【二章開始】『事務員はいらない』と実家からも騎士団からも追放された書記は『命名』で生み出した最強家族とのんびり暮らしたい

斑目 ごたく

文字の大きさ
10 / 210
第一章 最果ての街キッパゲルラ

マーカス・オブライエン

しおりを挟む
「ま、参った!」

 宙に舞った訓練用の剣が、床に転がって乾いた音を立てる。
 それと同時に、いやそれよりも早く首筋へと伸びた切っ先に、思わず男は降参の声を叫んでいた。

「・・・御手合せ、ありがとうございました」

 そんな相手を見下ろして、対面に立つ少年は礼儀正しく頭を下げる。
 かつてのリグリア王国首都、古都バーバリーの領主は四大貴族でも筆頭と呼ばれるオブライエン家だ。
 その主の館である白夜城は、かつての宮殿を改築し要塞化したものだ。
 ここはその白夜城の一角、中庭に設けられた訓練場であった。

「いや、お見事!流石でございますな、マーカス様!!我が白鷲騎士団でも有数の使い手であるラスゴー殿を破られるとは!!」
「ふぅ・・・そんな事ないよ。今回はたまたま運が良かっただけ、十回やれば九回はラスゴーさんの勝ちさ」

 決した勝敗に勝者の下へと周りの観衆が集まってくる、彼らは口々にその少年への称賛の言葉を投げかけていた。
 その輪の中で一度頭を下げた少年は、訓練用の兜を外すと髪を払うように首を軽く振るう。
 そこに現れたのは、金髪碧眼の絶世の美少年であった。

「いやはや御謙遜を!!あの剣の冴え、お父様であるジーク様の全盛期を彷彿とされましたぞ!!ジーク様が羨ましい、マーカス様のような優れた御子息がいらっしゃるとは!」
「然り、然り!!何でも、この間は僅かな手勢をもってこの街の近くに現れた山賊を見事打ち倒したとか!剣の腕前だけでなく、部隊の指揮にも優れるとは・・・末恐ろしい!!」
「いや私が耳にした噂では、学問の方にも優れているという話ですぞ!何でも王都から呼び寄せた帝王学の家庭教師が、教えることがないと逃げ帰ったとか」

 対戦相手を気遣い申し訳なさそうに微笑む金髪の美少年、マーカスに対して周りの大人達は口々に褒め称える。
 それは何も、彼が大貴族の子弟であるという理由だけではないだろう。

「おおっ、それは誠ですかな!?とにかく、マーカス様さえ次の当主の座に収まればオブライエン家も安泰という事ですな!!」
「その通りですな、はっはっはっは!!」

 容姿端麗、剣を取れば国内でも有数の騎士を打ち倒し、部隊を率いれば被害も出さずに賊を打ち倒す。
 学問にしても大人を上回り、周りへの気遣いを忘れない優しさも備えている。
 そんな完璧といっても大袈裟ではないマーカスに、周りの大人達はこれでオブライエン家は安泰だと大合唱していた。

「・・・家を継ぐのは、ユーリ兄さんじゃないか」

 彼らはまるで、兄であるユーリを存在しないかのように扱う。
 マーカスは歯を食いしばり、それを軋ませながらそう呟いていた。

「マーカス様 、何か仰いましたか?」
「いいえ、何も。それより次の相手はまだでしょうか?休憩はもう―――」

 マーカスが呟いた言葉は、誰にも聞き取られない。
 何故なら、彼がそれをうまく誤魔化してしまうから。

「兄様ー!!マーカス兄様ー!!!」

 話題を変えようと次の対戦相手を求めるマーカスに、小さな人影が声を上げながら駆け寄ってくる。
 その小さな人影はマーカスを囲う人込みを一気に通り抜けて、彼へと飛び掛かっていた。

「マーカス兄様、もう訓練は終わったの!?だったら私と遊びましょ!!」
「エ、エスメラルダ!?全く・・・いきなり飛び掛かって来ちゃ駄目だって、前から言ってるだろ?」

 マーカスへと飛び掛かり、彼へと馬乗りになっている黒髪の美少女、エスメラルダは太陽のように眩しい笑顔で彼へと語りかける。
 彼女のその長くボリュームのある黒髪は、覆い被さったマーカスの顔へと垂れさがりカーテンのようになっていた。
 そんな彼女にマーカスはまたかと頭を抱えると、彼女の両脇に腕を入れその身体をゆっくりと持ち上げる。

「ぶー!!だって、ユーリ兄様もマーカス兄様もいなくて退屈なんですもの!!そうだ、マーカス兄様!ユーリ兄様はいつ頃帰ってくるの!?」
「どうかな?いつもならもうそろそろの筈だけど・・・あれ、父上?こんな所に来るなんて珍しいな」

 抱えていたエスメラルダを近くの地面へと下ろしてやったマーカスは、その汚れた裾を軽く払ってやっている。
 そして彼女の乱れた髪も整えてやったマーカスは、近づいてくる人影へと顔を向ける。
 この地の主にして彼らの父親、ジーク・オブライエンへと。

「・・・エスメラルダもいるのか。丁度いい、お前も聞いておけエスメラルダ」

 マーカスの手前、声が十分に届く距離で立ち止まったジークはゆっくりと口を開く。
 彼の前には自然と人が引いていき、彼らは今や頭を下げたポーズのまま固まっている。
 それはこの距離にあってもなお感じる、彼の圧倒的な迫力によるものか。

