7 / 16
07
しおりを挟む
(※マッディ視点です)
明日アンティーラと仲直りデートの約束を取り付けてすぐに、僕は自分の侍従であるロアンナの部屋に向かっていた。
アンティーラの目もありお互いの部屋が離れてはいるが、同じ屋敷に住んでいるのだから行き来することは容易だった。
「――ロアンナ、いるか!」
勢いそのままに部屋を訪れた僕に対し、なにも知らないバカ女は喜色満面の笑みを浮かべながら主人を歓迎した。
「まあマディ様ったらどうかされましたか、そのように怖いお顔を浮かべられ――」
最後まで言い切る前に平手を見舞う。バチンと乾いた音がして、叩いた僕の手のひらがじわりと痛んだ。ああくそ、余計にイライラさせられる。
「お前、アンティーラに僕たちの関係をバラしたそうだな? しかもお前の独断で彼女にいらないお節介まで働いたと聞いているが」
叩かれた頬を無意識に抑えたロアンナはなにが起こったのか分からない様子で目をただ見開いている。
そんな彼女の髪を引っ張って無理やり僕の目の前まで顔を近づけさせるとそこでようやく理解が追いついたのか、消え入りそうな声でボソボソと先ほどの質問の返答をする。
「え、ええ、マディ様の代わりにわたしの方からアンティーラさんに婚約解消を迫りました……。その、わたしを含めた三人の将来のために良かれと思って……」
「なんてことをしてくれたんだこのグズ、お前のせいで僕の計画が台無しだ! こっちはただ遊びのつもりだったのに、お前ときたらそれを本気にして勝手に先走りやがって……っ!」
「あ、遊びのつもり……?」
僕がなじると、ロアンナはひどく驚いた表情を浮かべた。
……なんだその顔は、まさか本当に自分こそが本命で、主人に寵愛を注がれているものだとでも思っていたのかこの女は。
本人は思い違いをしているようだが見てくれが僕の好みなだけで、それ以外に価値はない。
だからこそ当時父上に頼んで自分の侍従として召し抱えてやったのに、恩を仇で返しやがって!
「なんのために自作自演までしてアンティーラに取り入ったと思っている⁉ それもこれもすべては僕の将来のためだ! 生まれついて勝ち組の貴族とはいえしょせんは次男坊、つまり家を引き継ぐ可能性は低い。そうなると騎士になったり働いたりしなきゃならないんだよ! だからてっとり早く楽して暮らすためにどこかの金持ちで家格の高い貴族令嬢と政略結婚するしかないってのに!」
怒りのあまりつい言わなくていいことまで口にしてしまう。
だがどうせ聞いているのはこいつだけだし問題ないだろう。
「もういい、お前との関係もこれで終わりだ」
公然と手出しできる下賤な生まれの女を手放すのは惜しいが、流石に色々とアンティーラに露見してしまった以上は捨てざるを得ない。
これから誤解を説いて元さやに戻るべく全力で彼女に媚びないといけないのだから、そうなるとこっちのお古は邪魔になるだけだ。
まあ実家に送り返したところでこいつの居場所がないのは本当だ、なにせロアンナは我が家公認で僕専用の性欲処理係なのだからな。
ただそんな扱いの奴のせいで、万が一にも僕とアンティーラが婚約が破談にでもなったりしたらどうなるかは想像に難くない。
まあそんなのは知ったことではないが。
しかしそんな僕の思惑は、ロアンナの次の言葉によって遮られることとなる。
「えっ、で、ですが私のお腹にいる子はどうなるのですか?」
……は?
「お腹の子ってどういう意味だ?」
「できたんです、赤ちゃん」
「なんだと……」
突然の告白に今度はこちらが驚かされる。
だが、そんなはずはない。
確かにロアンナのことはアンティーラの代わりに何度も抱いたが、もちろんこいつとの間に子を設けるつもりはなく、貴族が火遊びに使う避妊薬をきちんと飲ませていた。
まさか効果がなかった? または薬を飲む振りをしてひそかに妊娠を狙っていたのか?
ちっ、腹が膨らんでないからまったく気が付かなかったぞ。
いや、そんなことはどうでもいい!
