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第三章

黄帝城にて 2

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 謁見の間には、すでに帝国軍総司令部長官である兄のグラントリーはじめ、軍の名だたる部隊長が揃っていた。

 三番目の兄である文官のブライアンの姿もある。

 謁見の間には急ぎ会合用の長いテーブルと椅子が用意されており、アランはブライアンの隣りに腰を落ち着けた。

「何があったのですか?」

 久方ぶりに見る兄のブライアンは「いや、私もまだ知らんのだ」と腕を組む。

 それきり黙りこむ。ブライアンは長兄のエグバルト皇帝、次兄のグラントリーとは違い寡黙な男だ。あまり軽口をたたいたりしない。

 それでも久しぶりに会う末の弟の近況を、つぶさに聞いてくる。それに答えを返しながら待つこと数分。

 エグバルト皇帝が入室し、グラントリーが前置きをすっ飛ばして急報の内容を告げる。

「テンドウの里が奪われた。私の直属の部下であるフェリクスからさきほど報せが来た」

 グラントリーの言葉に、座が一斉にざわめく。フェリクスがテンドウの里の入り口を固めていたことは誰もが知っている。

「テンドウの里ですと?」
「まさか。フェリクスの部隊がやられたということか?」
「どこの国のものです!」
「詳しいご説明を!」
 
 居並ぶ者達から口々に質問が飛ぶ。

 それらを抑え、グラントリーの部下が引継ぎ、概要を説明した。

 フェリクスの部隊が襲われたのは昨夜未明。
 里へと通じる一つしかない出入口を守っていた部隊に、いきなり大砲が打ち込まれた。

 それも数発同時に四方八方から。

 里へと通じる砂浜のすぐ側は、藪の生い茂る見通しの悪い立地となっている。そこももちろんフェリクスの部隊は巡回していたが、巡回の合間を縫い、近距離まで接近されていた。

 藪の中から、相手の姿も見えないままにいきなり次々と撃ち込まれた砲弾。フェリクスの部隊は総崩れとなった。

 それでもなんとかフェリクスを中心に部隊を立て直そうとしたが、それより先に敵が一斉になだれ込んできた。

 けれど敵はフェリクスの部隊には目もくれず、里へと通じる一本の砂州をがむしゃらに駆けていく。

 正確な数はわからないが、百人ほどだったとフェリクスの報告にはある。

 暗闇だったが、みな一様にエメラルドの色を持つ者達だった――。

「テンドウ族か……」

 しんとした場内で一人がぽつりと呟いた。

 その呟きは波紋のように居並ぶ者達へと浸透し、座の上席にいたグロリアーナ嬢の父、セービン伯爵が沈黙を破るように口を開いた。

「してその者達が里へ入り、その後はいかがなりました。道のできるちょうど干潮の時刻を狙っての攻撃だったのでしょう。とはいえ、潮はすぐに満ちるものでもありますまい。後を追わなかったのですか」

 神の里の半島と、メータ大陸とを結ぶ唯一の道は、満潮で沈み、干潮でその姿を現す。

 百人ほどのテンドウ族相手なら、奇襲で戦力を多少失ったとはいえ、戦いに特化したフェリクスの部隊が引けをとるとは思えない。

「それが……」

 報告書を読み上げていたグラントリーの部下が、ちらりと上司へと視線を投げる。
 それを受け、グラントリーが立ち上がった。

「まことに信じがたいことだが……」

 グラントリーはそう前置きし、その後に起こった現象を語った。

 フェリクスからの報告によると、テンドウ族による里の奪還だとすぐに察した部隊が、駆け込んだ者達の後を追おうとしたところ、潮が満ちるにはまだ時間があったはずなのに、見る間に里へと通じる道が海に沈んだのだという。

「そんな馬鹿なことがあるものか……」

 セービン伯爵が唸る。グラントリーはそれへ、「馬鹿でもなんでも事実なのだから致しかたありますまい」と続け、

「皆も知っているように、テンドウの里は自然の要塞。近海は潮の流れも速く波も荒い。加えて断崖絶壁の半島だ。船では近づけん。唯一の道が開かぬ限り手も足も出せん。フェリクスの部隊は引き続きテンドウの里の入口を見張っているが、今のところ向こうには何の動きもないようだ」

