【二章開始】『事務員はいらない』と実家からも騎士団からも追放された書記は『命名』で生み出した最強家族とのんびり暮らしたい

斑目 ごたく

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第二章 王国動乱

王獄バスバレイ

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 カツカツと響く足音に、汚れた床に落ちていたパンくずを貪っていたネズミ達が顔を上げる。
 彼らが慌てて逃げ出した先には、その表面に一切の鋲や金具のついていない靴を履いた者達の姿があった。
 その靴は、それについた鋲や金具が抜け落ち、万が一にでもここの住民達に利用されないためである。
 ここは王都クイーンズガーデン、その象徴である王城黒百合城の地下牢、王獄バスバレイ。
 そこに収監される囚人は、二度とそこから出ていくことはないという凶悪犯ばかりという、このリグリア国でも最も悪名高い監獄である。
 そしてこの王獄バスバレイは、その名の由来となった王となった脱獄囚バスバレイが生きていた時代と違い、脱獄不可能と言われる厳重な警備で有名でもあった。
 そんな王獄バスバレイに、今日も新たな囚人がやって来る。

「鐘だ、鐘の音が聞こえる・・・」
「何だ、もう飯の時間か?」

 城の地下に設けられた地下牢には入ってくる光も少なく、薄暗い。
 それを補うために焚かれた松明の明かりはゆらゆらと揺れ、この地下牢に不気味な影を形作っていた。
 そんな地下牢のどこかから鐘の音が響く、それは逃げ場のない地下の空間に反響して不気味な音を何重にも響かせていた。

「待て!聞こえる、聞こえるぞ・・・一つ、二つ、三つ!ひゃははは!!三つだ三つ!!これは飯じゃねぇ、飯じゃねぇぞ!!」

 響く鐘の音に牢屋の鉄格子へと噛りつき耳を澄ましていた汚らしい囚人が、聞こえてきた鐘の数に興奮し激しくはしゃいではその場で飛び跳ねる。
 王獄バスバレイの食事は、日に二回だ。
 そして地下牢であるために時間感覚が曖昧になる彼らのために、昼には一回、夜には二回と鐘を鳴らし、食事の時間を告げるのがこの地下牢の決まりであった。
 しかし今、鐘の音は既に三回も響いている。

「・・・で、三回鳴った時って何があるんだっけ?」
「馬鹿!喧嘩だろ、喧嘩!どっかで誰かが揉めてんだ、どうせケープデンの奴らだろ?俺らにゃ関係ねぇ、寝るベ寝るベ」

 普段とは違う鐘の音の数に興奮していた囚人はしかし、その鐘の音が何を意味しているか分からずに首を捻っている。
 そんな彼に同房の囚人が、それはどこかで喧嘩があったのだと教え、再び寝床へと戻っていく。

「・・・違う、違うぞ!四回だ、四回!四回聞こえた!!」

 同房の囚人が寝床へと戻っても鉄格子に噛みついたままであった汚らしい囚人は、目を閉じて再び耳を澄ませると、やがて飛び跳ね叫び始める。
 鐘の音が、再び聞こえたのだ。

「何だと、本当か!?」
「本当だよぉ!俺ぁ、モノは盗んでも嘘は吐かねぇ!ひゃははは、人は殺すけどな!!それで、四回鳴った時って何だっけ?」

 その声に、寝床へと戻りペラペラの薄い毛布に包まって眠りにつこうとしていた同房の囚人が跳ね起きる。

「馬鹿!そんなの新入りに決まってんだろ!!」
「ひゃははは!そうだ、新入りだ新入り!!」

 王獄バスバレイに、鐘の音が四回鳴り響く。
 それは、この地下牢に新入りがやって来ることを示していた。

「・・・新入り?」
「新入り、新入りだ!」

 彼らと同じく新入りの訪れに気が付いた囚人達がぞろぞろと起き出し、それぞれの牢屋の鉄格子へと噛みつき始める。
 鉄格子に噛みついた囚人達は、それをガンガンと打ち鳴らしては騒ぎ始めていた。

「おい、賭けようぜ!今度の新入りが何日で『行方不明』になるか!」
「ははっ、いいな!じゃあ俺は、一日にタバコ三本な!」
「馬鹿!それじゃ賭けになんねぇだろ!!」

 この王獄バスバレイから生きて出られる囚人は、ほとんど存在しない。
 そのため普通であれば、このさほど広大ではない地下牢の収容人数など、すぐに一杯になってしまう筈であった。
 しかしこの王獄バスバレイの収容人数が一杯になった事は、過去に一度たりとてなかった。
 それはこの地下牢に収監された囚人のほとんどが、数日のうちに「行方不明」になってしまうからであった。