「妊娠のことはアンティーラには?」
「……言ってませんよ。マディ様に一番にお伝えしたかったもの」
そうか、ならまだチャンスがあるな。
もしこのことをアンティーラに知られていたらそれこそ婚約解消だと激怒されていただろうが、これならなんとでもごまかせる。
彼女はまさしく僕の理想の女性なのだ。聡明で美しい伯爵令嬢でありながら、なんと将来家督を継ぐ気でいる。つまり婿を欲しているわけで、僕の置かれた状況と照らし合わせるとまさにうってつけの優良物件だ。絶対に逃してなるものか。
「……怒鳴ったりして悪かったねロアンナ。僕も少し気が立っていたようだ。そうか、僕の子どもか。分かった、なら覚悟を決めないとね。父上と母上には僕の方から説明するよ。おそらく結婚を認めてもらうためには今の身分を捨てて君と同じ平民になるしかないだろうけど、それでもついてきてくれるかい?」
「……! ええ、ええマディ様! わたしはどこまでも愛するあなたについていきます!」
我ながらよくもまあツラツラと思ってもいない空虚な言葉が出てくるものだと感心する。
責任? そんなもの当然取るわけないだろう。なんのために身寄りがいない孤児を侍従にしたと思っているんだ、そんなのは後腐れもなく掃いて捨てることができるからに決まっているだろう。
ふふ、それにしても幸せそうな顔をして本当に馬鹿な女だなぁ。
僕の決めた覚悟がどういう類のものかも知らずにさぁ。
だが今はその愚かしさがすこぶる愛おしいよ、ロアンナ。望まない妊娠をさせてしまった責任はきちんと取るからね。
明日アンティーラと仲直りデートの約束を取り付けてすぐに、僕は自分の侍従であるロアンナの部屋に向かっていた。
アンティーラの目もありお互いの部屋が離れてはいるが、同じ屋敷に住んでいるのだから行き来することは容易だった。
「――ロアンナ、いるか!」
勢いそのままに部屋を訪れた僕に対し、なにも知らないバカ女は喜色満面の笑みを浮かべながら主人を歓迎した。
「まあマディ様ったらどうかされましたか、そのように怖いお顔を浮かべられ――」
最後まで言い切る前に平手を見舞う。バチンと乾いた音がして、叩いた僕の手のひらがじわりと痛んだ。ああくそ、余計にイライラさせられる。
「お前、アンティーラに僕たちの関係をバラしたそうだな? しかもお前の独断で彼女にいらないお節介まで働いたと聞いているが」
叩かれた頬を無意識に抑えたロアンナはなにが起こったのか分からない様子で目をただ見開いている。
そんな彼女の髪を引っ張って無理やり僕の目の前まで顔を近づけさせるとそこでようやく理解が追いついたのか、消え入りそうな声でボソボソと先ほどの質問の返答をする。
「え、ええ、マディ様の代わりにわたしの方からアンティーラさんに婚約解消を迫りました……。その、わたしを含めた三人の将来のために良かれと思って……」
「なんてことをしてくれたんだこのグズ、お前のせいで僕の計画が台無しだ! こっちはただ遊びのつもりだったのに、お前ときたらそれを本気にして勝手に先走りやがって……っ!」
「あ、遊びのつもり……?」
僕がなじると、ロアンナはひどく驚いた表情を浮かべた。
……なんだその顔は、まさか本当に自分こそが本命で、主人に寵愛を注がれているものだとでも思っていたのかこの女は。
本人は思い違いをしているようだが見てくれが僕の好みなだけで、それ以外に価値はない。
だからこそ当時父上に頼んで自分の侍従として召し抱えてやったのに、恩を仇で返しやがって!
「なんのために自作自演までしてアンティーラに取り入ったと思っている⁉ それもこれもすべては僕の将来のためだ! 生まれついて勝ち組の貴族とはいえしょせんは次男坊、つまり家を引き継ぐ可能性は低い。そうなると騎士になったり働いたりしなきゃならないんだよ! だからてっとり早く楽して暮らすためにどこかの金持ちで家格の高い貴族令嬢と政略結婚するしかないってのに!」
怒りのあまりつい言わなくていいことまで口にしてしまう。
だがどうせ聞いているのはこいつだけだし問題ないだろう。
「もういい、お前との関係もこれで終わりだ」
公然と手出しできる下賤な生まれの女を手放すのは惜しいが、流石に色々とアンティーラに露見してしまった以上は捨てざるを得ない。
これから誤解を説いて元さやに戻るべく全力で彼女に媚びないといけないのだから、そうなるとこっちのお古は邪魔になるだけだ。
まあ実家に送り返したところでこいつの居場所がないのは本当だ、なにせロアンナは我が家公認で僕専用の性欲処理係なのだからな。
ただそんな扱いの奴のせいで、万が一にも僕とアンティーラが婚約が破談にでもなったりしたらどうなるかは想像に難くない。
まあそんなのは知ったことではないが。
しかしそんな僕の思惑は、ロアンナの次の言葉によって遮られることとなる。
「えっ、で、ですが私のお腹にいる子はどうなるのですか?」
……は?
