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第二章 王国動乱
指揮官不在
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緩やかな丘陵から見下ろした先には、枯れた地面と剥き出しの岩肌が覗く荒野が広がっている。
そのさらに向こう側には僅かに盛り上がった台地が存在しており、そこに布陣した敵軍は今やこちらへと向かって兵を進めてきていた。
「お、おい!?向こうはもう動き出したみたいだぞ!?こちらも動かなくていいのか!?」
敵軍の動きにその体形に相応しくない大仰な鎧を身に纏ったため、ガシャガシャと動くたびに騒がしい音を立てているボロアが、さらに騒がしい動きでユーリへと食い掛ってくる。
彼はこれまで自らの手勢をほとんど率いておらず、その埋め合わせを懲罰部隊を酷使することで乗り切ってきた。
しかし前回ジークにこっぴどく叱られ、それを挽回するために今回からは自らの手勢を率いてやって来ているため、その損失を恐れて取り乱しているようだった。
「そうねぇ・・・じゃあそろそろ行きましょうか、ユーリちゃん?」
「えぇ、そうですね」
ユーリへと張り付き、その身体を激しく揺すっていたボロアを引き剥がし遠くへと置き直したシャロンは、こちらへと迫る敵軍の姿をチラリと眺めるとそう声を掛ける。
その声に周りを心配そうにグルグル回っていたケイティの手を借りてユーリが立ち上がると、既に戦いたくてうずうずしていた懲罰部隊の面々から歓声が上がっていた。
「・・・どうしたのユーリちゃん?早く指示を出してあげないと、皆動けないわよ?」
「そうですぜ兄さん?心配しなくても連中、兄さんの指示ならどんな命令でも聞くってもんで。遠慮なさらず、ずずいっと命令してやってくだせぇ!」
立ち上がったユーリの周りにはシャロン達が付き従い、その周辺を彼の命令を今か今かと待ち構えている囚人部隊の面々が取り囲んでいた。
しかし、いつまで待ってもユーリがその命令を下す気配がない。
妙な沈黙がしばらく続いた後、それを打ち破るようにシャロンが声を掛け、エディが早く命令をと促してくる。
「え?俺、指揮とか全然出来ないんですけど・・・シャロンさんがやるんじゃないんですか?」
周りが早く命令をと期待の視線を向けるユーリ、その彼が心底不思議そうに周りを見回すとそう呟いていた。
「「えーーー!!?」」
その発言に、周囲の面々は驚愕の声を上げる。
その衝撃は、あのいつも冷静なデズモンドですら焦りと驚きの表情を浮かべてユーリを見つめるほどであった。
◇◆◇◆◇◆
「ちょ、ちょっと待ってユーリちゃん!?貴方、捕まる前はあのユークレール家の家宰だったんでしょ?だったら兵を率いることだって・・・」
ユーリの衝撃の発言、そのショックからようやく立ち直ったシャロンが信じられないという表情で彼に尋ねる。
「あぁそれだったら、うちの子・・・部下に優秀なのがいたので、それに全部任せてたんですよ。いやぁ、お恥ずかしい限りで」
それにユーリは頭を掻きながら答えると、どこか気恥ずかしそうに笑っていた。
「あ、あぁそうなの」
ユーリのあっけらかんとした様子に、シャロンは言葉を失い黙ってしまう。
ユーリのその発言はシャロンだけではなく周りにも衝撃を与え、ざわざわと不穏な空気が広がっていく。
それを払拭するように、エディが慌てて声を上げる。
「で、ですがね兄さん。兄さんはあの黒葬騎士団にも前にいたって言ってましたでやしょ?今や見る影もありやせんが、かつてはこの国最強と謳われた騎士団だ。彼らは凄腕の騎士ってだけじゃなく、一人一人が指揮官としても一流だって聞きやすぜ?」
「え、そうなんですか?うーん、どうだったのかなぁ・・・まぁ、でもどのみち俺には関係ない話ですね。俺、あそこでは事務仕事しかしてなかったので!あ、でも同僚でそういうのに詳しい奴ならいましたよ!あぁ、あいつがここにいてくれたら良かったのに」
しかしそんなエディの気遣いも、ユーリの空気の読まない発言によってぶち壊されてしまう。
「あ、あぁ・・・そうなんですかい?そりゃ、結構な事で・・・」
そうなればもはやエディには、引きつったように笑いを漏らす以外やりようがない。
そんなことをしてる間にも迫り続ける敵軍に、彼らの周囲では動揺がさらに広がりつつあるようだった。
