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第三章

黄帝城にて 1

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 午前の軍の公務を済ませるため、アランが黄帝城へと参内すると、回廊で友のランドルフと行き会った。

 今日のランドルフはいつもの気軽な軽装ではなく、リース公爵家の四男らしく、アスコットタイに礼装をまとい、足元は黒のブーツでまとめている。

 服装は黄帝城に参内するべく正式な装いだが、友のアラン相手となると、話し方はいつもの気さくなランドルフだ。

 軍の公務までまだ少し時間がある。

 ランドルフの予定は終わったというので、侍従に小部屋を用意してもらい、ランドルフとアランは腰を落ち着けた。

「今日は軍の公務か? 末の皇弟殿下は近頃じゃあちっとも黄帝城に寄り付かないともっぱらのうわさだぞ。今では軍預かりだったはずのヨハンナちゃんの存在が、おまえの愛人に昇格してるぞ」

「なんだそれ。冗談はよせ」

 アランは用意されたお茶を飲もうとしていた手をとめ、ランドルフの言葉に眉をしかめた。

「冗談なものか。こういう話は、人の口を渡れば渡るほど、変質し、尾ひれがついていくもんだろ。こないだ城勤めの子に聞いたら、軍の取締りで入った娼館で、おまえが娼婦だったヨハンナちゃんを気に入って、屋敷に連れ帰ったってことになってたぞ」

「……笑えん冗談だな…」

「まぁこういう女がらみの噂話は、みんな大好きだからな。せっかくおまえんとこのテッドが体裁を整えてくれたってのにこのざまだ。で? ヨハンナちゃんの怪我の具合はどうなんだ?」

 内陸部の屋敷から抜け出し、首都まで共に馬を走らせたランドルフだ。途中、ヨハンナが意識を失ったことも知っている。

 近頃はだいぶよくなっているとヨハンナの状態を伝えると、ランドルフはほっとしたように息をついた。

「そりゃよかった。両足を撃たれたときはどうなることかと思ったがな」

「あの時はほんとに助かったよ。おまえがいなかったら、たぶんヨハンナは助けられなかった……」

 ランドルフが肩を撃たれたアランを引きとめ、一旦逃げることを提案しなければ、あの場でアランは殺されていたかもしれない。

 冷静な友の判断のおかげで、再度屋敷への侵入を果たし、無事にヨハンナを救出できた。

 そう礼を言うと、ランドルフは「よせよ」と照れたようにそっぽを向き、

「俺のおかげというより、あの二体の子龍のおかげだろ?」

 セキとコクの姿は、ランドルフも目にしている。

 最近ではすっかり我が家に定住している赤龍と黒龍だ。
 
 ヨハンナの首に嵌っていた金の枷も、あの子龍たちが外したとヨハンナは言っていた。

「で? セヴェリという奴のことは何かわかったのか?」

 ランドルフの問いに、「ああ」とアランは頷く。

「十八年前のテンドウの里急襲の際、捕らえた者の中に同じ名前の奴がいたんだ――」

――セヴェリ・サラマ

 十八年前二十ニ歳との記載があったので、今は四十歳。

 クシラ軍は里に攻め入った際、神殿に住まう統治一族を余さず捕らえ、同時に神子達を保護した。

「ならセヴェリは統治一族の者ってことか?」
「いや、それがどうも違うようなんだ」

 当時のことをよく覚えていた次兄のグラントリーに聞くと、セヴェリは統治一族とは違う姓を名乗っており、実際、統治一族の者に確かめても、あの者は統治一族の者ではないとの一点張りだったらしい。
 
 統治一族に連なる者はみな、不思議な光彩を放つ緑のガラスを組紐で編みこんだ根付をつけていた。
 
 その緑のガラスは、緑龍のうろこであり、それを身につけていることは、統治一族であることの証でもあった。

 だがセヴェリはその根付をつけておらず、しかもセヴェリが捕らえられた場所は、神殿でも最奥となる、カルデラ湖に面した閉鎖された空間だったのだという。

 このことから、統治一族とは無関係と見なされたセヴェリは放免された。

「ヨハンナちゃんからは何か聞いてないのか?」
「ああ、セヴェリのことは何も」

 アランは首を振った。

 ヨハンナは森に囲まれた屋敷にいた者たちのことを、詳細に語ってくれた。

 神子として集められた者達が、それぞれどのような人物であるのか。使用人はどのくらいいたのか。それによっておおよその屋敷の全貌が明らかになった。

 商人ザカリーも頻繁に出入りしていたようだ。

 そのことを話す時のヨハンナの様子がおかしかったことをアランは見逃さなかった。

 ヨハンナは何も言わなかったが、肺病を患っているというザカリーの目的が、屋敷に住まう神子にあったことは想像に難くない。

 そして話がセヴェリに及ぶと――。

 ヨハンナは怖がってセヴェリのことを話そうとしない。 
 話そうとすると、何かを思い出すようで、話したいけれど話せないといった状況に陥る――。

「まぁやむを得んってとこだよな」

 その話にランドルフはヨハンナへの同情を寄せる。

「両足を銃で撃たれたんだ。セヴェリのことは思い出すのも怖いだろうさ」

 アランはそれだけではない何かを感じていたが、それには言及せず話題を変えた。

「ところで今日はおまえはどうして黄帝城へ?」

 リース公爵家の四男でありながら、これといった要職につかず、ぶらぶらしているランドルフだ。黄帝城へ参内する機会も少ない。

「今日は母上の付き添いだ」

 やれやれとランドルフがもろ手を上げる。

 アランの友ランドルフの母は、エグバルト皇帝やアランたちの父、つまり早世した前皇帝であるファーディナンドの妹だ。

 降嫁したとはいえ、元皇族。黄帝城への出入りも激しい。お供にはぶらついている息子をこき使っている。

「おまえも大変だな」

 ランドルフの母上の、周りに否と言わせぬ厳格な顔を思い出し、アランは苦笑する。老境の域に差し掛かった母上だが、まだまだ現役。ランドルフも例に漏れず、母上には頭が上がらない。
 
 そろそろ公務の時間が近づいてきた。

 アランとランドルフが回廊へと出ると、何やら黄帝城中が慌しい。何事かと走っていた侍従を捕まえ聞き出すと、急を報せる使者が到着し、謁見の間へ軍関係者が集められているところだという。

「アラン殿下もお早く」と急かされ、アランはランドルフと別れると、黄龍が天井から睨みつける謁見の間へと急いだ。
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