上 下
60 / 158
五◆京の都

十一

しおりを挟む

◇◇◇

 ――その日の夕餉も済んだ頃、沖田は土方の部屋に呼ばれていた。日は今より少し前に西の果てに沈み、空は紺色に染まっている。沖田は憂鬱な気分で土方の部屋の前で膝をつき、その名を呼んだ。するとすぐに、「入れ」と返事が返ってくる。

 沖田は戸を開ける前に「ふっ」と小さく息をはいて気合を入れなおした。自分の今の心の動揺を、土方に感じ取られてはいけないと思ったからだ。

 沖田が戸を開けると、土方の闇色の双眼がじろりと自分を睨みつけた。いやな目だ。けれど沖田はひるむことなく中に入って戸を閉める。そしていつものように軽口をたたいた。

「わかってますよ、巡察のことでしょう? 確かに僕の不手際ですけど彼女とはすぐに合流出来ましたし、何の問題も起こらなかったんですからそんな顔しないで下さいよ」

 土方は今日朝早くから出かけており、沖田らの巡察での騒動を知ったのはつい先ほど、夕餉でのことだった。騒動と言っても、喧嘩の仲裁を行ったことと、千早が隊からはぐれてしまったという他愛のない内容で、他の隊士たちは別段気にも留めていなかったので土方もその場は話を流した。が、これは詳しく聞いておかなければならないと、こうやって沖田を呼び出したのだ。

「総司、勘違いするな。俺が聞きてェのは、何故すぐ俺に報告しなかったのかってことだ」
「――!」
「百歩譲ってはぐれたのはしょうがねェ。だが、それを俺に言わねェとは一体どういう了見だ? まさかとは思うが――」
 土方の高圧的な言葉に、沖田は一瞬だけ瞳を揺らした。けれどすぐに微笑んで土方を見返す。

「やだなぁ、土方さん。ちゃんと報告するつもりでいましたよ。土方さんに呼ばれなくても僕の方から出向くつもりでいましたし」
「その言葉に嘘はねェな?」
「当たり前じゃないですか」
 沖田は笑みを深くする。

 ――そうだ、その言葉に嘘はない。
 実際のところ、沖田はちゃんと土方に報告する気でいた。巡察の最中に千早とはぐれてしまったこと。だがそれは自分の方に責任があったこと。合流した際、千早が大泣きしたこと……。

 だが、それをどうやって報告するべきか悩んでいたのだ。合流するまではいい。けれど、彼女があの時泣いた理由――それを、沖田は千早から聞き出せないままでいた。ただ不安だっただけかもしれない、安心して気が抜けただけかもしれない。でも、どうもそういう理由ではないような気がして、それ以上尋ねられなかったのだ。

 だが、沖田はわかっていた。きっと土方は、千早が泣いた理由になど興味はないだろう。土方が知りたいのはただ、佐倉千早という少女が“白”か“黒”か、それを見定めるための情報だけ。彼女の心境になど全く興味はないはずだ。だから、自分は起こった事件の顛末だけを話してしまえばいいはずだった。

 けれどそれが出来なかったのは、怖かったからだ。千早に不利になる情報を伝え、土方が千早を“黒”、もしくは“不要”な存在だと判断してしまうのが怖かった。

 千早が迷子になり、たった一人で半刻の時間単独行動をしていた事実と、その後の彼女の――土方からしたら――不可解にしか映らない態度によって、彼女に何か被害が及ぶのではと考えたら、ためらわずにはいられなかった。

 それに加えて沖田は、そんな風に考える自分自身にも困惑していた。今までならこんなことなかったのに。近藤や土方のことを一番に考えて行動してきたのに、と。それが揺らぎかけている自分が信じられず、狼狽えていた。

 ――けれどこの事実を、土方にだけは知られるわけにはいかない。それだけは絶対に駄目だ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

後悔と快感の中で

なつき
エッセイ・ノンフィクション
後悔してる私 快感に溺れてしまってる私 なつきの体験談かも知れないです もしもあの人達がこれを読んだらどうしよう もっと後悔して もっと溺れてしまうかも ※感想を聞かせてもらえたらうれしいです

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

人違いで同級生の女子にカンチョーしちゃった男の子の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

処理中です...