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(※マッディ視点です)

 明日アンティーラと仲直りデートの約束を取り付けてすぐに、僕は自分の侍従であるロアンナの部屋に向かっていた。

 アンティーラの目もありお互いの部屋が離れてはいるが、同じ屋敷に住んでいるのだから行き来することは容易だった。

「――ロアンナ、いるか!」

 勢いそのままに部屋を訪れた僕に対し、なにも知らないは喜色満面の笑みを浮かべながら主人を歓迎した。

「まあマディ様ったらどうかされましたか、そのように怖いお顔を浮かべられ――」

 最後まで言い切る前に平手を見舞う。バチンと乾いた音がして、叩いた僕の手のひらがじわりと痛んだ。ああくそ、余計にイライラさせられる。

「お前、アンティーラに僕たちの関係をバラしたそうだな? しかもお前の独断で彼女にいらないお節介まで働いたと聞いているが」

 叩かれた頬を無意識に抑えたロアンナはなにが起こったのか分からない様子で目をただ見開いている。

 そんな彼女の髪を引っ張って無理やり僕の目の前まで顔を近づけさせるとそこでようやく理解が追いついたのか、消え入りそうな声でボソボソと先ほどの質問の返答をする。

「え、ええ、マディ様の代わりにわたしの方からアンティーラさんに婚約解消を迫りました……。その、わたしを含めた三人の将来のために良かれと思って……」

「なんてことをしてくれたんだこのグズ、お前のせいで僕の計画が台無しだ! こっちはただ遊びのつもりだったのに、お前ときたらそれを本気にして勝手に先走りやがって……っ!」

「あ、遊びのつもり……?」

 僕がなじると、ロアンナはひどく驚いた表情を浮かべた。

 ……なんだその顔は、まさか本当に自分こそが本命で、主人に寵愛を注がれているものだとでも思っていたのかこの女は。

 本人は思い違いをしているようだが見てくれが僕の好みなだけで、それ以外に価値はない。

 だからこそ当時父上に頼んで自分の侍従として召し抱えてやったのに、恩を仇で返しやがって!

「なんのためにまでしてアンティーラに取り入ったと思っている⁉ それもこれもすべては僕の将来のためだ! 生まれついて勝ち組の貴族とはいえしょせんは次男坊、つまり家を引き継ぐ可能性は低い。そうなると騎士になったり働いたりしなきゃならないんだよ! だからてっとり早く楽して暮らすためにどこかの金持ちで家格の高い貴族令嬢と政略結婚するしかないってのに!」

 怒りのあまりつい言わなくていいことまで口にしてしまう。

 だがどうせ聞いているのはこいつだけだし問題ないだろう。

「もういい、お前との関係もこれで終わりだ」

 公然と手出しできる下賤な生まれの女を手放すのは惜しいが、流石に色々とアンティーラに露見してしまった以上は捨てざるを得ない。

 これから誤解を説いて元さやに戻るべく全力で彼女に媚びないといけないのだから、そうなるとこっちのお古は邪魔になるだけだ。

 まあ実家に送り返したところでこいつの居場所がないのは本当だ、なにせロアンナは我が家公認で僕専用のなのだからな。

 ただそんな扱いの奴のせいで、万が一にも僕とアンティーラが婚約が破談にでもなったりしたらどうなるかは想像に難くない。

 まあそんなのは知ったことではないが。

 しかしそんな僕の思惑は、ロアンナの次の言葉によって遮られることとなる。

「えっ、で、ですが私のお腹にいるはどうなるのですか?」

 ……は?

「お腹の子ってどういう意味だ?」

「できたんです、赤ちゃん」

「なんだと……」

 突然の告白に今度はこちらが驚かされる。

 だが、そんなはずはない。

 確かにロアンナのことはアンティーラの代わりに何度も抱いたが、もちろんこいつとの間に子を設けるつもりはなく、貴族が火遊びに使う避妊薬をきちんと飲ませていた。

 まさか効果がなかった? または薬を飲む振りをしてひそかに妊娠を狙っていたのか?

 ちっ、腹が膨らんでないからまったく気が付かなかったぞ。

 いや、そんなことはどうでもいい!

「妊娠のことはアンティーラには?」

「……言ってませんよ。マディ様に一番にお伝えしたかったもの」

 そうか、ならまだチャンスがあるな。

 もしこのことをアンティーラに知られていたらそれこそ婚約解消だと激怒されていただろうが、これならなんとでもごまかせる。

 彼女はまさしく僕の理想の女性なのだ。聡明で美しい伯爵令嬢でありながら、なんと将来家督を継ぐ気でいる。つまり婿を欲しているわけで、僕の置かれた状況と照らし合わせるとまさにうってつけの優良物件だ。絶対に逃してなるものか。

「……怒鳴ったりして悪かったねロアンナ。僕も少し気が立っていたようだ。そうか、僕の子どもか。分かった、なら覚悟を決めないとね。父上と母上には僕の方から説明するよ。おそらく結婚を認めてもらうためには今の身分を捨てて君と同じ平民になるしかないだろうけど、それでもついてきてくれるかい?」

「……! ええ、ええマディ様! わたしはどこまでも愛するあなたについていきます!」

 我ながらよくもまあツラツラと思ってもいない空虚な言葉が出てくるものだと感心する。

 責任? そんなもの当然取るわけないだろう。なんのために身寄りがいない孤児を侍従にしたと思っているんだ、そんなのは後腐れもなく掃いて捨てることができるからに決まっているだろう。

 ふふ、それにしても幸せそうな顔をして本当に馬鹿な女だなぁ。

 僕の決めた覚悟がどういう類のものかも知らずにさぁ。

 だが今はその愚かしさがすこぶる愛おしいよ、ロアンナ。望まない妊娠をさせてしまったはきちんと取るからね。
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