「指揮だの命令だの、ごちゃごちゃうるっさいねぇ!そんなの適当に突っ込みゃ終いだっての!ねぇユーリ、あたいに任せなよ?そうすりゃさぁ、あんな奴らなんてすぐにコテンパンにのしちまうからさ!な、いいだろ?」
ざわざわと広がる動揺を黙らせる物音が響き、そちらへと視線を向けると地面へとその大振りな曲刀の鞘を突き刺したケイティの姿があった。
彼女はユーリの前へと進み出ながら周りを威嚇するように睨みつけると、それとは打って変わっておねだりするような上目遣いで私に任せてくれとユーリに訴えていた。
「へぇ、随分と協力的になったじゃねぇですか。これは、あれですかい?戦で活躍して、兄さんのポイント稼ごうっていう。あぁいや、旦那を危ない目に遭わせたくねぇって方ですかい?いやぁ、甲斐甲斐しいもんですなぁ」
「あら駄目よエディちゃん、からかっちゃ」
つい先日、復讐のために決闘を申し込んだ相手とは思えないケイティの態度に、エディの茶化すような声がその背中へと飛ぶ。
その振る舞いはシャロンによって窘められていたがもう遅く、ケイティの耳は後ろからでも分かるほどに真っ赤に染まっていた。
「っっっ!!?だ、だったらユーリがあれをやればいいじゃないか!!ほら、あたいと戦った時のあれ!!出来るんだろう?」
「あれ?あぁ、あれねあれ!それなら多分出来ると思うけど・・・」
ケイティの口から出た言葉は、恥ずかしさを誤魔化すための出任せだろう。
しかしそれは案外的を得た発言であったようで、ユーリは彼女の言葉に愛用の筆記用具を取り出すとそれで何事かをすらすらと書いていく。
「あら、何かしら?ん、これはもしかして・・・」
「あぁ、そういえば兄さんにはこれがありましたねぇ。しかしこんな事まで出来るとは・・・」
突然何事かを書き始めたユーリに、シャロン達がその手元を覗き込む。
彼らはその内容に驚きと感心の声を漏らし、その反応に周りも何だ何だとざわつき始めていた。
「・・・こんなもんかな?あっ!?」
「ほらやっぱり、出来たじゃないか!皆見な!ここに向こうの奴らの動きを全部書き出してある!!こいつがユーリの力さ、どうだ凄いだろう!?」
一通り書き上げユーリが手にしたペンを置くと、ケイティがその書類を奪って周りへと見せつける。
そこには今まさにここへと迫ろうとする敵軍の動き、その細かい部分までも完璧に網羅された記録が記載されていた。
「敵軍の動きが全て?それってやばくないか?」
「あ、あぁ・・・何だかよく分かんねぇが、凄ぇ気がする」
「こ、これならいけるんじゃねぇか!?」
ケイティが掲げる書類に記載された文字は小さく、それがここに集まった全ての人間に読めた訳ではないだろう。
ましてや、彼らの中には文字を読めない者も多くいた。
しかしそれでも敵軍の動きを全て見透かすというユーリの力の凄さは伝わったようで、彼らは先ほどまでの動揺を払拭すると逆に希望を見出したように意気込むのだった。
「でも、これをどう使えばいいのか全然分かんないんですけどね。あはははっ!」
「・・・あっ」
希望を生み出した本人でユーリがふと漏らしたそのどうしようもない事実に、囚人部隊の面々は静まり返る。
その沈黙は、誰か漏らしたかも分からない呻き声のような声まで響き渡るほどであった。
「お、おい!もう敵はすぐそこだぞ!?このままでいいのか、なぁ!?」
先ほどから頻りに敵軍を見てきてはこっちに帰ってくるという事を繰り返したボロアが、今度こそ本当にもう駄目だと顔を真っ青にして戻ってくる。
「あぁ!もうこうなったらやけくそだよ!皆、あたいについてきな!!」
切羽詰まった状況に、その真っ赤な髪をくしゃくしゃに掻き混ぜたケイティが声を張り上げると、部下が引いてきた馬に跨り曲刀を抜き放つ。
そして一人敵軍に向かって突撃を開始した彼女に、部下達も慌てて付き従う。
「あたし達も行くわよ!」
「・・・あぁ」
「お、俺も行きます!」
それにシャロンとデズモンドも追従し、ユーリも彼らの後を慌てて追い駆ける。
やがて囚人部隊の面々も雄たけびを上げながら突撃し、彼らが巻き上げる土煙がその場に立ち込めていた。
「お、おぉ!ようやく決断してくれたか!!うむ、やはり戦というのはこうではなくてな!」
雄々しく突撃していく囚人部隊の姿に、ボロアは歓声を上げると満足そうに腕を組む。
「あぁ、行っちまった・・・あんな無策に突っ込んで、本当に大丈夫なんでやすかねぇ?」
