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拾◆池田屋事変

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 ――気づけば、部屋には私と沖田さんだけになっていた。斎藤さんもいつの間にかいなくなっている。

「あの……沖田さん? もしかして沖田さんは、本当は帝がどうして土方さんに呼ばれたのか知ってたり……しません、よね?」
 
 ――先ほどの帝の違和感たっぷりの態度。私の返答を待たずに、今までずっと避けていた沖田さんと会話を交わしたこと。その二点から、私は沖田さんにカマをかけた。……すると沖田さんは、不機嫌そうに私を見下ろす。

「僕が知るわけないでしょ」
 それは先ほどと打って変わって、見慣れた沖田さんの表情だった。機嫌の悪さを素直に表に出しているときの、沖田さんの顔……。
 それは決して嘘を言っている風ではない。

「そうですよね。すみません」
「別に。って言うかさ、やっぱりどう見たって秋月は僕を敵対視してるよね」
「――えっ」
「君も見てたでしょ、彼の顔――。公私混同どころの話じゃないよね、今の態度」
「……あ、……えーと」
「どう考えても、喧嘩を売ってるとしか思えない」
「……そんな、ことは」
 沖田さんはここに私達以外の誰もいないのをいいことに、思いのままに気持ちを吐露する。

「君だって本当は気付いてるでしょ。――言っとくけど僕、これでもかなり譲歩してるんだ。なのに秋月ときたら……。君には悪いけど、僕もこれ以上は我慢の限界だよ。これから長州とやり合おうってときに、あれじゃあ背中を任せられない。向こうが今後も態度を改めるつもりがないのなら、僕だってこれ以上は見過ごすわけにはいかないよ」
「……そんな」
 ――確かに沖田さんの言うとおりだ。確かに先ほどの帝の態度はお世辞にも良いとは言えなかった。それに、私は確かに以前沖田さんにこう伝えてしまっていたのだ。「帝は公私混同はしない人間です」――と。これではその言葉が嘘だったということになってしまう。

「……すみません。帝とは……後でちゃんと話しておきますから」
 どう答えるのが正解かわからず、私は帝の分まで謝罪する。けれど沖田さんは、私の言葉に更に苛立ちを深めたようだった。

「どうして君が謝るの」
 ――そう言って嘆息し、沖田さんは私に背中を向ける。不機嫌なオーラを全身から漂わせたまま、彼は広間から出て行こうとした。私はそんな沖田さんに対し、もはやどんな対応をしたらよいかわからず立ち尽くす。

 すると、縁側に出たところで沖田さんは足を止めてこちらを振り返った。

「何ぼさっとしてるの。行くよ、武器の捜索」
「――あ、はい」
 そうだった。私達は今から、奪取された武器の捜索に行くところだった。
 私が沖田さんの背中を追えば、彼はボソッと呟く。
 
「長州の奴ら、絶対にこの僕が捕まえてやる」
 その言葉の矛先は、既に帝から長州藩士へと変わっていた。そのことに、私は不謹慎にも安堵する。

 とにかく、今は武器の捜索が最優先だ。帝には、後でちゃんと話をしておこう。私は心の中でそう決めて、足早で進む沖田さんに遅れないように、その後を追いかけた。
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