「お腹の子ってどういう意味だ?」
「できたんです、赤ちゃん」
「なんだと……」
突然の告白に今度はこちらが驚かされる。
だが、そんなはずはない。
確かにロアンナのことはアンティーラの代わりに何度も抱いたが、もちろんこいつとの間に子を設けるつもりはなく、貴族が火遊びに使う避妊薬をきちんと飲ませていた。
まさか効果がなかった? または薬を飲む振りをしてひそかに妊娠を狙っていたのか?
ちっ、腹が膨らんでないからまったく気が付かなかったぞ。
いや、そんなことはどうでもいい!
「妊娠のことはアンティーラには?」
「……言ってませんよ。マディ様に一番にお伝えしたかったもの」
そうか、ならまだチャンスがあるな。
もしこのことをアンティーラに知られていたらそれこそ婚約解消だと激怒されていただろうが、これならなんとでもごまかせる。
彼女はまさしく僕の理想の女性なのだ。聡明で美しい伯爵令嬢でありながら、なんと将来家督を継ぐ気でいる。つまり婿を欲しているわけで、僕の置かれた状況と照らし合わせるとまさにうってつけの優良物件だ。絶対に逃してなるものか。
「……怒鳴ったりして悪かったねロアンナ。僕も少し気が立っていたようだ。そうか、僕の子どもか。分かった、なら覚悟を決めないとね。父上と母上には僕の方から説明するよ。おそらく結婚を認めてもらうためには今の身分を捨てて君と同じ平民になるしかないだろうけど、それでもついてきてくれるかい?」
「……! ええ、ええマディ様! わたしはどこまでも愛するあなたについていきます!」
我ながらよくもまあツラツラと思ってもいない空虚な言葉が出てくるものだと感心する。
責任? そんなもの当然取るわけないだろう。なんのために身寄りがいない孤児を侍従にしたと思っているんだ、そんなのは後腐れもなく掃いて捨てることができるからに決まっているだろう。
ふふ、それにしても幸せそうな顔をして本当に馬鹿な女だなぁ。
僕の決めた覚悟がどういう類のものかも知らずにさぁ。
だが今はその愚かしさがすこぶる愛おしいよ、ロアンナ。望まない妊娠をさせてしまった責任はきちんと取るからね。
127
お気に入りに追加
308
あなたにおすすめの小説

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて
ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」
お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。
綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。
今はもう、私に微笑みかける事はありません。
貴方の笑顔は別の方のもの。
私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。
私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。
ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか?
―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。
※ゆるゆる設定です。
※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」
※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド

あなたのことなんて、もうどうでもいいです
もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。
元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】真実の愛だと称賛され、二人は別れられなくなりました
紫崎 藍華
恋愛
ヘレンは婚約者のティルソンから、面白みのない女だと言われて婚約解消を告げられた。
ティルソンは幼馴染のカトリーナが本命だったのだ。
ティルソンとカトリーナの愛は真実の愛だと貴族たちは賞賛した。
貴族たちにとって二人が真実の愛を貫くのか、それとも破滅へ向かうのか、面白ければどちらでも良かった。

それは立派な『不正行為』だ!
柊
恋愛
宮廷治癒師を目指すオリビア・ガーディナー。宮廷騎士団を目指す幼馴染ノエル・スコフィールドと試験前に少々ナーバスな気分になっていたところに、男たちに囲まれたエミリー・ハイドがやってくる。多人数をあっという間に治す治癒能力を持っている彼女を男たちは褒めたたえるが、オリビアは複雑な気分で……。
※小説家になろう、pixiv、カクヨムにも同じものを投稿しています。


優しく微笑んでくれる婚約者を手放した後悔
しゃーりん
恋愛
エルネストは12歳の時、2歳年下のオリビアと婚約した。
彼女は大人しく、エルネストの話をニコニコと聞いて相槌をうってくれる優しい子だった。
そんな彼女との穏やかな時間が好きだった。
なのに、学園に入ってからの俺は周りに影響されてしまったり、令嬢と親しくなってしまった。
その令嬢と結婚するためにオリビアとの婚約を解消してしまったことを後悔する男のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる