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本当の出逢い
しおりを挟むすべてを思い出したいま、目の前の凜音の切ない笑顔が胸に痛いほどなつかしく、愛おしい。
ちいさく息を吐き出して、彼は言った。
「終わりだ。……だが、封印された後も俺はお前を愛している。永久に」
鬼精鬼……凛音は、哀しく切なく、しかし愛しげにわたしを見下ろし、背を向けた。
どうなるの……? 凛音はどうなるの……? 封印されて、それでもうずっと会えない……。
凛音は手を宙に伸ばす。おそらく自ら施した結界を解こうとしているのだろう。
わたし……わたしは、どうするの……? わたしは、どうしたいの……?
迷いは、一瞬だった。心が思い出したたったひとつの感情に、目を背けることなどできなかった。
「待って!」
わたしは駆け寄り、凛音の冷たい手を掴んだ。
「終わりじゃない。終わりなんかじゃない。わたし……わたし、凛音のこと愛してるの思い出した。今もそう、……愛してる、から……結界、解かないで……行かないで……」
しゃくりあげるわたしを見下ろす凛音は、ふっと優しい笑みに表情を変えた。
「今度こそ【最後まで】お前を抱くぞ。それでもいいのか」
わたしはこくん、と頷く。そんなの、聞かれるまでもない。
確認なんていらない。わたしだって、この人を愛していると思い出したのだから、抱かれることに躊躇なんてない。
──多少気恥ずかしくは、あるけれど。
わたしの服を脱がせながら、凛音は深くキスをする。激しく、情熱的な口付け。
ベッドに横たわり、凛音に耳を愛撫されながら、わたしは言った。
「もう離れないで……もう、どこにも行かないで」
「離さない。離せるわけがない。こんなに穢れた俺に名前をくれた、大切なお前を」
わたしは、覆い被さっている凛音をぎゅっと抱き締める。
「相変わらず、冷たい身体……でも、これからは私がずっと暖めてあげる。二人一緒なら、ずっとあったかいよね?」
「お前の身体は……あたたかい」
「っ、」
凛音の舌の愛撫に、胸の先端が尖っていく。彼の指は早くも濡れ始めた太股の奥を探り、花芽を探り当てる。
「あっ、!」
強く扱かれれば、わたしの感覚に軽い痛みと快感が同時にやって来る。
思わず膝を立てたわたしは、前触れもなく起き上がり、膝立ちになっている凛音の身体を抱き締める。
「どうした。恐くなったか」
「凛音のことも、愛してあげたい」
そして知る限りの愛撫を凛音の腰から上を、舌を使って与え始める。ちゅっと音を立ててくちづけを落とし、吸い上げる。
凛音もまた、わたしの身体に手を当て、舌と両方を使って快楽を与えていく。
凛音のほうが、数十倍も上手だ。喘ぎ声で喉が痛くなるほどにわたしは快感の波に呑み込まれる。
「苺……俺はずっとお前のことだけを考えていた。あの雨の日からずっと」
凛音の舌が、花芽に直接擦り付けられる。強く弱く、よりわたしの快びを呼び覚ますように舌は強弱をつける。
「ん、ああっ、……っ凛音、凛音」
「お前の中の【鬼精虫】は消滅した。でも俺は、これから自分がどうなっても構わない」
す、とわたしの身体を自分の身体の上に持って来る、凛音。
「お前の心が俺を受け入れてくれたのだから……!」
ズッ、と予告もなくわたしの花芯に灼熱のような凛音の大きな昂ぶりが奥まで入って来た。
「あっあ、!」
脈打つそれは、凜音の第二の心臓のように熱く、信じられないほどに大きい。けれどわたしの花芯もじゅうぶんに潤っているからか、その凜音の昂ぶりにあつらえたようにぴったりと、きゅうきゅうとしめつけている。
「苺……苺、愛している」
そう繰り返しながら、激しく腰を突き上げる凛音。揺さぶられながら、わたしもまた凛音の肩にしがみ付いた。
「わたしっ、わたしもっ、あ、愛してる、凛音っ……!」
凛音の動きはとてつもなく激しいのに、この身体全体に行き渡る程の快感はなんなのだろう。
腰使いも、絶妙だった。パンパンパン、と単調に抽送したかと思うと、入り口付近までふと引き抜いてはズッと勢いよく最奥までえぐってくる。わたしの腰をつかんで小刻みに奥のほうをつついたりもする。
わたしが絶頂に達するのに、そう時間はかからなかった。
「あっあ――っ!!!」
