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第四章 喪失
159 そして
しおりを挟む昨夜は散々な目にあったとカレンはエディを忌々しそうに睨み付けてぷるぷると震える。
「睨むなよ? 悪かったって、つい……さ?」
「なにが……つい? だよ?! エディの馬鹿!」
もう絶対になにがあろうとエディの甘い口車になんかに乗らないとカレンは決意する。
こいつの好きにさせたら冗談抜きに身が持たない。
猫みたいにシャーシャーと威嚇してくるカレンの様子を、エディはクスクスと笑って本当に可愛いなと思って眺める。
欲しがってはいけなかった。
以前ここにカレンと訪れたあの時はまさかこんな関係になるだなんて想像もしていなかった。
癖のあるハニーブロンドをふわふわと揺らす英雄と、薬神と、救国の女神と、世界各国から敬われ、称賛される特別な錬金術師の女の子。
貴賤に関係なく誰とでも平等に垣根なく接するのはカレンの処世術で、いつも笑顔を絶やさないのは本心を隠す為で。
彼女が大事にする錬金術師という仕事は多大な危険を伴い、そして錬金術師であるということはカレンにとって生きる術であり誇り。
知らなかったこと、知ろうとしなかったこと、それを少しずつ知ってそれでもまだ全て知らないけれど、これから何を知ろうとも命に代えても守ると誓う。
……そして王都に転移するために転移装置に行ってみれば、王都側の転移装置が今とても混雑していて、いくら国賓でも夕刻までは転移が行えないと伝えられてどうしてかと職員に尋ねれば。
アルス王都で国際会議が開かれるらしく、各国から要人が次々に王都の転移装置に転移していると聞かされて。
「それうちは招待されてないな? 何の会議だろ?」
「ああ、主に軍事会議するんだろ? 演習するとか言ってたけど、わざわざ冬季にやるなんて、上の連中はいったい何を考えてんだか……」
「……ああ、負け犬の遠吠え同盟か」
「え? なにその嫌な名称、三国同盟だぞ?」
「いや、その三国が同盟したのってさ、イクスにちょっかいかけてボロクソに負けたからで、うちじゃ負け犬の遠吠えって呼んでる! 弱い癖に馬鹿だよね?」
「なんだろう、お前を王都に行かせたらいけない気がしてきたんだが? ちょっとここで遊ぶ?」
「嫌だよ、ここにエディと二人でいたら身体が持たない、私は屋敷に、安全地帯に帰るんだ!」
エディからカレンはそそくさと少し距離をとる。
「あはは、もう、カレンごめんって!」
「エディ? それね、絶対に悪いとおもってる人の態度じゃないからね? 馬鹿! 変態! ハゲ!」
そして二人はつかの間の休日のようにアルスの片田舎の街を、雪が降りつづける中を手を仲良く繋ぎ、まるで普通の恋人同士のように夕刻まで楽しんだ。
……転移装置が静かに起動する。
「あーもー、やっとだよ? どれだけ待たせるんだよ、帰ったら風呂入って温まってさっさと寝たい! この国寒過ぎる! 凍死するわ!」
不平不満を口にしながらカレンは転移装置が動き出すのを大きな欠伸をしながら眠そうに待つ。
「王都側の転移装置にオスカー達が迎えに来てるから、もうちょっとだけだから我慢しとけ?」
「えー、我慢したくないー、そしてなぜ私はまたこんな可愛らしい服を着なければいけないのか、解せぬ」
久しぶりに着る、ドレスの様なワンピース。
その上にはこれまた可愛らしいコートを着て。
ショートブーツもやっぱり可愛らしい刺繍入り。
レースがたっぷりとあしらわれた可愛らしく、とてもカレンの容姿に似合う物なのだが本人はとても嫌そうに舌打ちしてエディに抗議する。
「仕方ない、そういうもんだ諦めろ」
アルスの転移装置はイクスとは違い街中にあって。
アルスでは転移装置はただの長距離の移動手段。
隣同士の元々一つだった国でも考え方がまるで違う、だけど起動する転移装置は術式は同じ。
転移装置はイクスの錬金術師が作ったから。
赤い魔方陣が幾重にも浮かび上がり停止する。
私達が魔方陣のその中央に移動すると。
魔方陣がまた折り重なり、目も開けていられない程の光に包まれて、転移装置独特の浮遊感。
浮遊感が消えて目を開けばそこは。
アルス国の、中心地で首都である王都。
王都側の転移装置が設置されているのは何の変哲もないだだっ広い真っ白な石畳の屋外のはずだった。
だけどそこに広がる光景は、壮観。
様々な国の使節団が騎士達が転移しているのか集まっていて、色々な人種や種族が入り乱れる。
そこには、使節団を迎える為なのか国王陛下と婚約者のクリスティーナが二人並んで微笑んでいた。
雪が舞う、深々と音もなく降り積もり白の世界。
辺りを見渡せば、迎えにやってきた護衛達の姿。
「あ、エルザ! こっちこっち!」
カレンの声に迎えに来たエルザとイーサンとオスカーが気付いて手を振り、カレンの名を呼ぶ。
……それは悲劇の始まり。
「カレン様ー! おかえりなさいませ!」
大きな声でカレンの名を呼べば周囲の者達が何の気なしににカレンやエルザの方を向く。
その忌々しい名に反応して、一人のドレス姿の女性がカレンの方を向いて見てしまう。
愛しい人が忌々しい女の側に立ち優しい笑顔を向けているのを、そこは私の場所だったのに。
あの罪人のせいで、自分は好きでもない男と結婚させられて他国に輿入れさせられた。
私は何も悪くなかったのにと元皇女は睨む。
毒を作った癖に、沢山の罪もない人間を惨たらしく殺した癖にと、あたかもその特効薬を開発したように見せかけて英雄となったカレン・ブラックバーンを睨みつけ。
そして。
「何が英雄だ! カレン・ブラックバーン! この罪人め! お前のせいで沢山の人々が惨たらしく死んだことを、夫から私は聞いたぞ?! よくもぬけぬけとそこに立っていられるな! 殺人鬼め!」
その声に、辺り一帯は何事かと静まりかえる。
そう高らかに叫ぶ元皇女を何事かと振り向いて。
「やめなさい! 虚言を吐いて英雄を愚弄するなど許されない、なぜお前が使節団に居るんだ」
アルス国、国王陛下で元皇女の実の兄であるアルフレッドは、他国に輿入れさせた妹が叫んだ言葉が、それが真実だったとしても決して認める事は出来ない。
それはカレンを護るため、世界を滅ぼさない為に。
だが元皇女はそんな事など、どうでもいいと言葉を紡ぎ続けた、それが自身の破滅の道だと知らずに。
「お兄様? 私は真実を言っただけですわ? だってそうでしょう、その女が毒など作るから、暴走したのです、そしてカト……」
雪が静かに音もなく風に吹かれ舞い踊る。
深々と降り積もる雪が、赤く赤く染まる。
それは、ごとりと落ちて。
頭部と、身体は離れ離れ、それは永遠の別れ。
そこにひとり佇むのは血濡れの剣を携えた、癖のあるハニーブロンドを風にふわふわと揺らす、サファイアの瞳の美しい少女。
何が起こったのか一瞬の事で誰もわからない。
ただ、わかるのはソコにある現実だけ。
元皇女だった女性の無惨な遺体。
いま先ほどまで、生きていたはずの。
そして転移装置の警報音が、鳴り響き始めた。
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