偏執の枷〜わたしの幸せはわたしが決める〜

咲木乃律

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第三章

セービン伯爵の思惑 1

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 これは午後から呑気にお茶会に参加している場合ではない。

 皇帝エグバルトの命が下り、場が散開してアランも席を立った。すぐにも兄グラントリーと軍の幹部を集め、協議の場を設けなくてはならない。

 アランが謁見の間を出て行こうとすると、後ろから声をかけられた。

「アラン殿下」

 白に金糸の刺繍が入った軍服を着たセービン伯爵だった。次々と出てくる貴族達を先に行かせ、足を止めたアランに近づいてきた。

「本日は我が家の茶会に足をお運びいただけるとか。グロリアーナも、妻もとても楽しみにしておりました」

「ああ、そのことですが」

 このような状況なので、と断りを入れようとすると、セービン伯爵は陶器のように滑らかな肌に皺を刻み、年長者らしく「それはいけませんぞ」と首を振った。

「我妻と娘の楽しみを奪わんで下さい」
「しかし……」
「これから軍の協議が始まることはもちろん、承知しております。ですので我が家へは私からあなた様が遅れる旨、伝えておきましょう」
「ですがどれほど長引くか検討もつきません。あまり長くお待たせしては、かえって失礼にあたります」
「それについては心配無用です。妻も娘も、軍の公務のことはよく承知しております。遅くなることもわかっております。ですから茶会へはぜひにも」

 セービン伯爵の有無を言わさぬ物言いに、アランはあからさまに顔をしかめた。その顔を見てセービン伯爵は笑う。

「殿下ほどの地位のお方が、そう感情を顔に出すものではございませんぞ。いま黄帝城では、アラン殿のお屋敷に滞在している方について、あらぬうわさがはびこっているのは知っておいででしょう。その火消しのためにも、年頃の娘のいる貴族の屋敷へ赴くというのは、有効な手段でございますよ」

 では、とセービン伯爵は、アランにこれ以上の言を継がせず身を翻した。





 軍幹部の協議は、怒号まで飛び交うほど激しい話し合いとなった。基本的には里の奪還を想定した話し合いとなったが、マシュー派の若い幹部はこれに真っ向から異を唱え、軍内部の対立構図が顕著となった。

 喧々諤々の議論は決着がつかず、最後は長官のグラントリーが出て、皇帝の意向通り速やかにフェリクスへ、監視のための応援部隊を送る旨を指示し、同時にここ最近のテンドウ族の動向を探るべく、各地へ内偵の部隊を飛ばすよう指示を出した。





 アランが、兄グラントリーと共に協議の場を出ると、ちょうど文官の兄ブライアンと行き会った。

 ブライアンは疲れた様子でアランとグラントリーに軽く片手を上げ、空いた小部屋へと誘った。

 ブライアンは軍での話し合いの様子を聞くと、「こちらも同じだ」と息をつく。

 文官を中心とした議会での話し合いも、セービン伯爵の長女が嫁いでいる議長をはじめ、セービン伯爵の次男を中心とした強硬派と、マシューの一派を中心とした穏健派とに対立したという。

「ちらりと耳にしたのですが、マシューは白の神殿の熱心な信者だそうですよ。龍への信仰心の篤い者は、とかくテンドウの里を神の里と呼んで神聖視する傾向にありますから。マシューの意見は、神殿の信者ゆえの発想でしょう」

 議会の話し合いもあったろうに、短時間でいつの間にか仕入れた情報をブライアンはアランとグラントリーに伝える。

 十八年前のテンドウの里急襲には当時から反対する者も多数いたが、その対立構造が再び蘇っている。

「グラントリーとアランの意見を聞いておきたい」

 ブライアンは忌憚のない本心を明かしてくれと迫る。

 兄弟間で争うのはごめんだということなのだろう。

 グラントリーとブライアンの意見は一致していた。

 一度帝国の領土となった土地を奪い返されたままでは、他国での火種となりかねない。

 なんとしても奪還すべきだとの意見で一致していた。

 帝国を思っての真面目な見解に、アランは「ごめん、兄さんたち」とあらかじめ詫びを入れ、

「俺はもっと個人的な感情からテンドウの里はこのままにしておけない。セヴェリはまた必ずヨハンナを狙ってくる。そんな気がするんだ」

 その前に、テンドウの里を奪い返す。

「二人の意見が聞けてよかったよ」

 ブライアンは片手を上げて小部屋を後にした。
 
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