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彰、三神の目的を知る。

5 エリザベータ、三神へ奇襲する。

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 トール達のいる部屋から離れた城の一室に、数人の子ども達と大人がいた。彼等は部屋から聞こえた地鳴りに驚き、警戒する。

「今のは?」
「賊かもしれません。二つ程、魔力を感じます」

 翡翠色の漢服を着た黒髪の青年は、地鳴りがした方向を心配そうに見た。

 確か、ロキの妻となる人間がやって来た話を聞いていて、今日は夫との初顔合わせだった筈。
 何が起こったのか?
 彼に何かあっても大丈夫だと思うが妻として連れて来られるた人間は大丈夫か気になる。

 彼が案じている事を察したのは、美しい銀色の髪を顎で揃えた青年だ。

「お母様、私が見て来ましょう」

 銀髪の青年はそう言うと、自らの武器である剣を腰に装備し部屋を出ようとするが、黒髪の青年が彼に声をかけた。

「待って、マグニ。彼なら大丈夫だよ。それよりも私は貴方が無理をしないか心配です」

 黒髪の青年・ミシェルは、目の前の銀髪の青年を心配そうに見つめる。お母様と呼んだ黒髪の青年は、300年前に父と夫婦になった方だ。自分はその第一子で、兄弟達の中で父と容姿も神力も一番似ていると言われている。

「ご心配ありがとうございます、お母様。ですが、私も成人した身。父上をお守りできる立場にあり、必ず賊を仕留めて参ります」

 それに・・・と、彼は自分を心配する母から視線を外し、歳の近い弟達に視線を移した。

「モージやスルーズもいます。二人とも私と同様に父上やオーディン殿、ロキ殿に手解きを受けました。私が不在でも、二人が弟達やお母様を守ってくれるでしょう」

 青年は安心するようにミシェルに微笑む。だがミシェルは、目の前の息子が夫と同様闘神の血を引いており、若いが故に戦闘になれば暴走させてしまう事も知っている。戦闘経験が不足している事への能力の制御不足がいずれこの青年を滅ぼすのではないかと心配しているのだ。

 マグニに言われ、歳が近い二人の弟達・モージとスルーズもミシェルに言った。

「大丈夫です、お母様。もし賊がこの部屋にやって来れば、私がスルーズと退治します。私達三人共手解きは受けていますので、負けるという事はあり得ません」

 モージが自信を持ってミシェルに言った。彼とスルーズは、髪の色が自分と似ている。しかし神力は長子であるマグニに及ばない。だがこの二人も闘神の血を引いている。いつしか暴走し自我を失くしてしまうかもしれない。

 自信を持って大丈夫という子ども達に根負けしたミシェルは、一度溜め息をつくとマグニと向き合う。

「分かりました。行って来なさい、マグニ。父上とオーディン殿、ロキ殿を頼みますね」
「承知致しました。お母様も、どうかご無事で。モージ、スルーズ。お母様と弟達を頼むね」
「もちろんです兄上」
「大丈夫!賊が来てもすぐに追い払ってしまいます!」
「頼もしい限りだ」

 マグニはそのまま部屋を退室し、父がいるという部屋へ向かう。
 息子が行った後、ミシェルは部屋の窓を見た。コキュートスの空は、いつも厚い雪雲に覆われている。この土地はずっと雪が降り続いている。この城の先にこの土地を統べる王ルシフェルの城がある。かの城は厚い氷に覆われており、氷上の大地と呼ばれる所以である。

 雪の降る外を見ながら、ミシェルは言った。

「『あの方』かな?」

 250年前、当初オーディンの妻として連れて来られた王族のユダという自分と同じ『魅惑の人』。その彼を連れ戻すため、夫と似た『あの方』が一度コキュートスに降りた時に鉢合わせた事がある。彼は淫魔王の弟子で、夫と同じ闘神の血を引いている方だ。
 『あの方』は夫と同じ美しさがあった。でもどこか『あの方』に誰かと重ねてしまっていた。それが誰なのか、もう自分は思い出す事はない。
 今回のロキの妻も『魅惑の人』だと夫から聞いている。だが彼はすでに『あの方』の下にいるのではないか。彼が、自分と同じ運命を辿らなければいいが。

