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拾◆池田屋事変
十二
しおりを挟む勿論そんな言葉を、土方と山南がすぐに信じる筈はなかった。けれど、二人と出会ったときの見慣れない服装や、あまりにも流暢な異国の言葉、そして今の文化に不慣れすぎる行動や言動に、その言葉が嘘だと言い切ることも出来なかった。寧ろ、未来人と言われてしっくりくる程だった。
それにもしも帝のその言葉が真実だとしたら、帝や千早は過去に起こった出来事――つまり、これから起きることを知っているということになる。そしてそれは二人が最強のカード足り得ると共に、最悪のジョーカーにもなり得る危険な存在だということだ。
そのことに瞬時に気付いた土方と山南は、この先の未来を知る二人を上手く利用すれば、自分たち――つまり新選組、強いては幕府のいいようにことを運ぶことが出来るかもしれないと考えた。けれど同時に、もし協力を得られなければ、逆に身を亡ぼすことになるとも思った。何故なら今を生きる土方らが、二人が語る未来が「真実か嘘か」を見定める術はないのだから。嘘をつかれても知りようがない、かと言って他に渡してしまうわけにもいかない。それはあまりにも危険過ぎる存在――。
けれどだからと言って、すぐに殺してしまうわけにもいかなかった。未来から来た人間を殺してしまったら、それこそ一体何が起きるかわからないと考えたのだ。
そうして導き出された結論。それは、一先ず「保留」であった。けれど、何もせずにただ保留というわけではなかった。土方と山南の二人は帝にこう求めた。まずは、自分が未来から来たということを証明してみせろ、と。
そしてその答えが、「今」――という訳なのだろう。
「証明……ここでか?」
「はい。俺は確かに知ってます。……この古高って人のこと。まぁ、会うのは勿論これが初めてですけど」
帝はそう言いながら、蔵の中央へ足を進めた。そうして吊り下げられた古高の前で立ち止まる。
土方はそんな帝をじっと見つめ――また、近藤はそんな二人を訝し気に交互に見やった。
「……トシ? 一体これはどういうことだ」
近藤は、帝が「未来人」だと言うことは聞かされていないようである。
「……悪い。情報が不確かすぎて近藤さんには秘密にしてたんだが。……ま、ちょっと黙ってそこで見ててくれるか」
暗がりの中で、土方の眼光が鋭く揺れる。そのあまりにも真剣な眼差しに、近藤は小さく溜息をついた。そこから二、三歩後退し腕組みをする。どうやら土方の言う通りにするつもりなのだろう。
「――で、どうやって証明してくれるんだ」
土方はその薄い唇に、ニヤリと弧を描かせる。すると、帝もフッと微笑み返した。
そうして帝は、古高を冷ややかな眼で見上げる。――否、吊り下げられている古高を、見下ろす、と言った方が正しいかもしれない。
「古高さん」
帝が呼べば、古高はゆっくりと目を開いた。意識は朦朧としているようだが、帝の呼びかけに返事をするくらいは出来そうだ。
帝は続ける。
「俺、実は知ってるんです。あなたたち、暗殺計画を企てていますよね?――将軍、一橋慶喜公と京都守護職の松平容保の」
「――っ」
瞬間、古高の顔色が変わった。だが帝のこの発言に最も驚いたのは、古高でも土方でもなく、近藤勇であった。
「一体何を……」
近藤は土方の願い通り、この場を静観するつもりでいた。けれど帝の口から真っ先に飛び出たその言葉に、口を挟まずにはいられなかった。将軍らの暗殺を企てているという、その内容に。
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