 その後は場内騒然となり、皆口々に発言し、これからの対処についての議論となった。

 クシラ帝国の軍隊が、たかだが百人程度のテンドウ族に出し抜かれたとあっては、面目丸つぶれだ。

 今まで従えてきた列強各国が、今回の対処次第でクシラ帝国恐れるに足りずと見なせば、また反旗を翻さないとも限らない。

「あの……」

 末席に程近い場所にいた年若い青年が、場内のざわめきを割っておずおずと手を上げた。

 マシュー・オルブライト。

 侯爵家の長男で、まだ十九歳だが、一部隊を率いる部隊長だ。
 居並ぶ猛者たちの視線が一斉に自分へ向くのに顔を強張らせたものの、発言を許され、堂々と立ち上がった。

「テンドウの里は無理に取り返さずとも、テンドウ族に返せばよいのではないでしょうか」

「何を申す!」

 セービン伯爵はじめ、どちらかと言うと年配の貴族達から異論の声が上がる。

 十八年前、直接テンドウの里急襲の作戦に加わり、のちの統治一族の尋問に立ち会ってきた者達だ。

 当時の事情をよく知る者達は、マシューの発言に一斉にざわめいた。

「マシュー殿は年若いゆえ、テンドウの非道を知らんからそんなことを言うのだ。クシラ帝国として、あのような非道、見てみぬふりをしていては、やがては帝国内にまでよからぬ影響を及ぼしかねん」

 セービン伯爵の言葉に、一同からそうだそうだと声が上がる。
 それへ、マシューは怯むことなく意見を述べる。

「テンドウ族の統治一族が、神子の人権をないがしろにし、あまつさえ、我が帝国内の人間も、その恩恵を享受しようと神子達へ非道な振る舞いをしてきたことは存じ上げております。しかし、その統治一族は先の戦いにてみな幽閉の身となりました。統治一族ではないテンドウ族は、それはみな穏やかで、神の里に住まうに相応しい一族だと聞き及びます。それに近年、このメータ大陸では、原因不明の荒地が広がりつつあります。黄龍がいまだ目覚めない今、緑龍を擁するというテンドウ族に里を返し、黄龍の眠りを起こすよう、テンドウ族にお願いしてはいかがでしょうか」

 里を奪い返されたうえ、テンドウ族に更なる弱みを見せよというのか。

 セービン伯爵はじめ、年配の者から怒号が飛ぶ。
 しかし、マシューを取り囲む若い貴族達は沈黙を守り、伺うように玉座に座るエグバルトへと視線を向けた。





 皇帝エグバルトは、これまでの成り行きを静観していた。年若いマシューに、挑むように真っ直ぐ視線を向けられ、エグバルトは目を眇めた。

 マシューの言うことにも一理ある。
 エグバルトはその目を見返しながら思案する。

 ここ数年で、不毛の地が広がっていることは事実だ。
 対策を講じているものの、いまだ目立った成果はあがっていない。

 それにそもそも十八年前のテンドウ族神子の解放には、緑龍の力をもって黄龍の眠りを起こしてもらおうという目論みも含んでいたのは確かだ。

 アランの話から、今またテンドウ族が神子を集めていたこともわかっている。

 十ハ年前は緑龍と言葉を交わせる神子はいなかったが、今回は違うかもしれない。

 わずか百人程度の素人集団が、精鋭のフェリクスの部隊を突破し、その後すぐに潮が満ちたという話は、いかにも緑龍の関与を感じる出来事だ。

 今回集められた神子の中には、緑龍と通じることのできる神子が混じっていて、緑龍に道を塞がせたとも考えられる。

 しかしなとエグバルトは目を閉じた。

 アランの報告によると、神子として集められたと思われるヨハンナという少女。

 内陸部の屋敷に監禁され、逃げ出そうとしたところ両足を撃たれたという。

 それに商人ザカリーが足繁く通い、神子として集められた者の体を貪っていた様子もある。再び十ハ年前の出来事が蘇るような話だ。

 ヨハンナのことは軍預かりとして、未だ詳しい経緯を他の者に漏らしていない。神子としてのヨハンナの身の安全のためであり、傷の癒えない少女を、協議の場に引き出すことを躊躇ったためだ。

 アランによると、今回の首謀者と目されるセヴェリの事に関しては口をつぐんでいるというが――。

 セヴェリ・サラマ。
 その男のことを、エグバルトは覚えていた。

 暗い目をした男で、協議の場に引き出され、居並ぶクシラ帝国の重鎮に、というよりその人の多さに目を見張っていた。

 おそらく今までほとんど人と接してこなかったのだろう。話す言葉もゆったりとして、どこか浮世離れした男だった――。

 さて、どうするかな。

 エグバルトは目を開き、いまだこちらを見ているマシューと目を合わせた。

 まだまだ若造と思っていたが、いつの間にか世代交代した侯爵家を中心に、己の陣営に取り込んでいたらしい。

 再び十ハ年前のことが繰り返されているとすると、エグバルトとしてはテンドウの里を奪還することは責務であると思っている。

 がしかし、マシューの主張を切り捨てるにはまだ確たる証拠が足りない……。

 いずれにせよ、テンドウの里への入口が塞がれている今、我々にできることは限られている。

 エグバルトはセービン伯爵、マシュー双方の主張を認めつつ、引き続き里の出入り口を見張らせ、内偵を進めるよう皆へと告げた。
 
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