「おっ、見えてきた!」
「ひゅ~!!可愛いねぇ、新人ちゃーん!!後でおいらの所にも来てくれよぉ、たっぷり可愛がってやるからよぉ!!」
「おい、ふざけんなよ!てめぇはいつも滅茶苦茶して、壊しちまうだろうが!!後にしろ、後に!!」

 王獄バスバレイから外へと繋がる道には、その途中に幾重にも鉄格子が張り巡らされている。
 その最後の鉄格子へと辿り着いた新入りの囚人の姿に、牢獄の中の囚人達は鉄格子を打ち鳴らしては歓声を上げた。

「ひっ!?」

 彼らの獣じみた歓声に、新入りの囚人は怯えた声を上げて肩を震わせる。

「・・・名前は?」

 そんな彼の様子など気にも留めないといった様子で、最後の鉄格子の門番として待機している看守が新入りの囚人に尋ねる。

「えっ?あ、ユーリ・ハリントンです」

 彼の冷たい視線にポカンとした表情を浮かべた新入りの囚人、ユーリ・ハリントンは慌てて自らの名前を告げる。

「・・・違う、番号。来る時に教えられただろう?」
「あ、そっちなんだ。えっと、37番です・・・」

 尋ねられた質問に元気よく答えたユーリに、その看守は溜め息も漏らさない。
 そして再び尋ねられた質問に、今度は正しく答えたユーリに彼は淡々と手元の書類へと何かを記載するだけだった。

「ほら、さっさと入って」
「えっ、でも・・・」
「いいから、早く」
「あっ!?」

 手元の書類への記載を終えた看守は、その腰へとぶら下げていた鍵束から一つの鍵を取り出して、最後の鉄格子の鍵を開く。
 開かれた扉に戸惑い立ち尽くすユーリに、彼はその背中を無理やり押し込むと、さっさと鉄格子の鍵を再びかけてしまっていた。

「ほら、ついて来い」

 無理やり地下牢に押し込まれその場に立ち尽くしているユーリ、彼と一緒にそこへと入ってきた門番とは別の看守が彼を先導する。
 それに従うか迷っていたユーリも、周囲の囚人達から好奇の視線と下衆な言葉を浴びせかけらればその場に一人でいるのが怖くなり、慌てて彼の後を追い駆けていた。

「こ、ここに俺も入るんですか?」
「当たり前だろう?ほら、ついたぞ。ここがお前の入る房だ」
「ひぃぃ!?」

 看守の背中に隠れながら周りをチラチラと覗いても、そこには如何にも悪党でございますといった凶暴な風体の囚人の姿しかない。
 そんな中に自分も入るのかと不安なユーリは、看守から自分が入る房についたと言われ、思わず悲鳴を上げてその背中に隠れてしまっていた。

「・・・何をしている?さっさと入るんだ、ほら!」
「ちょ、ちょっと待ってください!まだ心の準備が・・・あぅ!?」

 自らの背中に隠れて小さくなっているユーリに、看守は不思議そうに首を捻る。
 ユーリは彼に少し待ってくれるよう必死に頼んでいたが、看守はそんな言葉に聞く耳を持つことなく、ユーリを房の中へと押し込んでしまう。

「っとっとっと・・・あぁ、すみませ―――」

 鉄格子に鍵をかけ、そのままさっさと立ち去っていく看守。
 その足音を背中で聞きながら、ユーリは無理やり押し込まれた事で崩したバランスを何とか取り戻そうと、ふらふらとふらつきながら房の中を進んでいく。
 そんなそのままでは倒れ込んでしまいそうだった彼を、牢屋の中の誰かがそっと支えてくれる。
 ユーリはその誰かに礼を言おうと、ゆっくりと顔を上げていた。

「ひぃぃ!!?」

 その先にあったのは、巌のような顔をした屈強の男の姿だった。
 彼は一言も言葉を発することなく、ユーリの顔をギロリと睨み付ける。
 その迫力に、ユーリは思わず尻餅をつき必死のその場から後ずさっていた。

「あら、新入りちゃん。そんなに怯えることはないのよ?デズモンドちゃんはちょーっぴり見た目が怖いだけで、優しい子なんだから」

 狭い房の中だ、激しく動けばすぐに端にまで辿り着いてしまう。
 しかしユーリはそんな房の端につく前に、誰かの手によって優しく受け止められていた。

「あ、貴方は・・・?」
「私?私はシャロン・ゴールド。貴方と同じ房の・・・ちょーっとだけ、おいたが過ぎて捕まっちゃった囚人ちゃんよ」

 ユーリが落ち着くようにと優しく撫でてくれている相手を見上げれば、そこにはこの地下牢には似つかわしくないほどに小奇麗な格好をした美形な男の姿があった。

「それで貴方は?」
「ユーリ・・・じゃなかった、その37番です」

 ユーリが落ち着いたの見て正面へと回ったシャロンと名乗った男は、彼にも名前を尋ねている。
 それに思わず名前を口にしようとしたユーリは先ほどのやり取りを思い出し、慌てて与えられた番号を名乗っていた。

