ものをイメージしたらこうなったんだけど、多分間違ってはいないはず。ラーシュも平然としているし。
 口調は尊大でも愛想くらいはしておこうかと、最後に微笑んで見せた。歓迎していると言ったんだから、このくらいは良いだろう。

「噂どおりですね。
 女神ヴィシェフラドの美貌と、遠い我が国にも陛下のお美しさは伝わっております。
 本当にお美しく、そしておかわいらしい」

 ふ……と口元をほころばせて、月の皇子は微笑の色を深くする。
 儚げで神秘的そして繊細な感じに、どきんと心臓が跳ねた。

 しくじった。
 リヴシェは後悔した。
 もう少しラーシュに、交渉時のポーカーフェイス訓練をしてもらっておくのだった。このままでは月の皇子のペースに巻き込まれてしまう。あの美貌は、とにかく意識の外に置かなければ、本気でまずい。

「カビーア皇子こそ、噂どおりですね。
 小娘を喜ばせるのが、本当にお上手です」

 お世辞はけっこう。さっさと本題に入れと、促してみた。
 マジで長くは心臓がもたない。ラーシュやラスムスとは違うタイプの新手の破壊力だ。

「おや、心外ですね。心からの賛辞ですのに……。
 ですが、さようでございますね。
 わたくしが此度こちらへ参りました用件を、お伝えいたしましょう」

 春風のように暖かい微笑を崩すことなく、カビーアは切り出した。

「陛下、ヴィシェフラド女王リヴシェ陛下に、ヴァラート帝国皇帝が婚姻を申し込みます」

 時間とその場の空気が、一瞬にして凍り付いた。
 
 婚姻。
 そうきたか。

 こっそり息をついて、気分を落ち着かせる。
 交渉シミュレーション、パターンCだ。
 月の皇子の美貌に、目くらましをされてはならない。
 シミュレーションのあらましを三倍速で再生して、リヴシェは覚悟を決めた。
 
 さあ、始めよう。
 
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