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第五章 残酷な世界
216 嫌い?
しおりを挟む錬金術の研究室としてあてがわれたその部屋は、屋敷の端に位置しているからかとても静かで心を落ち着かせ、嗅ぎ慣れた薬草の爽やかな香りは荒んだ心を癒した。
親達が許可なく勝手に侵入し、それでいて出ていく気配が全くない部屋からカレンはエディを放置してさっさと一人で逃亡し、この研究室に軽やかに逃げ込んだ。
一応、部屋の外で一人で待機していたイーサンも一緒に研究室に連れてきたのでこれで誰にも文句は言われないだろう。
「ふぅ……」
疲れたようにカレンは床にゆっくりと腰を下ろし、そのまま髪や服が汚れる事なんて厭わずに仰向けに寝転がった。
床に寝転がりだしたカレンに一瞬イーサンは目を見張るが、もうその程度の事では何も言わないし大して驚かない。
が、そのまま床に寝転がってると風邪をひきそうだから、せめてなにか床に敷いてから寝転がって欲しいなと思う程度。
そんなイーサンの心配する気持ちをよそに、カレンは床に寝転がったまま、なにか物憂げな表情で錬成陣をじっと眺め、物思いに沈んでゆく。
夕日が差し込む冷えきった室内で、どのくらいそうしていたのか扉を叩く音にゆるゆるとカレンは起き上がる。
そしてイーサンが扉を開けば。
「お仕事中の所、申し訳ございません。お姉様、魔力鑑定の件ですが今晩にでもお受けできるそうです。……いかがなさいますか? 神殿までご足労いただく事になりますが……」
屋敷の端にある研究室に、カレンに頼まれた事を律儀にこなし報告にとやってきた生真面目なクリスティーナがふんわりとお淑やかに微笑んでそう告げた。
「ん、ありがとうクリスティーナ。じゃあ直ぐに用意しようか! ……イーサン外出の準備を」
姉妹のやり取りを、側で聞いていたイーサンは驚いて、目を瞬かせた。
「ええっ、カレン様?! 外出など……!」
「ん、大丈夫、大丈夫! 執行官を私の警護に連れてくから! それに……魔力について色々と知りたい事もあるし? ほら早く準備しないと、また私勝手に一人でお出かけしちゃうぞ?」
「ええ?! あーもう、わかりましたよ!」
とても嫌そうに了承するイーサンだが、最近元気の無かったカレンが明るく話し掛けてくれて内心少し安心している。
そんな二人のやり取りを見やるクリスティーナは淑女らしく美しい笑顔を浮かべているが、その瞳は虚ろだった。
「魔力鑑定ですか……それ、必要あります? 寒いのであまり外には出たくないのですがね? この国寒すぎじゃないですか? それに私も何かと忙しく……」
「いや、どうせ暇してるんでしょ? それにアンゲルスがいたら百人力だし、一人じゃないなら外出してもいいよね?」
「う、まあ、そう、ですねぇ……? 仕方ありません、私も神殿へ同行いたしましょう」
「はい、決まり! アンゲルス、頼りにしてるね!」
にっこりとカレンは執行官に微笑む。
「こんな時だけしかカレン様が名前で呼んでくれないっ! そして笑いかけてくれない! でもっ……すごく嬉しいっ!」
渋々ながら、執行官は魔力鑑定の為の外出を了承し、慌ただしくカレンの外出準備が始まった。
外出準備といってもカレン本人は特にすることはない。
外出用の暖かな服に着替える程度で、のんびりと護衛たちが馬車やらなんやらの準備を整えるのを本でも読んで待つだけである。
そしていち早く準備を整えたエディは、カレンの所にやってきてこれ見よがしに目の前に立ち、何か物言いたげな表情でため息をつく。
「えっ、……なに?」
「よくもあの場に俺を一人で置いていってくれたな?! すっげえ大変だったんだぞ、あの後!」
そんな状況に陥ってしまったのは自らが蒔いた種なのに、カレンに責任転嫁して文句を言ってくるエディは、やはりどこか子どもっぽい。
「……それ、自分のせいじゃん?」
「まあ……そうだけど! お前に慈悲はないのか?」
「自分を襲ったヤツに慈悲はないかな?」
「……記憶のない俺の事は、嫌い……か?」
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