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五◆京の都
十
しおりを挟む◇◇◇
「……沖田、さん?」
千早は驚いた。振り向いた先の沖田の姿に驚き、放心した。見たこともない沖田の切羽詰まった表情に、自分が皆とはぐれてしまったことすら忘れ、何か事件でも起こったのかと不安すら感じた。
「あ……えっと、あの……」
それは本当に予想外の出来事で、彼女はしばらく口をもごつかせる。何か言わなければと口を開くが、上手く言葉が出てこない。
だって、まさかここに沖田が現れるとは思っていなかったのだ。沖田が自分を見つけてくれるとは、露ほども予想していなかったのだ。
「――君」
沖田が呟く。肩を上下させ、額には大粒の汗を浮かべて。その瞳は鋭く細められ、自分の左腕を掴むその手の力はあまりにも強い。
「――っ」
怒られる、と千早は思った。けれど、沖田の口から出たのは予想外の言葉だった。
「……見つけた」
「……え」
「…………良かった」
そう呟いて、心底安心したように肺から深く息を吐き出す沖田。その姿に、千早は悟る。
沖田は本気で自分を探してくれていたのだ、と。「傍を離れるな」という言いつけを破ってしまった自分のことを、心の底から心配してくれていたのだと。
それはとても不思議な感覚だった。
嬉しい? 有り難い? ――いや、そんな簡単な言葉では言い表せない。そう、これはもっと圧倒的な……。
「……あ」
気付けば、知らぬ間に頬が濡れていた。そして、そんな自分のことを、沖田が呆けた顔で見つめていた。
「……ごめ、なさ……。私……」
不安だった。ずっと不安だった。この二週間、ずっとずっと不安で仕方がなかった。
帝は目覚めず、知る人は誰もいない状況で、慣れない環境で……自分の居場所なんて何処にもないと思っていた。誰も自分のことなど気にかけてくれないと……自分がいなくなっても、誰も困らないと、そう思っていた。
きっとそれは事実で、今でも何も変わっていなくて。
けれど、今初めて自分の存在が認められたような気がしたのだ。自分はここに居ていいと、そう言ってもらえたような気がしたのだ。
沖田の言葉にそんなに深い意味が無いとわかっていても、「良かった」と、見つかって良かったとそう言ってもらえたことが本当に嬉しかったのだ。
思わず、涙を流してしまうほどに――。
「ごめんね、怖かったよね」
沖田の手が、千早の頭をそっと撫でる。それはこの時代に来て初めての人のぬくもりで、千早はますます声を震わせた。
「……がう、……違うんです。――私」
――怖くなんてない、嬉しいんです。今すごく、嬉しいんです。
そう言いたいのに、伝えたいのに、どうしても上手く言えない。喉の奥から溢れ出る嗚咽にかき消され、何一つ言葉に出来ない。
泣かないって決めたのに、決めたのに――。
「――沖田さ……私……泣くつもり、なんて……」
「いいよ。泣いたっていいんだよ」
「――っ」
その声は本当に優しくて、優しすぎて、千早の涙は止まらなくなった。いつもなら絶対にこんなことはないのに、彼女は人目もはばからずわんわん泣いた。まるで子供のように。大勢の人が行き交う道の真ん中で――。
◇◇◇
結局その後、二人は斎藤らと合流することなく屯所に戻った。その道中、二人は一言もしゃべらなかった。
沖田は千早に、泣いた理由は尋ねなかったし、千早も自ら語ることはなかった。そして千早も、なぜ巡察を抜けてまで自分を探してくれたのかを、沖田に尋ねることはしなかった。
けれどそれでも、二人の距離は確実に近付いていた。決して交わらない筈の糸が、わずかに絡み合った瞬間だった。
――二人の背中に、春風が吹く。
偶然の起こした今日のこの出来事が、変化した二人の気持ちが、いずれ新選組に大きな荒波を引き起こすことになるのだが、二人はまだそれを知る由もなかった。
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