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第ニ章 英雄の少女

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 会いに行っていけないとわかっているのに。

 どうしてももう一度カレンと会って二人で話がしたい、嫌われていることはわかっている。

 どうしてあの時、あんな風に傷つけたのか。
 カレンは何も悪くなどないし、関係ない人間を救おうとしての行動だったのに。

 それに気づかずに彼女に嫌悪感を向けた。
 忌避感を抱いた事を気づかせてしまった。

 なのにそれを許して俺を解放した。
 そんなカレンに執着してる。


 雨のなか。

 カレンの天幕の場所を調べ夜の闇に紛れながらやってきてしまう。

 中に護衛が居たらまずい。

 絶対にオスカーに、邪魔される。

 どうするかな? 

 様子を伺えば、リゼッタがカレンにお休みの挨拶をし天幕から出てきた。

 女性がいないのに、カレンのいる天幕内に男の護衛だけを残して出てくるとはリゼッタの性格からして考えづらく。

 エルザはさっき大会本部にいたから、カレンは今一人だとエディは予想する。

 護衛対象を鍵も掛からぬ天幕で一人にするなんて、襲ってくれと言うようなもの。

「あとで話し合いが、必要だな」

 エディは今から自分のしようとしている事を、棚にあげた。

 中にいるカレンに声をかけて入室の許可をとってから入らなければいけないと、わかってはいるが。

 その声をオスカー達に聞かれたら邪魔されるし、カレンの私室に入室の許可など殆どとらず入っていたエディは黙って静かに天幕に侵入した。

 これが悪かった……本当に。

 真っ暗な天幕内部。
 もうカレンは眠ってしまったのか、中は雨の音だけが響き渡っていた。

 灯りが消えた天幕内はカレンの甘い匂いがして、エディは胸が高鳴った。

 せめて寝ている顔だけでも見たい。

 寝台になるべく静かに、音をたてぬようにゆっくりと近づくと。

 カレンが急に起き上がり、叫びその場から逃げ出そうとするから。

 つい咄嗟にカレンの腕を押さえつけて、口を塞ぎ寝台に押し倒してしまった。

 押さえつけられたことが、嫌なのかバタバタ暴れるカレンの上にエディはのし掛かる。

 これでもう暴れられない。

 叫ばれない、とホッとしていたら……。

 夜間訓練によって夜目のきくエディはカレンの瞳から涙が溢れて、身体がガタガタと震え怯える様子に気付いた。

「あ……」

「んん……!」

 カレンからしてみたら天幕に勝手に侵入した侵入者に無理矢理に寝台に押さえつけられ、口を塞がれ抵抗しても力で勝てない。
  
 防御手段の魔法もカレンはまだ無詠唱が出来ないから、発動できない。

 暗闇で視界を確保する術も普通の少女にはない。

 だからエディがまずいなと思った時にはもう遅かった。

 何度も謝罪して宥めるが。

 その涙は止まらずに、震え続けるカレン。

 文句はやたら言うがカレンは絶対に弱音は吐かない、だから泣いてる所をエディは初めて見た。

 そして余程怖かったのかと、罪悪感が沸きあがる。

 そりゃ怖かっただろう先程のあの状況ならば。

 ……男に乱暴されると思っただろうし。

 側でカレンの背中をさすってやれば、石鹸の香りとほのかに香油が香る。

 先程まで皇女の相手をさせられて、キツイ香水の臭いで吐き気をもよおし、湯浴みをしたのになかなか取れず鼻について不快だったのに。

 カレンの香りは堪らなく何かを掻き立てた。

 天幕内を明るくする。
 それでカレンが多少安心するかと思った。

 だが、カレンは薄い夜着にガウン姿で。

 夜着は胸元が広く開いていて。
 豊かな白い胸がふるりと揺れる。
 その姿はあまりにも艶かしく、エディの庇護欲や劣情を誘う。