「願わくば『あの方』が術を突破すると・・・」

 ミシェルは独り言のように、小さく呟いた。




*   *   *



 肩出しの白いレオタードから浮かび上がる豊満な乳房と引き締まった尻を、ランウェイを歩くモデルのように歩きながらエリザベータは部屋へ入った。

「折角アルちゃんに相応しいペットちゃんが見つかったというのに、よくも二人を引き裂くゲスい真似をしてくれたわねぇん。お覚悟は宜しくて?」

 顔を扇で添えながら爛々に輝く緋色の瞳を三人に見せつけたまま、エリザベータは自失した彰を抱えるトールを見据えた。

「お久しぶりぃん♡トール叔父様ぁ。以前とおーんなじ事やっちゃてぇ、今度はわらわとアルちゃんでこのお城を血の池地獄に変えて差し上げますわぁん♡」

 緋色の瞳から放たれる彼女の鋭い殺気を感じたロキとオーディンは、反射的に彼女に襲い掛かった。

「自惚れるな!下賤な淫魔の女が!」
「いや~ん♡わらわぁ、暴力反対ぃ♡」
「ロキ!この女を何としても仕留めるぞ!」

 ロキは弓矢を、オーディンは巨大な槍を出現させ、扇を添えて優雅に佇むエリザベータに襲いかかる。しかしエリザベータは微動だにせず、二人の武器を扇でサラリと優雅に交わした。交わされたオーディンの槍の刃先は床を突き、ロキは獲物を外した弓に居心地の悪さを感じた。

「なんだ今のは・・・」

 確実に息の根を止めるつもりでいたオーディンは、己の得物が彼女を捉えたと確信したが手応えがなく、空透かしになった事に不気味さを感じた。だが間髪入れず、エリザベータはオーディンの隣に佇む。

「あらん♡わらわは、こ・こ♡」
「こいつっ!」
「ロキ待てっ!」

 オーディンの制止を振り切り、ロキはエリザベータの姿を捉えるとすぐに弓矢を放った。すぐにオーディンは交わしたが、エリザベータの姿も消えていた。

「なんだアイツは・・・」

 矢に当たらず、姿も消したエリザベータにロキは苦虫を噛み潰したように顔を歪ませる。
 その様子を見ていたトールは、裸のまま自失している彰を抱えたまま二人に言った。

「彼女は幻惑の術者だ。二人共、彼女の気配を掴め。すぐに分かる筈」

 トールの指示に、オーディンとロキは彼女の気配を探る。すぐに二人は背後から扇で構えるエリザベータを見つけると、槍と矢を同時に放った。

「いやぁん♡」

 姿を見せたエリザベータは床に突き刺さる弓と槍を間一髪交わした。だが二つの武器から発する衝撃波が彼女の剥き出しの肩に擦過傷を与える。肩に付けられた傷を見て、エリザベータはトールに言った。

「叔父様ってばひどぉい♡わらわの術を教えるなんてぇ」
「君の香りはすぐに分かるからだよ。それよりも、アルカシスはどこだ?君一人で来たわけじゃないだろ」
「やぁん♡お察しぃ。アルちゃんがどこにいるかは、その子をわらわに渡してくれたら教えてあげるぅ」

 挑発するようにトールを煽るエリザベータは、自失する彰を見てある事に気づいた。

「ショウちゃんにも、貴方お得意の洗脳術をかけたのぉん?貴方も学ばない方ねぇん。以前の子はその術に精神を病んで自殺しちゃったんじゃなかったかしらん?仮にも貴方ご贔屓のロキの妻なら、少しは術を自重されては如何かしらぁん?」
「君達が淫魔界へ連れ帰ったからだろ?私の下にいれば決して起こらなかった事だ」
「それは自意識過剰というのではなくてぇ?日本には医療過誤といって、不必要な医療が患者を殺す事だってあるのぉん。貴方の術も、おんなじよぉ♡」
「口が減らないのは相変わらずだね、エリザベータ。女の君では私を殺す事もできず、闘神の地位にも就けない半端もの同然の君が私に楯突いてどうなると思うかい?」

 トールの問いに、エリザベータは表情を一変させ悔しそうに下唇を噛んだ。
 相変わらず、闘神の地位に驕る傲慢な男だ。

「さすがのわらわも本物の闘神様には勝てないわぁん。でもね、叔父様・・・」

 エリザベータのクスッと優雅に笑う仕草に何かを感じたトールは巨大なハンマーを取り出すと、ギィンッ!と鋭い金属音を背後で立てて自らの危機を脱した。

「あーら気づいちゃった。残念」
「随分と大胆になったじゃないか」

 トールの巨大なハンマーを大剣で交差させ、その人物は銀色の長い髪を揺らし緋色の瞳を爛々と輝かせハンマーを持つ彼を見据える。

「君が気配を消して背後から襲って来るなんてできるようになるなんて・・・だいぶ成長したね、アルカシス」

 アルカシスは大剣をハンマーから離すと、トールと距離を取り刃先を彼に向けて言った。

「お久しぶりです。トール叔父上。私のペットを渡して頂きます」
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