鬼精王

希彗まゆ

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最初の出逢い、その記憶

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架鞍くんの看病がきいたのか、次の日にはわたしは全快していた。

そして約束通り、架鞍くんと一緒に室内プールに行って泳ぎまくった。

ときどき架鞍くんが探るような視線を向けてきたけれど、わたしはわざと明るくふるまって、そしらぬふりをした。


夜になり、ようやく自分の部屋に戻ってひとりきりになる。

久し振りに健康的に身体を動かしたせいか、身体じゅうが心地よい疲れで満ちている。


「いっぱい泳いだ~、疲れた……早くお風呂に入って寝よう」


準備をし始めたが、気配を感じて振り向いた。男がいつの間にか、部屋の壁際に立っている。


「鬼精鬼……!」

「力を得てここまで入ってこれるようになった。【鬼精王】を呼んでも無駄だ、結界を張ったから気付きもしないだろう。例え気付いたとしても、邪魔は出来ない」

「なんの……邪魔、よ」


鬼精鬼がゆっくり歩み寄ってくる。わたしは足が竦んで、動くことが出来なかった。これも、【鬼精虫】が鬼精鬼に反応しているからだろうか。


「お前を抱く邪魔だ」


再び、公園での出会いの時のような噛み付くようなキスが降って来る。微かな牙がわたしの唇を切った。

鬼精鬼の手がわたしの服をいとも簡単に破って行く。


「いや……あ……っ!」

「お前の中の【鬼精虫】も、俺が抱けばそれだけ熟す」


両の胸を力強い手で揉みしだかれる。


「そんなふうな方法で好きな人とか手に入れてっ……楽しいっ!?」

「感じている時は素直に泣いてみるものだ」

「だ、誰がっ……っ」


鬼精鬼が、尖ったわたしの胸の先端を指でと舌を使って転がしてくる。


「ぁ、あ……っ」


目を瞑って涙を流し、少しだけ開いているそのわたしの唇に、鬼精鬼はそっと、触れるだけの優しいキスをした。目を開くと彼は、どうしてか切なげな表情をしていた。

その時、また、わたしの頭に何かがよぎる。

どくん、

(また、―――)

どくん、

(わたし……わたし、)


「苺……愛している。愛している……」


力強く抱き締めた、鬼精鬼の腕の中で。わたしは、尋ねた。


「鬼精鬼……あなたには、ちゃんと名前が……ある、よね?」


自分でも妙なことを言っていると分かっている。でも、そう思った。鬼精鬼は何も言わない。

どくん、

(あの優しいキス……わたし、覚えてる)

切なくて、愛しくて、優しげな、触れるだけの――キス。


「俺の……」


鬼精鬼はわたしを抱き締めたまま、低い声で囁く。どこか苦しげなのは何故だろう。


「俺の名前を呼べるとしたら、それはお前だけだ」


わたしは顔を上げ、鬼精鬼の顔を見る。また、同じ……キスが落ちる。


「俺の名を呼べばお前の中の【鬼精虫】も意味がなくなり、消える。お前が俺のものになることも、二度とないだろう」

「どうして……どうしてそんなに、自嘲的な笑い方、してるの……? 自分を傷つけようとしているみたい……」

「お前が得られないのならどうなってもいい」


わたしの胸が早鐘を打ち始める。この感覚も、どこかで覚えがある。

どこかで……どこで?


