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拾◆池田屋事変
十一
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屯所の敷地の隅にある蔵。そこは牢獄だった。元々はただの蔵だったのが――いつしか捕えた者を拷問する為の牢獄となったのである。
蔵からは禍々しい気配が漂ってくる。中を覗けばそこはあまりにも暗い。本来光を通す筈の格子窓は、音すら通らないよう固く封じられ、灯りは外から持ち込まれた小さな蝋燭の火のみだった。――足を一歩踏み入れれば、こびり付いた血の匂いが鼻孔を刺激する。そんな蔵の薄暗い闇の奥からは、男の低い唸り声が響いていた。
「ぐ……ッ、うぅ……ッ」
二階から逆さ釣りにされ、手足の爪が全て剥がされた一人の男――この男こそ、今朝がた捕えられた長州間者の古高俊太郎である。顔には既に何度も殴られた形跡があり、胴や手足にもまだ新しい傷がいくつも付いていた。しかし、そのような拷問を受けようとも口を割らなかったであろう古高の足の甲には、土方の手によって今にも五寸釘が打ちつけられようとしている。
その傍らには、その様子を見つめる近藤の姿もあった。
「どうだ。そろそろ言う気にはならんか? いったいあの武器はどこから入手したものか」
近藤は据えた瞳で古高に尋ねる。けれど古高はそれに答えることなく「幕府の犬が」――と吐き捨てるのみ。それは、心底恨めし気な視線と共に。
だがそんな口を叩きつつも、彼にはその口調とは裏腹に、二人に抵抗出来る気力は既に殆ど残されていないようにも見えた。その証拠に、古高はそれ以上何かを口にすることなく、苦し気に顔を歪め瞼を下ろす。四、五時間は逆さづりにされている為か、頭に血が上り酷く気分が悪そうだ。
「こちらとて本当はこんな手荒な真似はしたくない。だが、吐かぬと言うなら致し方ない。――釘は……痛いぞ」
近藤はそう言って土方に合図を送る。その合図と共に、土方は金づちを振り上げた――その時だ。
「待ってください」
そんな声と共に、突然蔵の扉がぎぃ――と音を立てたかと思うと、蔵の中に一筋の光が差し込んだ。近藤と土方は驚きを隠せない様子で背後を振り向く。するとそこには、ここには居てはいけない筈の帝が立っていた。それも、帝ただ一人で。
その姿に、土方は真っ先に顔色を変える。
「なぜてめェがここにいる」
そう低く呟いて、彼は帝を睨みつけた。そう、土方は帝を呼びつけてなどいなかったのだ。つまり、先ほど帝が斎藤や沖田、そして千早に伝えた言葉は真っ赤な嘘だったのである。勿論、土方はそのやり取りを知る由もないが――。
「ここには入るなと言ってあった筈だが。――日向はどうした」
それは強い殺気だった。今まで古高に向けられていたその気配が、一瞬で帝に向けられる。
土方は日向を見張りに立たせていた。それなのに何故帝は扉を開けられたのか。――土方は凄むが、帝は怯むどころか平然と答える。
「本当に見張りのつもりなら、日向じゃなくて別の人間を使うべきでした」
「……」
この言葉に、土方はより一層眉をひそめた。そしてそれは近藤も同じだった。
「秋月君。ここは立ち入りを禁じている。命令違反者には罰を与えなければならないが」
――それはいつもの優しい近藤の言葉ではなかった。けれど内容は至極全うなものだ。この蔵には幹部にすら立ち入りを禁止している。それを破ったとなれば、罰を与えられても文句は言えない――が、そう言われてもなお、帝は表情一つ崩すことはなかった。彼は「勿論承知しています」と言いながら、蔵の扉をゆっくりと閉める。
そうして帝は、土方の右手に握られる金づちを見つめながら小さく口角を上げた。
「この前の俺の言葉を証明しに来たんですよ、土方さん」
「……」
――この前の言葉。
土方にその意味がわからない筈が無かった。千早が街で不定浪士らに襲われたあの事件のあった日――帝は土方と山南の前で自らの正体を告白したのだ。“自分は未来からの来訪者である”――と。
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