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第五章 残酷な世界
255 不意打ち
しおりを挟むイクスに帰る準備の為に、ルーカスと執行官を部屋の外に追い出して、後ろを振り向くと有無を言わさずエディに抱き上げられて。
私は寝台に連れて行かれ押し倒された。
「ちょっ……エディ、ダメ! 私イクスに帰る準備しなきゃいけないんだってば!」
「……カレン、可愛い、愛してる」
そんな事を言ってエディは優雅に微笑んで深い口づけを何度も重ねてくるから……抵抗が出来ない。
……その甘い微笑みに私はとても弱い。
それは記憶喪失の後遺症なのか、記憶が戻っても私の知ってるエディとはまるで違う粗野で乱暴な言葉遣いと振る舞いのままだった。
……だけど突然こうやって。
私が好きになったエディに戻り優雅に品よく微笑んで不意打ちしてくるから、とても困るのだ。
覚悟無しにその微笑みは心臓にとても悪いし、貴公子のような立ち居振る舞いに急に変わるから。
今までみたいに上手く躱す事が出来なくて、エディにされるがままになってしまう。
不意打ちの攻撃は絶対に狡いと思うんだ……!
「エディ……準備、出来ない……」
「……どうしてもお前が行かなきゃいけないのか?」
「でも……すぐに戻ってくるよ?」
「前の時もカレンはそんな事を言っといて、俺がイクスに迎えに行くまで全然帰って来なかったと思うんだけど……?」
「え、あはは……そうだったっけ?」
そしてエディは嫌そうな顔で渋々にだけど、イクスに帰る準備を手伝ってくれる。
「……その服さ、足を出さないのは無いの?」
「あるにはあるけど……イクス暑いしダサいから着たくない! 私はコレが気に入っている」
私が久し振りに着た錬金術師の正装がやっぱりエディには気に入らないらしく、文句を言ってくる。
足くらい別に……いいじゃないか?
それに、こちらの貴族令嬢達が着る夜会用のドレスの方が、胸元がガッツリと大胆に開いていて私は恥ずかしいと思うんだけどな?
「イクスに行かせたくない……」
「……大丈夫、私は絶対にエディの元に戻ってくるよ、だからここで待ってて?」
「カレンの大丈夫は全く信用が出来ないんだけど」
……私の事よくわかってるじゃないか?
私だって本当は大丈夫だなんて思ってない。
大丈夫になればいいなと切なる願いを込めて、そう自分に言い聞かせて苦痛に耐えてるだけだし。
最低限の準備が整って、ルーカスがまた勝手に許可なく持ち出した簡易転移装置の起動を開始した。
不機嫌を隠そうともしない執行官に、私を抱きしめて離そうとしないエディをしり目に、転移装置の警報音が鳴り響く。
「エディ、ホムンクルスと最高位の式服ここに置いていくからよろしく!」
「仕事危ないんだろ……連れてけよ?!」
「……だから置いてく! ホムちゃんが怪我するの見たくないし……あと式服失くすとこの私でもすごく怒られるから大事に守ってて? すぐだから! 遅くても一週間以内に帰ってくるから……だから離して?」
がっちりと私の身体を拘束するその逞しい腕をいい加減解いて欲しい、ルーカスと執行官にばっちり見られてて恥ずかしいんだけど?
そして生暖かい目をこちらに向けて、ニヤニヤするのは今すぐ止めろ?!
親や兄妹に、恋人といちゃいちゃしてる所みられるとか、それ羞恥で死ねるから……!
「すぐに帰って来なかったら手と足縛って鎖で繋いで、もうどこにも一生行けないように監禁するからな……?」
「エディの場合それ冗談じゃなく本気でやりそうでなんかすごく……怖いな? あはは……」
「……本気だけど?」
うわ、怖っ……!
私の恋人、目が本気だよ、冗談じゃなかったよ? ……これは早く帰らねば。
「早急に戻らせて頂きます……!」
「……わかれば宜しい」
けたたましい不快で耳障りな警報音が鳴り響く中で、転移の赤い魔方陣が幾重にも出現し重なる。
迫る離別にいっそう強くエディは私を抱きしめて、その腕からゆっくりと解放した。
それが寂しいと感じる私は弱くなったのだろうが、戻れる場所と待っていてくれる愛しい人がいると言うことが嬉しいと感じられるようになった。
一歩下がって私はエディに微笑む。
「行ってきます!」
「……いってらっしゃい、気をつけてな?」
「っうん!」
後ろ髪を引かれるような思いを隠し、転移の魔方陣の上に乗れば。
瞬間。
まばゆい光に包まれて転移独特の浮遊感を全身にかんじて眩しさに目を瞑り、そして刺すような冷気に目を開ければ。
月光が反射した雪明かりの美しい銀世界の中に、アルスとイクスを隔てる純白の国境門が目の前に聳えたっていた。
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