その背後では、エディが頭を抱えながら不安そうにそう呟いていたのだった。
そのさらに向こう側には僅かに盛り上がった台地が存在しており、そこに布陣した敵軍は今やこちらへと向かって兵を進めてきていた。
「お、おい!?向こうはもう動き出したみたいだぞ!?こちらも動かなくていいのか!?」
敵軍の動きにその体形に相応しくない大仰な鎧を身に纏ったため、ガシャガシャと動くたびに騒がしい音を立てているボロアが、さらに騒がしい動きでユーリへと食い掛ってくる。
彼はこれまで自らの手勢をほとんど率いておらず、その埋め合わせを懲罰部隊を酷使することで乗り切ってきた。
しかし前回ジークにこっぴどく叱られ、それを挽回するために今回からは自らの手勢を率いてやって来ているため、その損失を恐れて取り乱しているようだった。
「そうねぇ・・・じゃあそろそろ行きましょうか、ユーリちゃん?」
「えぇ、そうですね」
ユーリへと張り付き、その身体を激しく揺すっていたボロアを引き剥がし遠くへと置き直したシャロンは、こちらへと迫る敵軍の姿をチラリと眺めるとそう声を掛ける。
その声に周りを心配そうにグルグル回っていたケイティの手を借りてユーリが立ち上がると、既に戦いたくてうずうずしていた懲罰部隊の面々から歓声が上がっていた。
「・・・どうしたのユーリちゃん?早く指示を出してあげないと、皆動けないわよ?」
「そうですぜ兄さん?心配しなくても連中、兄さんの指示ならどんな命令でも聞くってもんで。遠慮なさらず、ずずいっと命令してやってくだせぇ!」
立ち上がったユーリの周りにはシャロン達が付き従い、その周辺を彼の命令を今か今かと待ち構えている囚人部隊の面々が取り囲んでいた。
しかし、いつまで待ってもユーリがその命令を下す気配がない。
妙な沈黙がしばらく続いた後、それを打ち破るようにシャロンが声を掛け、エディが早く命令をと促してくる。
「え?俺、指揮とか全然出来ないんですけど・・・シャロンさんがやるんじゃないんですか?」
周りが早く命令をと期待の視線を向けるユーリ、その彼が心底不思議そうに周りを見回すとそう呟いていた。
「「えーーー!!?」」
その発言に、周囲の面々は驚愕の声を上げる。
その衝撃は、あのいつも冷静なデズモンドですら焦りと驚きの表情を浮かべてユーリを見つめるほどであった。
◇◆◇◆◇◆
「ちょ、ちょっと待ってユーリちゃん!?貴方、捕まる前はあのユークレール家の家宰だったんでしょ?だったら兵を率いることだって・・・」
ユーリの衝撃の発言、そのショックからようやく立ち直ったシャロンが信じられないという表情で彼に尋ねる。
「あぁそれだったら、うちの子・・・部下に優秀なのがいたので、それに全部任せてたんですよ。いやぁ、お恥ずかしい限りで」
それにユーリは頭を掻きながら答えると、どこか気恥ずかしそうに笑っていた。
「あ、あぁそうなの」
ユーリのあっけらかんとした様子に、シャロンは言葉を失い黙ってしまう。
ユーリのその発言はシャロンだけではなく周りにも衝撃を与え、ざわざわと不穏な空気が広がっていく。
それを払拭するように、エディが慌てて声を上げる。
「で、ですがね兄さん。兄さんはあの黒葬騎士団にも前にいたって言ってましたでやしょ?今や見る影もありやせんが、かつてはこの国最強と謳われた騎士団だ。彼らは凄腕の騎士ってだけじゃなく、一人一人が指揮官としても一流だって聞きやすぜ?」
「え、そうなんですか?うーん、どうだったのかなぁ・・・まぁ、でもどのみち俺には関係ない話ですね。俺、あそこでは事務仕事しかしてなかったので!あ、でも同僚でそういうのに詳しい奴ならいましたよ!あぁ、あいつがここにいてくれたら良かったのに」
しかしそんなエディの気遣いも、ユーリの空気の読まない発言によってぶち壊されてしまう。
「あ、あぁ・・・そうなんですかい?そりゃ、結構な事で・・・」
そうなればもはやエディには、引きつったように笑いを漏らす以外やりようがない。
そんなことをしてる間にも迫り続ける敵軍に、彼らの周囲では動揺がさらに広がりつつあるようだった。
「指揮だの命令だの、ごちゃごちゃうるっさいねぇ!そんなの適当に突っ込みゃ終いだっての!ねぇユーリ、あたいに任せなよ?そうすりゃさぁ、あんな奴らなんてすぐにコテンパンにのしちまうからさ!な、いいだろ?」
