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「いやそれは……彼女もあれで可哀想なんだ、僕がいてやらないと家に居場所なんてなくて。父上はともかく母上はロアンナのことを無視するし、見ていないところでメイド長から虐められていたらしくて。だからつい彼女を連れてきてしまったんだ。なのに今更送り返すなんて、そんな残酷なことできないよ。君だって鬼じゃないだろう?」

 ……ああ、これはだ。

 もはやその段階ではないというのに、ことここに至って嘘か本当か分からない事情で私の同情を買おうとするばかりか、過ちを犯した身分でありながら片方を切り捨てる決断もせずにあわよくば二兎を得ようとまでするマッディのずるい対応で悟る。

 彼の心にやはり私はいないのだと。

「それなら、仕方ないわね」

「そう、仕方ないんだよ!」
 
 そっとマッディの肩を押し、互いの体を離す。

 答えはもう決まっていた。

「なら――私たちはもう別れましょう」

 誤解を招く余地がないよう、努めて冷静な態度で彼に別れ話をきり出す。

「えっ、どうして急に⁉」

 マッディは驚いた表情を浮かべたが、まさか私が彼の申し出を受け入れると本気で思っていたのだろうか。

 もしそうだとするならばどれだけ侮られていたのか。人を馬鹿にするのも大概にしてほしい。

「急ではないわ。前々から頭の片隅によぎってはいたけれどあえて考えないようにしていただけ。でも今の貴方の言動によってついに決心したわ」

「アンティーラ、君はそんなにロアンナのことが嫌なのかい⁉ 分かったよ、なら彼女は実家に送り返す、だから別れるなんて言わないでおくれ!」

 卑怯としか言いようがない。

 どうしてそうやって私に否を押し付けるような言い方ばかりするのか。

「彼女には向こうに居場所がないのでしょう? だったら貴方が責任をもって守ってあげないと。私なら大丈夫、一人でだって生きていけるから。だけどなんの後ろ盾もない彼女にはきっと貴方が必要よ」

「いやでも、僕にとっては君の方が大切で――」

「私が大切? ならどうして彼女に手を出したりなんてしたの。貴方が最初から浮気なんてしないでそのことを相談してくれればまだ信じられた。だけど、もう遅い。今の貴方はしょせん中途半端なの。都合のいい浮気相手を失いたくなければ、私との政略結婚も反故にしたくない。そんなのが通るわけないでしょう?」

「だからどちらか一方なら君の方を選んで……」

「それこそ今更で最低な選択よ。私に別れを切り出されたからしぶしぶ選んだだけじゃない。でも彼女から一歩的に好意を寄せられていただけならまだしも、不貞行為を介して相手に勘違いさせてしまったのだから、最後までその責任を取るべきだわ。なにより、私だってこれ以上浅慮な貴方に裏切られるのはまっぴらごめんよ」

 きっぱりと自分の意志を伝える。

 これまでのことを振り返ってみると、ずっと私はマッディに裏切られ続けてきたわけだ。

 そしておそらく、今ここで彼とやり直す選択をしたところで今後も同じことを繰り返されることだろう。その度に心を傷つけられるのかと思うとゾッとする。

 だからもういい加減すべてを精算したいというのが嘘偽りのない本音だった。

「…………だ」

 しかし私からの婚約解消宣言を聞いてしばらく放心していたマッディだが、

「嫌だ……僕は君と別れない」

 その言葉だけをなんとか絞り出す。

「子供じみたワガママを言わないで。私の決意は既に固いわ。残念だけど貴方とやり直したいとは思えない」

「――い、嫌だ嫌だ嫌だ、嫌だったら嫌だ、僕は絶対、ぜぇーったいに君とは別れないっ! そそそうだ、なら君と僕が初めて会ったあの思い出の湖畔でデートしよう! そうすればきっと考えも変わるよ、うんそうしよう!」

 なんだか悲しくなる。

 私はこんな情けない彼のどこに惹かれていたのだろうか。

 人間というのはどうやら呆れ果てると怒りよりもまず最初に哀れみが湧いてくるものらしい。

「……分かったわ、それで貴方の気が済むなら。もう一度あの場所に行きましょう」

「ホント? 約束だよ! やったぁ明日は楽しみだなぁ。頑張って君のさっきの発言を撤回させてみせるから期待してね!」

「マッディ……」

 彼の名を呼ぶ声は自分でも分かるほど悲壮感に満ちていて。

 もしこれが他人事であればあまりのいたたまれなさに思わず目をそらしていたことだろう。

 だけど目の前の彼にはこちらの心情など知る由もなく、デートだデートだと無邪気にはしゃいでいる姿がことさら残念に思わせた。
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