【二章開始】『事務員はいらない』と実家からも騎士団からも追放された書記は『命名』で生み出した最強家族とのんびり暮らしたい

斑目 ごたく

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第二章 王国動乱

惨敗

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「おー、どうやら奴さん達引き上げていくみたいでやすね。随分とお早いお帰りだ、今回はまだ様子見って感じでだったんでしょうな」

 正午を過ぎた位から始まり、夕暮れの気配が空に色を落とす前に引き上げていく敵兵の姿を眺めながら、エディはそう呟く。
 戦場の端に立つエディの手前には敵兵が巻き上げっていった土煙が立ち込め、彼はそれに軽く咳をしていた。

「けほっけほっ!ったく、奴さん達にはこっちにも人が残ってるんだって、ちったぁ気遣って欲しいもんですな・・・で、無策で突っ込んだ結果がこれですかい?」

 息苦しさに思わず零れた涙を拭ったエディは愚痴を垂れると、ゆっくりと後ろへと振り返る。
 そこには敵軍に散々に打ちのめされ、ぐったりと地面に倒れこんでいる懲罰部隊の姿があった。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・何も、何も出来なかった」

 泥と汗、そして血に塗れた懲罰部隊の中で一人、周りに守られていたためか綺麗な身体をしているユーリはしかし、そんな自分を許せないかのように地面を激しく叩いていた。

「そんなに自分を責めないで、ユーリちゃんはよくやったわ」
「・・・あぁ」

 そんなユーリを、シャロンとデズモンドの二人が慰める。
 彼らの全身は血塗れであったが、そのほとんどは彼らの血ではなく敵の返り血であった。
 彼ら二人、そしてケイティの活躍があったからこそ、懲罰部隊は酷い敗北を喫しながらもこの程度の被害で済んでいたのだ。

「でも、心配なのは囚人ちゃん達の方ね。今回の事でユーリちゃんを見限らないといいんだけど・・・」

 シャロン達の優しい言葉にも、ユーリは項垂れたまま顔を上げることはない。
 そんな彼の姿に静かに首を横に振ったシャロンは、憂いを帯びた顔で心配を口にする。
 カンパーベック砦をたった四人で落とすという偉業、そしてサラトガ山賊団団長であるケイティと決闘しその心を陥落させる、ユーリはその二つの出来事によって囚人達の心を掴んだばかりであった。
 シャロンはその折角掴んだ心が、今回の事で再び離れてしまうのではないかと懸念する。

「・・・シャロン、奴らだ」
「え?ち、違うのよ!ユーリちゃんは頑張ったの!!だから―――」

 顎に手をやり、俯きながらそんな未来を思い描いていたシャロンに、デズモンドが静かに声を掛ける。
 その声に顔を上げれば、幾人かの囚人達がユーリに向かって重い足取りで近づいてきていた。
 彼らは皆一様に真剣な表情をしており、その表情に先ほど思い描いたばかりの未来が現実になったと予感したシャロンは、必死にユーリを庇おうとその前へと飛び出そうとしていた。

「そんな落ち込むなって隊長、こんな時もあるさ!」
「そうそう!俺が前に兵士してた時なんかもっと酷い指揮官もいたもんだぜ?自分は安全な場所にいるくせに俺達に無茶な命令ばかりしてさ、どれだけの仲間が無駄に死んだか・・・それに比べりゃ全然ましまし!」
「そうそう、こんぐらい屁でもねぇさ!」

 そんなシャロンをデズモンドが静かに引き留める。
 シャロンは信じられないという表情でデズモンドの事を睨みつけるが、今目の前で繰り広げられるその光景を目にすれば彼の判断が正しかったことを知るだろう。
 ユーリの周りへと集まった囚人達は、皆口々に彼に慰めの言葉を掛けている、それはシャロンが予想した未来とは全く逆の光景であった。

「何よ、心配して損しちゃった」
「・・・あぁ、そうだな」

 自分がやろうとした事がおせっかいだった事が恥ずかしいのか、唇を尖らせて拗ねて見せるシャロンに、デズモンドは僅かにその口元を緩めては静かに同意する。

「でも、そうなると心配なのはユーリちゃんね。自分を責めないといいのだけれど・・・」
「・・・あぁ」

 囚人達の心がユーリから離れてしまうのでないかという懸念は晴れた、しかしそうなると今度はその事で余計にユーリが自分を責めてしまわないかと心配になる。
 シャロンが口にしたその心配に、デズモンドも同じ気持ちなのか彼は重々しく頷いていた。