ざわざわと広がる動揺を黙らせる物音が響き、そちらへと視線を向けると地面へとその大振りな曲刀の鞘を突き刺したケイティの姿があった。
彼女はユーリの前へと進み出ながら周りを威嚇するように睨みつけると、それとは打って変わっておねだりするような上目遣いで私に任せてくれとユーリに訴えていた。
「へぇ、随分と協力的になったじゃねぇですか。これは、あれですかい?戦で活躍して、兄さんのポイント稼ごうっていう。あぁいや、旦那を危ない目に遭わせたくねぇって方ですかい?いやぁ、甲斐甲斐しいもんですなぁ」
「あら駄目よエディちゃん、からかっちゃ」
つい先日、復讐のために決闘を申し込んだ相手とは思えないケイティの態度に、エディの茶化すような声がその背中へと飛ぶ。
その振る舞いはシャロンによって窘められていたがもう遅く、ケイティの耳は後ろからでも分かるほどに真っ赤に染まっていた。
「っっっ!!?だ、だったらユーリがあれをやればいいじゃないか!!ほら、あたいと戦った時のあれ!!出来るんだろう?」
「あれ?あぁ、あれねあれ!それなら多分出来ると思うけど・・・」
ケイティの口から出た言葉は、恥ずかしさを誤魔化すための出任せだろう。
しかしそれは案外的を得た発言であったようで、ユーリは彼女の言葉に愛用の筆記用具を取り出すとそれで何事かをすらすらと書いていく。
「あら、何かしら?ん、これはもしかして・・・」
「あぁ、そういえば兄さんにはこれがありましたねぇ。しかしこんな事まで出来るとは・・・」
突然何事かを書き始めたユーリに、シャロン達がその手元を覗き込む。
彼らはその内容に驚きと感心の声を漏らし、その反応に周りも何だ何だとざわつき始めていた。
「・・・こんなもんかな?あっ!?」
「ほらやっぱり、出来たじゃないか!皆見な!ここに向こうの奴らの動きを全部書き出してある!!こいつがユーリの力さ、どうだ凄いだろう!?」
一通り書き上げユーリが手にしたペンを置くと、ケイティがその書類を奪って周りへと見せつける。
そこには今まさにここへと迫ろうとする敵軍の動き、その細かい部分までも完璧に網羅された記録が記載されていた。
「敵軍の動きが全て?それってやばくないか?」
「あ、あぁ・・・何だかよく分かんねぇが、凄ぇ気がする」
「こ、これならいけるんじゃねぇか!?」
ケイティが掲げる書類に記載された文字は小さく、それがここに集まった全ての人間に読めた訳ではないだろう。
ましてや、彼らの中には文字を読めない者も多くいた。
しかしそれでも敵軍の動きを全て見透かすというユーリの力の凄さは伝わったようで、彼らは先ほどまでの動揺を払拭すると逆に希望を見出したように意気込むのだった。
「でも、これをどう使えばいいのか全然分かんないんですけどね。あはははっ!」
「・・・あっ」
希望を生み出した本人でユーリがふと漏らしたそのどうしようもない事実に、囚人部隊の面々は静まり返る。
その沈黙は、誰か漏らしたかも分からない呻き声のような声まで響き渡るほどであった。
「お、おい!もう敵はすぐそこだぞ!?このままでいいのか、なぁ!?」
先ほどから頻りに敵軍を見てきてはこっちに帰ってくるという事を繰り返したボロアが、今度こそ本当にもう駄目だと顔を真っ青にして戻ってくる。
「あぁ!もうこうなったらやけくそだよ!皆、あたいについてきな!!」
切羽詰まった状況に、その真っ赤な髪をくしゃくしゃに掻き混ぜたケイティが声を張り上げると、部下が引いてきた馬に跨り曲刀を抜き放つ。
そして一人敵軍に向かって突撃を開始した彼女に、部下達も慌てて付き従う。
「あたし達も行くわよ!」
「・・・あぁ」
「お、俺も行きます!」
それにシャロンとデズモンドも追従し、ユーリも彼らの後を慌てて追い駆ける。
やがて囚人部隊の面々も雄たけびを上げながら突撃し、彼らが巻き上げる土煙がその場に立ち込めていた。
「お、おぉ!ようやく決断してくれたか!!うむ、やはり戦というのはこうではなくてな!」
雄々しく突撃していく囚人部隊の姿に、ボロアは歓声を上げると満足そうに腕を組む。
「あぁ、行っちまった・・・あんな無策に突っ込んで、本当に大丈夫なんでやすかねぇ?」
その背後では、エディが頭を抱えながら不安そうにそう呟いていたのだった。
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