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エピローグ ようこそ、むし屋へ

蜻蛉神社の通行許可証

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 ひゅるりと稲穂を駆け抜ける秋風をまとって、黒縁丸メガネに、夕焼け色のフード付きロングジャケットを着た、柔和イケメンが登場。

「アキアカネさん!」
「ほたるちゃん、働いてるねー。感心感心。これお土産だよ」
 手にした透明なラッピング袋の中には、香ばしい色をした大きな楕円形のお菓子が何枚も入っている。

「わあ、ありがとうございます! クッキーですか?」
 ラッピングに顔を近づけたほたる。
 が、クッキーらしきものの形を見て、嫌な予感がした。

「タガメのラスクさ。タガメ独特の洋ナシのようなフルーティーさを存分に堪能できるように、試作に試作を重ねた自信作だよ」

「わあ……今はお腹が空いていないから、あとでいただきますねー」
 棒読みで言って、年輪テーブルの上に、ささっとラッピング袋を捨てる。

「そうかい? 開店前にみんなで食べようと思って持ってきたんだけど」
 言いながら、さっそくラッピングのリボンを解いて、一枚、否、一匹を、カリっと食べ始めた。

「オレにもくれ」と、向尸井さんも手を伸ばす。
「おっ、粉末にしてクッキーに練り込んだ時よりも、野性味があって、うまいな」
「そうだろう?」

(うわぁ~)
 シュールな会話と光景だ。

「そ、それより、このネックレスが蜻蛉神社への通行許可証って、どういうことですか?」
 ほたるちゃんも一緒に食べよう、とか言われないうちに、ほたるは話題を変える。もし言われても、まだダイエット中ってことにしよう。

「ああ、その話かい? ええと、むし屋に通じる入り口はいくつかあって、その中には、蜻蛉が作った蜻蛉神社や、オオミズアオの神明神社みたいに、特殊な神社と繋がっていることもあるのだけれど」

「こっちは繋げた覚えも、許可した覚えも皆無だがな」
 ぶすりと向尸井さんが口を挟む。

「まあ、そっちの許可云々は置いとくとして、蜻蛉神社や神明神社のような特殊な神社は、ほたるちゃんたちが生活している世界とは、少々異なる座標に位置しているから、普通の人間が足を踏み入れると厄介なことになるんだよ。だから、勝手に境内に迷い込まないように特殊な作法を設けているんだ」

「特殊な作法、ですか」
 そう。とアキアカネさんがタガメラスクを加えながら頷く。

「ほら、通常の神社でも、手水や二礼二拍手一礼など、参拝には作法があるだろう。神社という場所は、神々と繋がる場所だから礼儀作法は欠かせない。そして特殊な神社には、特殊な神様を祀っていて、作法も特殊なのさ。その作法がひとつでも欠ければ、特殊な神社とは繋がれないんだよ」

「そういえば、蜻蛉神社も神明神社も、お社の柱に和歌みたいな、俳句みたいなものが貼ってあって、それを詠むと神社からむし屋に繋がりますよね。あれも特殊な作法のひとつですか?」

「さすが、ほたるちゃんは鋭いね」
「えへへー。それほどでも~」

「なーにが、それほどでもーだ。はしゃいでないで手を動かせ、見習いアルバイト」
(もう~、せっかくいい気分だったのにぃ)

 ぷいっと向尸井さんからそっぽを向いて「アキアカネさん、続きをお願いしまーす」と、ほたるはアキアカネさんに愛想を振りまく。

「……君たちは相変わらず仲良しだね。まあ、続きと言う程の話でもないけれど、昔、蜻蛉が蜻蛉神社を作った時に、向尸井君と揉めたんだよ。危ないだの、無関係な人間が迷い込んだらどうするつもりだのってね。その時に蜻蛉が言っていたんだ。『蜻蛉神社の鳥居は通行許可証がなければ潜れないようにできているから心配ない』ってね。そして、その石のネックレスは、ほたるちゃんが蜻蛉神社の鳥居をくぐる通行許可証になっているのさ。石の中に、ほたるちゃんについている招きむしの卵がひとつ収まっているからね。招きむしは本来、卵をそんな風に産み付けない。おそらくは、生前の蜻蛉がほたるちゃんに何かしたのだろうね」

「ひいじいじが」
「最初にほたるちゃんに会った時、『随分と珍しいむしをお持ちですね』と言っただろう。あれは、そのネックレスの石の中の卵のことだったのさ」

 そういえば、ひいじいじが亡くなる直前、最後のまじないをしてくれた。

 蜻蛉神社に貼られている和歌と同じ歌を詠み、たっぷり時間をかけて、ほたるの額にマークのようなものを描いた時、ひいじいじの指から、温かい糸のようなものがほたるの内側へ流れ込むような、不思議な感覚があった。

(あれが何か関係しているのかも)
 でも、篤から(正確には篤のお母さんからだが)このネックレスを貰ったのはひいじいじが亡くなってしばらく後のことだ。

 むむー、と考えたほたる。
 たぶんこの謎は解けないな、と早々に諦めた。
 いつかわかるかもしれないけれど、それはきっと今じゃない。

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