「皆・・・くそっ!この情報さえ、この情報さえ上手く使えたら!!」

 責められるかもと怯えた相手から優しい言葉を掛けられる、それは逆にユーリに自らの失態を強く意識させる結果となり、彼は先ほどよりも激しく自分を責めていた。
 ユーリは自らが「自動筆記」で書き上げた戦場の情報を握りしめながら、それが上手く使えたらと嘆く。
 彼が今、使えるものはそれしかないのだ。
 彼のもう一つの能力「書き足し」を使おうにも、シャロン達はそれぞれ自らに適した技能を既に磨き上げており、彼が今手に入る素材ではもはや新しい技能を与えることは出来なかった。
 そして幾ら自分を認めてくれたとはいえ、囚人達に新しい技能を与える訳にはいかなかった、ユーリはまだシャロン達ほど彼らを信用出来てはいないのだ。
 もう一つ、彼のスキル「書記」には「命名」という能力もあったが、それは軽々しく使っていいものではなく、彼自身もう使わないと誓っていた。

「あのー兄さん、お取込み中のところ少しよろしいですか?何でも怪しい奴を捕まえたとかで、兄さんにお目通り願いたいと。通してやってもいいですかい?」

 戦場の情報を書いた書類を握りしめたまま、そのこぶしを地面へと叩きつけているユーリの姿に、シャロンとデズモンドが声を掛けるべきが迷っていると、意外な人物が声を掛けてくる。
 それはこんな状況でも如才なく、周囲の見回りへと向かっていたエディであった。

「敵兵でも捕まえたのか?あぁ通してくれ、ここで会おう」
「だと、さ。おい、通してやりな」

 いつの間にか零れてしまっていたのか涙を拭いながらユーリは立ち上がると、エディが連れてきたという怪しい奴を通すように促す。
 ユーリの声に顎をしゃくり、背後の囚人部隊の一人に合図を送ったエディ、その合図にある男がこの場に連行されてくる。

「君は・・・!?」
「お前は・・・!?」

 ユーリと連行されてきた男、二人は互いに顔を見合わせると驚愕の表情を浮かべ固まってしまう。

「シーマス、シーマスじゃないか!?」
「ユーリ・ハリントン!!」

 その男とは、あのシーマス・チットウッドであった。
 以前、ユーリを罠に嵌め破滅させようとした男、その因縁の相手と対面した二人はそれぞれに異なる表情を浮かべていた。
 シーマスの顔には驚きと憎悪が、そしてユーリの顔には―――。

「シーマス!!良かった、生きてたんだね!?黒葬騎士団があんな事になって、心配してたんだ!!」

 驚きと喜びが溢れていた。
 シーマス・チットウッド、確かに彼はユーリが巻き込まれた邪龍騒乱、それを企てた張本人である。
 しかしその事実をユーリはまだ知らなかった、そのため彼にとってシーマス・チットウッドという人物は、彼がかつて所属した黒葬騎士団でも数少ない仲のいい団員という存在でしかなかったのだ。

「ユーリ!ケイティが来てやったぞー!!なー、あたいの活躍見てただろ?で、だ・・・流石のあたいもあの戦いじゃ無傷ではいられなくってさ、その・・・手当とかしてくれると嬉しいな、なんて―――」

 先ほどの戦いで大活躍だったケイティがユーリ達の下へと訪れると、早速馬から降りて近づいてくる。
 彼女はあれほどの戦いでも大した傷を負っていないのか、かすり傷にしか見えないその傷を大袈裟にアピールすると、ユーリに手当てして欲しいと控えめに訴えかけてきていた。
 しかしその乙女チックな彼女の振る舞いも、目の前の光景を目にすると思わず固まってしまう。

「良かった、本当に良かった!!心配したんだ、本当に!!そうだ、いい事を思いついた!!あれ?来てたんだ、ケイティ?どうしたの、そんなところに突っ立って?」

 それはユーリが見知らぬ若い男であるシーマスに馬乗りになり、その頬に顔を摺り寄せては嬉し泣きしている姿であった。
 そんなショッキングな光景を目にして固まってしまっているケイティにユーリは気がつくと声を掛けるが、彼女にはもうその声は届いてはいないようだった。

「まぁ!?まぁまぁまぁ!!ね、どういう関係かしら!?一体どういう関係なのかしら!!?」
「えーっとですね赤毛の姉さん、こいつはですね・・・あぁ、あっしとしたことが言葉出てこねぇ」

 若い男と若い男が組んず解れずする光景に、シャロンは興奮し、エディは何とか説明しようとし途中で諦めたようにがっくりと肩を落とす。
 そしてデズモンドは全てを悟ったかのように、静かに肩を竦めるのであった。
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