 そして泣き怯えるその姿に欲がわく。

 ……そんな劣情を震えるカレンに抱いた自分に、エディは嫌気がさした。

「っ……とりあえず、泣き止めそうか?」
 
 カレンの涙を何度も指で拭うが涙も震えも全然止まらない。

 話を聞けばガルシア公爵夫妻が天幕に押し掛けてきたと。

 なぜ? 
 ガルシア家には前にカレンに近づくなと、警告していたはずなのに。

 護衛達はオスカーは何をしてたんだと聞けば、オスカーじゃ男爵じゃ、公爵に逆らえなかったと、だからカレンが前に出ざるを得なくなったと。

 俺が護衛から離れずにずっと側にいれば。

「あは、は。なんで…エディが謝るの? もう、エディは、私のお世話…係じゃないのに。変なの、だからね、ごめん、私ちょっと今ね、余裕なくて……こんな姿……見られたくないの……明日には大丈夫になるから、明日ね?」

「……何が、大丈夫だよ」

 寝台の上でカレンを引き寄せて抱きしめる。

 腕の中の彼女は小さくて。
 以前より少し痩せてしまったみたいで痛々しく、そういえばこの子はまだ成人前の十七歳の子どもだった。

「震えと、涙が止まるまでこうしててやるから、これ、俺の責任だから、遠慮せず抱きしめられとけ」

 なのに、そんな子どもに負担を強いて救われていたなんて。

「……なんで? 私の事嫌いな癖に優しくするの?」

 嫌いになれるわけなどなかった。

「嫌いなんかじゃない! 俺はお前のことが!」

 
「カレンお嬢様?! 誰か天幕に来ていらっしゃるのですか? 大丈夫でしょうか? 天幕内に入らせて頂いても宜しいでしょうか?」

 天幕の外からオスカーが矢継ぎ早にこちらに声を掛けてくる。流石に声に気づかれたか…。

「オスカー、その必要はありません、自分の天幕に戻って下さい」

 カレンが急にまるで別人のように冷たい声で貴族女性になったようにオスカーに対応する。

「っですが! 男性の声が聞こえます、入室許可を。……カレンお嬢様!」

「許可出来ません、命令ですお戻りなさいな」

 その姿に驚きを隠せない。

「……オースティン後で話がある」

 カレンが状況を察してオスカーを入室させないように命令してくれたが。

 そりゃ声でバレてるわな。

 ……ほんとめんどくさい奴。もう少し側にいて、やりたいのに。

「カレン、ありがとな。お前ちゃんと、護衛に命令できるように、なったんだな。えらいえらい」

「いつまでも、子ども扱い……すんな。私は立派な大人の女である」

 ……子ども扱いなんてしてやれてないのに。

 それにカレンはガキじゃない。
  
「っはは。知ってるよ? いい女になった」

「え?! どうしたの? 頭大丈夫? ポーションいる? エリクサーもどきなら、ボケも治るかな?」

「お前ほんと変わらないな? ……怖いおっさんが呼んでるから行くわ」

「ふふ、オスカーさんに、私がエディ呼んだって、言えばいいよ。また……ね?」
 
「それで納得しないだろうけどな。ああ明日な」
 
「うん! 明日……ね! おやすみなさいエディ?」

「明日な。…おやすみカレン」

 柔らかくそう俺に微笑むカレンをこのまま連れ去りたくなった。

 が、そんな訳にもいかないし、話をつけるかと天幕を出れば。

「カレン様に近づくなと、言ったはずだが?」

「……天幕の前で待ち構えるなんて忠犬だな? ガルシア家からも守ってやらず、鍵もない天幕に一人きりにしてほったらかしておいて?」

「っそれは!」
 
「お前達にカレンは任せて置けない、なんとしてでも……カレンの護衛に俺は戻る、それまでくらいカレンをしっかり護衛しとけよ……?」

「……オースティン。お前カレンお嬢様に辞めさせられた癖に戻れると思っているのか?」

「さて……どうかな?」
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