「教えて……好きな人を自分のものに出来なかった鬼精鬼は、どうなるの……?」

「力が激減し、【鬼精王】に封印されるだろう」

「好きな人が、自分のものになった、鬼精鬼、は……?」

「それは知らない。今まで例がない」


そして再度、同じキスを――。

どくん、


「…………、」


わたしは思わず、パチンと弾けたように頭に出現した「名前」を口に出していた。


「凛音」


声に出したとたん、思い出す。あの日……あの雨の日の、封印されていた「最初の出逢い」を。





雨の日の住宅街、真夜中。

それはわたしにとって忌まわしい初体験の直後だった。

痛みを堪えてそろそろと土砂降りの中を歩いていると……狭い路地から、呻き声が聞こえてきたのだ。

ちょっと恐いと思ったが、勇気を出して路地裏に入っていった。


路地裏はかなり暗いが、点滅する街灯で半裸の男が血塗れで倒れているのは分かった。


「!」


本当に……ひどい怪我だ。


「どうしたの……? 大丈夫……?」


男はわたしに気付いたのか気付かないのか。呻き声も息も、どんどん細くなっているようだ。

そっと、傷に触れてみる。素人でも分かる。


「ひどい怪我……救急車呼ぶから、」


男が初めて動き、わたしの手首を弱々しく掴んだ。見ると、顔を上げ、小さくかぶりを振っている。美形だったが、うっとりしている余裕はない。


「人に……知られたくない、とか……? でも、あ、じゃあ応急処置ならいいでしょ?」


確かこのすぐ近くに学校があったはずだ。門も夜もよく開いていて、物騒だと評判の高校が。

あの保健室で、応急処置だけでもして、落ち着かせよう。


「待ってて、今……」


そう言ってわたしは自分の服も血塗れになるのも構わずに、男に肩を貸した。男はぐったりしながらも、懸命に自分の足で歩いた。

そしてどうにかこうにかわたしたちは、高校の保健室に入り込んだのだ。


「門が今夜も開いてたのは良かったけど、電気が点かないなあ……」


言いながら、男をベッドに横たえる。わたしはそれから黙々と、自分が知る限りの応急処置を施していく。


「わたしの名前は苺。中原苺。あなたの名前は?」


一通り終わると、わたしは尋ねた。男は黙って、わたしの下手な応急処置の跡を見ていたが、真っ直ぐにわたしを見て言った。


「鬼精鬼。処女を餌食にして生きる咎だらけの男だ」

「え……?」


わたしは突然突拍子もないことを言い出した男に、目を見開いた。


鬼精鬼の棲む場所では、【鬼精仔】同士の争いが日々絶えないと言う。鬼精仔の中でも一番の位の地位にいる鬼精鬼は尚更狙いの的になる。なにしろ、鬼精鬼になれば好きなだけ処女を餌食に出来るのだから。

今夜は、珍しく、腹違いの兄弟達がしかけた罠に引っかかり、ひどい怪我のまま人間界に落ちてしまったのだという。


「お前がいなくては死んでいただろう。……だが、こんな人間の処置では鬼精仔から受けた傷は完治しない」


彼はわたしの手を引っ張り、ベッドに押し倒す。


「な……、」

「処女の精気を吸い取るのが一番だが、お前はまだ限りなく処女に近いようだ。治療させてもらうぞ」


言うと、服のボタンをひとつひとつ外し、露になった肌に口付けていく。


「や、な、なんでっ……」


泣きそうになったわたしは自分に愛撫をし、恐らくはそれによって精気を吸い取っている鬼精鬼の、自分の胸や腰を見つめている瞳を見た。

わたしは、抵抗するのをやめた。

それを不審に思ったのだろう、鬼精鬼がわたしを見る。

わたしは微笑んでいた。恐かったけれど、いまのこの人にはそうするべきだと思った。


「あなたの瞳、すごく哀しい色してる。きっと、その争いとかって、すごくつらくて哀しいことなんだろうね。あなた、心もすごくすごく傷ついてるんだね。本当のあなたはきっと、本当はすごく純粋なんだね」

「…………」

「いいよ、好きなだけ私から癒してあげられるものがあるなら、いっぱい吸って。いっぱい癒していいから、」


鬼精鬼はわたしを強く抱き締めた。耳朶を、首筋を、胸を、手と舌を使って本格的な愛撫を与えてくる。わたしは次々に襲ってくる快感に、次第に息を乱していく。暗い保健室の中、二人の息遣いとわたしの喘ぎ声だけが響き渡る。

わたしは惹かれていた。惹かれ始めていた。この正体不明の男に。哀しい瞳を持った男に。心臓がドキドキして、止まらない。息苦しいほどに。


「凛音」


荒い息の中のその声に、鬼精鬼は愛撫の手を止める。


「あなたの名前、ないんでしょ……? わたしが今、つけちゃった。あなたの名前、凛音。いつか輪廻する度に、あなたに幸福が訪れるように………」


鬼精鬼はじっとわたしを見下ろしていたが、そっと、初めてキスをした。切なく甘い、愛しげで優しい、キス……。

だんだんと、わたしの意識が朦朧としていく。


「お前の中にこの口付けで、【鬼精虫】を仕込んだ。そして同時に――俺とのことも全て忘れるように俺との記憶を封印した」

「ど、して……? やだ、忘れたく、ないっ……」

「お前を俺のものにするためだ。俺はお前を……」


愛してしまったから――。


その言葉を最後に、鬼精鬼との記憶はわたしの中から完全に消え、気がついた時にはまた、あの路地裏に傘をさして立っていた。服に血もついていないし、乱れてもいない。元のままだ。


そして、何も不思議に思わずに家に帰ったのだった。
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