「駄目よぉ、そんな番号なんかで自分を呼んじゃ!貴方にもちゃんと親からもらった大事な名前があるんでしょ?それを聞かせて、ね?」
「えっ?そ、それじゃあ・・・その、ユーリ・ハリントンです」
「じゃあ、ユーリちゃんね!いい名前じゃない!そんないい名前を貰ったんだから、大事にしなきゃ駄目よ!」

 この地下牢のルールである番号をシャロンは必要ないと否定すると、ユーリの本当の名前を聞きたがる。
 それにおずおずと自らの名前を名乗ったユーリに、シャロンは両手を合わせると嬉しそうに歓声を上げていた。

「さっ、ここじゃ何だからあっちで話しましょ」
「はぁ・・・」

 ユーリの名を聞いたシャロンは彼の手を引くと、この房でも一番ましな場所へと連れて行こうとする。

「おっと、そいつはいくら姉さんとはいえ聞けねぇ話ですぜ」

 しかしそんなシャロンの行く手を、この房に残っていたもう一人の囚人である小柄な男が遮っていた。

「この方は・・・?」
「あら駄目よユーリちゃん、こんなの相手にしちゃ。この子はデズモンドちゃんと違って悪い子なんだから」

 目の前に立ち塞がる小柄な男の事を、ユーリはシャロンに尋ねる。
 それにシャロンは首を横に振ると、肩を竦めては彼の事など相手にしては駄目だと話していた。

「そいつは酷いな姉さん。ユーリさんだったかい、新入りさん?あっしはエディ・パーカーっつうケチな詐欺師でさぁ。こんな地下牢にいれられてるのも、何か手違いでお偉い貴族様を騙しちまったからで、本来はこんな場所にいるような大層なもんじゃないんですぜ?・・・まぁ、あっしの話はこれぐらいにして」

 シャロンの言葉に傷ついたと大袈裟に胸を押さえてみせた小柄な男、エディはユーリに確認するように声を掛けると、怒涛の如く話し始めていた。
 その口調は流暢で、なるほど流石は詐欺師なだけはあると思わせるに十分なものであった。

「ここじゃ、犯した罪の重さで立場が変わるんでさぁ。ユーリさん、あんたはここにどんな罪を犯して入る事になったんで?」

 シャロンがユーリを連れて行こうとしていたのは、この房の中でも一番いい場所だ。
 エディはそこにユーリを連れて行くのは、この地下牢のルールのそぐわないと口を挟む。

「あら、それは私も気になるわね。聞いてもいいかしら、ユーリちゃん?」

 自分の行動に口を挟んできたエディを気に食わないと腕を組んで睨んでいたシャロンも、彼が尋ねたことは自分も聞きたいと同意するとユーリへ視線を向けてくる。
 見れば、房の片隅でむっつりと押し黙っていた屈強な男、デズモンドもこちらへと興味深そうに視線を向けていた。

「えぇと、実はですねその・・・王殺しを少々」

 集まる視線に、ユーリは恥ずかしそうに頭を掻きながら告白する。
 犯した罪、その王殺しという罪状を。

「まぁ!?」
「えぇ!?王殺しだって!!?そいつは、また・・・たまげたな」

 ユーリの言葉にシャロンは口を押さえ、エディは目を剥いて驚いている。
 見れば、デズモンドも奥で僅かに腰を浮かせては驚いているようだった。

「どう?エディちゃん、これなら文句ないでしょう?」
「そりゃあ・・・しかし、王殺しとはね。ユーリの旦那、どうしてそんな御大層な事を?」
「そうね、私も興味あるわ。ユーリちゃん、良かったら聞かせてくれないかしら?」

 ユーリが口にした王殺しという大罪に、シャロンはこれなら文句はないでしょうと胸を張っている。
 それに当然と頷いているエディは、それよりもどうしてそんな事をユーリがやったのか聞きたがり、シャロンもそれに同意していた。

「えぇと、そうですね何から話したらいいのか・・・そもそもの始まりは王の死からで」
「王の死?王殺しで捕まったってんなら、『始まり』じゃなくて『終わり』なんでは?」
「あぁ、違うんです!そうじゃなくて、先王です!先王の死が始まりなんです!」

 そう、全ての始まりは先王ウィリアム・セント・リンドホーム=エルドリッチの死だ。
 そこから全てが始まったのだ、このリグリア国を根底から揺り動かす動乱、その全てが。
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