「マーカス、これからはお前がこの家の跡継ぎだ。それを意識して、日々励め」

 ジークは短くそれだけを告げると、すぐに踵を返す。
 沈黙に、彼が身に纏った外套を翻す音だけがこの訓練場に響いていた。

「僕が、跡継ぎ・・・?待ってください、父上!!兄さんは、ユーリ兄さんはどうなるんですか!?僕が跡継ぎになる事、ユーリ兄さんは知って―――」
「我がオブライエン家に、ユーリなどという人間はいない。マーカス、お前が我が家の長男だ。いいな?」

 信じられない言葉に疑問を叫んで追い縋るマーカスに、ジークが返した言葉はまたしても短い。
 そして彼は、二度と立ち止まる事も振り返る事もなかった。

「僕がオブライエン家の長男・・・?そんな、それじゃユーリ兄さんはもう・・・」

 ジークが口にした言葉の意味、それをマーカスは理解していた。
 彼の兄ユーリ・オブライエン、その人物はこの家を勘当されたのだ。
 マーカスは膝を折り、地面へと蹲る。

「ねぇ、マーカス兄様、嘘だよね?ユーリ兄様がもういないなんて、うちの子じゃないなんて嘘だよね!!?うわああああぁぁぁぁぁん!!!」

 そんな彼に縋りつき、涙を浮かべるエスメラルダの泣き声だけがいつまでも響き続けていた。
しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

レベル1の時から育ててきたパーティメンバーに裏切られて捨てられたが、俺はソロの方が本気出せるので問題はない

あつ犬
ファンタジー
王国最強のパーティメンバーを鍛え上げた、アサシンのアルマ・アルザラットはある日追放され、貯蓄もすべて奪われてしまう。 そんな折り、とある剣士の少女に助けを請われる。「パーティメンバーを助けてくれ」! 彼の人生が、動き出す。

防御力を下げる魔法しか使えなかった俺は勇者パーティから追放されたけど俺の魔法に強制脱衣の追加効果が発現したので世界中で畏怖の対象になりました

かにくくり
ファンタジー
 魔法使いクサナギは国王の命により勇者パーティの一員として魔獣討伐の任務を続けていた。  しかし相手の防御力を下げる魔法しか使う事ができないクサナギは仲間達からお荷物扱いをされてパーティから追放されてしまう。  しかし勇者達は今までクサナギの魔法で魔物の防御力が下がっていたおかげで楽に戦えていたという事実に全く気付いていなかった。  勇者パーティが没落していく中、クサナギは追放された地で彼の本当の力を知る新たな仲間を加えて一大勢力を築いていく。  そして防御力を下げるだけだったクサナギの魔法はいつしか次のステップに進化していた。  相手の身に着けている物を強制的に剥ぎ取るという究極の魔法を習得したクサナギの前に立ち向かえる者は誰ひとりいなかった。 ※小説家になろうにも掲載しています。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

自分が作ったSSSランクパーティから追放されたおっさんは、自分の幸せを求めて彷徨い歩く。〜十数年酷使した体は最強になっていたようです〜

ねっとり
ファンタジー
世界一強いと言われているSSSランクの冒険者パーティ。 その一員であるケイド。 スーパーサブとしてずっと同行していたが、パーティメンバーからはただのパシリとして使われていた。 戦闘は役立たず。荷物持ちにしかならないお荷物だと。 それでも彼はこのパーティでやって来ていた。 彼がスカウトしたメンバーと一緒に冒険をしたかったからだ。 ある日仲間のミスをケイドのせいにされ、そのままパーティを追い出される。 途方にくれ、なんの目的も持たずにふらふらする日々。 だが、彼自身が気付いていない能力があった。 ずっと荷物持ちやパシリをして来たケイドは、筋力も敏捷も凄まじく成長していた。 その事実をとあるきっかけで知り、喜んだ。 自分は戦闘もできる。 もう荷物持ちだけではないのだと。 見捨てられたパーティがどうなろうと知ったこっちゃない。 むしろもう自分を卑下する必要もない。 我慢しなくていいのだ。 ケイドは自分の幸せを探すために旅へと出る。 ※小説家になろう様でも連載中

竜騎士の俺は勇者達によって無能者とされて王国から追放されました、俺にこんな事をしてきた勇者達はしっかりお返しをしてやります

しまうま弁当
ファンタジー
ホルキス王家に仕えていた竜騎士のジャンはある日大勇者クレシーと大賢者ラズバーによって追放を言い渡されたのだった。 納得できないジャンは必死に勇者クレシーに訴えたが、ジャンの意見は聞き入れられずにそのまま国外追放となってしまう。 ジャンは必ずクレシーとラズバーにこのお返しをすると誓ったのだった。 そしてジャンは国外にでるために国境の町カリーナに向かったのだが、国境の町カリーナが攻撃されてジャンも巻き込まれてしまったのだった。 竜騎士ジャンの無双活劇が今始まります。

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜

サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」 孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。 淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。 だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。 1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。 スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。 それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。 それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。 増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。 一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。 冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。 これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。

最上級のパーティで最底辺の扱いを受けていたDランク錬金術師は新パーティで成り上がるようです(完)

みかん畑
ファンタジー
最上級のパーティで『荷物持ち』と嘲笑されていた僕は、パーティからクビを宣告されて抜けることにした。 在籍中は僕が色々肩代わりしてたけど、僕を荷物持ち扱いするくらい優秀な仲間たちなので、抜けても問題はないと思ってます。

処理中です...