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第五章 残酷な世界
215 不器用な優しさ
しおりを挟むアルス貴族の親ならば婚約者といえど未婚の二人が同衾するなんてとんでもない事……なのだが、カレンの実母であるマリアンヌ公爵夫人は少し変わっていて。
「ふふ、二人とも仲良しさんね!」
マリアンヌ公爵夫人は少し前まで病に臥せり、生死の境をさまよっていたとは思えぬほどに肌艶や顔色が良く、とても元気に寝台の上で親達を嫌そうに見上げる二人に話しかけた。
話しかけられたカレンは嫌そうに舌打ちするし、エディは罰の悪そうな顔をしている。
が、マリアンヌ公爵夫人はそんな二人に照れちゃって可愛いわね! 程度の反応で。
そしてずっとマリアンヌ公爵夫人の隣で頭を抱えていたガルシア公爵は、どうにか気持ちを持ち直して二人に向き直った。
「何度も言いたくはないが……君達はまだ婚姻してないんだ……! 節度を持ちなさい、節度を!」
「あら? 私達だって結婚前から親達の目を盗んで愛しあってたじゃない?! カレンちゃん達だけにそんな事を言っちゃだめよ? 愛し合う二人はね、障害を乗り越えて真の愛を育むの! ふふ、素敵ね!」
ガルシア公爵は妻の悪気の全くない暴露にまた顔色を悪くするが、そんな些末な事をマリアンヌは気にも留めない。
本当にカレンの実母かと疑いたくなるほどに鈍感で純粋、それに天真爛漫な性格で裏表の全くないマリアンヌ公爵夫人は、三十代半ば過ぎだがその美貌は衰える事を知らず。
艶やかな癖のあるハニーブロンドに妖艶なアイスブルーの瞳、胸元は豊かなのに華奢な身体は未だ社交界の注目の的で視線を集め、独身貴族男性達からは未だにパーティーに出ればアプローチされるほど。
なのに、ご機嫌斜めのカレンはいつもの調子を崩さず。
「死に損ないのババァめ、元気になったからって調子にのってんじゃねぇぞ? 大人しく寝てろ!」
マリアンヌ公爵夫人を死の淵から掬い上げたのはカレンご本人なのに、この言いように。
この子は本当に素直じゃないなと周囲は生暖かく見守るから、余計に機嫌が悪くなっていく。
カレンは養父母、実の両親に関係なく大切な人達を自分の側から漏れなく遠ざける。
それは不器用なカレンなりの優しさ。
ではあるが、どうしてそんな事をするのか彼女が秘める真実を知らぬ者達からすれば全く理解など出来ないし、遠ざけられた者達からすればどうしてと困惑するし心配にもなる。
それに一番困惑していたのは養父母であるブラックバーン夫妻で、カレンが錬金術師となり数年は何も問題なく平和に暮らしていた。
なのに、イクス国よりカレンが僅か十歳にして最高位の位を賜った時より全てが急変し、突然親元から離れイクスの首都に単身で移り住み養父母の面会を拒絶し始める。
無理に娘に会おうとしてもイクスは階級制度のある国で、最高位となってしまったカレンの意思にブラックバーン夫妻は逆らえなかった。
だがカレンがアルスに居ればイクスの階級制度など大した効力を持たない、だからブラックバーン夫妻は養女だが可愛い可愛い愛娘であるカレンに適当な理由を付けて嬉々として会いに来ていた。
建前上は仕事の為に来たとそれっぽく威厳を漂わせて神妙な表情でガルシア公爵達に伝えている養父グレイソン。
だが、内心は久しぶりに愛娘に会えてデレデレとしていて大層ご機嫌であり、正直に言ってしまえば外交官としてアルスへ遺憾を伝えに来る仕事は二の次三の次であって、先日仕事で会えなかった娘に会いに来ていただけである。
それにグレイソンは愛娘が襲撃されたと聞いて今抱えている仕事を全て放ったらかしにして来ているためにイクスに戻れば滞った業務が雪崩のように迫ってくるだろう。
だが、カレンの方が大事だと思うほどに子煩悩な父親だった。
親達に溢れんばかりの愛情を注がれて溺愛されている当のご本人は勘がとても良いのでそれを知っていそうだが、素っ気ない態度は決して崩さず本日も通常運転中。
「カレンちゃんは、本当にエディちゃんが好きね! 記憶がなくなったって聞いて心配してたけど、もう閨に連れ込んじゃうなんて……! やるぅ!」
「変な言い方すんな糞ババァ! 寝てただけだって見りゃわかるだろ? ほんと……もう、鬱陶しい……イクス帰れよ……!」
カトリーナが楽しそうにちょっかいをかけて遊ぶから、うんざりしたようにカレンは遠い目をした。
「嫌よ、まだ帰らないわ! せっかくだから実家にも行きたいし、今回はミアちゃんも一緒に連れてきてるからのんびりしていくわ!」
「えっ、お姉ちゃんも来てんの? どこ……」
姉がアルスに来ていると知って、辺りをキョロキョロと見回すがその姿はなく。
「ミアちゃんはルーカスとアルス観光するって転移装置の所で別れたわよ? こんな雪の中で観光に行くなんて若いわね?」
「はあ!? お姉ちゃんだけズルい! 私、観光なんて全然してないのに……ずっと屋敷に軟禁されてるのにー! っかルーカスも何しに来た!? 気軽に海外旅行来てんじゃねぇ! 働け馬鹿ー!」
「あらあら、そんなにミアちゃんに会いたいなんて、カレンちゃんはお姉ちゃんが大好きね!」
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