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★ひとりごと★

私が私であり続けるように、あなたはあなたであり続ける

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私が私であり続けるように

あなたはあなたであり続ける

私の意識が私という存在を表現し続けるように

あなたの意識もあなたという存在を表現し続ける

それがこの世界のすべてであり、他人への干渉や誘導はむしろ邪魔になるしお互いの存在を否定することになる

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スピリチュアルの1つの問題点は、光の道へ進むことが正義であり真理であり、それを求めない人をダメな人と思わせてしまうことにある。そして自分と他人を光の尺度で比較して、あなたはまだまだだ、または私はまだまだだとジャッジしてその世界に閉じ込めてしまうことにある

そこに気づいたとき、、、本当の意味で他人のことが気にならなくなるのだと思う。

他人を光の道に進むように誘導しようとしている間は、まだまだ(潜在的に)自分自身をも誘導しようともがいている段階なのではないかと思った。賛否両論あるかもしれないけど、他人に自分の姿を写して誘導しようとしているだけなのだと気づかされた

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私はいままで、他人のために尽くすことが正義であり心理であると思っていたが、それすら私の中で、私自身を縛り付けている「スピリチュアルの正義」という名の鎖(くさり)なのだとわかった。

その鎖が外れたいま、自分のことも他人のこともまったく気にならない、とても清々しい別世界が広がりはじめた。
その世界にあるものは

ただただ

私が私であり続けるように
あなたはあなたであり続ける

光が光であり続けるように
闇は闇であり続ける

ということだけだ

しかし、いままでとはまったく違った美しい世界が見えている

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その世界では、私という存在を「どう表現するのか」ということではなく、私という存在を表現しようと「する」のか「しない」のかだけが重要なのだと思う

行動の星であるこの地球では、表現方法ではなく、表現するのかしないのかが重要なのだと教えられた。もちろん表現方法には、いい、悪い、はないので、表現しようとするならば「その方法」は問われない。

スピリチュアルの矛盾に閉じ込められている間は、私もこのことになかなか気づけず「表現方法」ばかりを意識して追い求めてしまった

いい、悪い、のスピリチュアルから

低次元と高次元のスピリチュアルから

光と闇のスピリチュアルから

次の段階のスピリチュアルへ、、、いざ、進まん

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