ぎゅうっとしめつけると凜音のモノも質量を増し、より一層奥のほうに打ち込みながらびくびくと震える。かと思うと彼もまた、わたしの中で異常に熱い精液を迸らせた。そうしながら、ゆっくりと腰の動きを弱めていく。
「、……、……」
わたしは荒い息をつく。凛音もまた、息を乱しながらわたしを抱き締めかけ……ふと目をみはった。凜音のその視線の先を辿り、わたしもまた、彼のその腕が透けていることに気がついた。
「凛音!」
こんなときだというのに。彼は、これ以上ないほどの、優しい笑みを浮かべている。
「どうやら俺は消えるらしい」
「いやっ! いやっ消えないで凛音っ!!」
しがみ付く凛音の身体が、どんどん透けていく。凛音の指が、額にトン、と当てられた。
「凛音……?」
「俺を覚えているとお前はつらくなる。お前の中から俺の記憶を再び、消す」
「やだ、いやだ、凛音っ! 消さないで、凛音の記憶を消さないで!! 覚えていたい、苦しくてもつらくてもいいから凛音のこと覚えていたい、凛音を愛してること忘れたくない……!!」
凛音の感触がなくなっていく。失われていく。わたしの中から、凛音の全てが消えようとしている。
最後に覚えているのは、凛音の、優しい優しい、微笑み――
「泣くな。お前は幸せにならなければならない。俺に愛されたのだから……」
「凛音ーっ!!!」
喉から血が出るかと思うほどわたしは叫んだが、バチンと頭が真っ白になり、ばたりとベッドに倒れ付した。
◇
【鬼精王Side】
禾牙魅たち三人が異変に気づき、ようやく苺の部屋に入ることができたときには、すべてが終わっていた。
禾牙魅が、切なげな表情をする。
「鬼精鬼もえらく強い結界を張ってくれたものだ」
「破るのにも一苦労だったね」
「で……あいつって結局消えちまったわけだろ?」
霞が苺をベッドにちゃんと横たえさせ、タオルケットをかけてやりながら言う。
「俺らが封印するまでもなくなったのは複雑だけどよ……遣る瀬無ぇよ」
「さて……それはどうかな」
「どういう意味?」
「なんだよ? 教えろよ禾牙魅」
「いや、俺も分からないが。ただ、何か……予感、がある。何かの予感が……」
そう不思議なことを言って禾牙魅は、天井を見上げた。
そのはるか真上にある、満月を見つめるかのように。
◇
【鬼精王Side】
一人の黒髪の長身の男が、雑踏の中を歩いている。瞳が日の加減によって紅く見えるのは気のせいだろうか。
街中で彼を見つめながら、霞と架鞍は禾牙魅に向けて口を開いた。
「なるほどね、お前の予感ってこういうことか」
「愛した女に愛された鬼精鬼は、人間になるなんて都合よすぎない?」
どこか嬉しげな禾牙魅は、実はこの三人の中で一番甘いのかもしない。
「愛し愛され、心も身体も繋がった、それで鬼精鬼の咎は一旦ではあるが赦されたわけだ。これからゆっくりと償っていくのだろうな」
霞と架鞍には、それがまだ納得いかないようだ。
「牙は消えてるけど……処女を餌食にする以外の力は残っちまってるようだなあ?」
「おまけに記憶もあるみたいだしね」
「苺ちゃんにはもう【鬼精虫】は退治して【鬼精鬼】も封印したって言って俺達は【鬼精界】に帰るっつって出てきたからいいけどなあ……苺ちゃんはもう【鬼精鬼】のこと忘れちまってんだろ? 結局悲劇じゃねーか。こんなことなら俺が苺ちゃんを幸せに……、」
「その必要はないみたいだよ」
架鞍もあきらめたふうに、肩をひょいとすくめる。
禾牙魅が少しだけ口角を上げた。
「霞。運命というものを信じるか?」
「あ?」
苺がウィンドウショッピングを楽しみながら、楽しそうに歩いて来る。まるで、なにか見えないものに導かれたかのように。
「なるほどね、そーいうことか。ま、苺ちゃんが幸せになれるなら俺はそれでいいや」
「ところで、本題忘れてない?」
「結局振り出しに戻ったな。【鬼精王】は当分の間、また俺達三人でやっていくしかないだろう。とりあえず次の【鬼精鬼】が現れないよう牽制を強くしなければな」
けれど霞は、ニヤッと悪戯っぽく笑う。
「そうでもないぜえ?」
禾牙魅が小首を傾げ、架鞍が「なんなの?」と尋ねると、霞は勢いよく言い放った。
「【鬼精界】に一番に帰り着いたヤツがたった一人の【鬼精王】だ! 俺が今そう決めた! お二人さん、おっさきー!」
「っ……そうはいかないよ」
「二人とも、こんな街中で空を飛ぶな――!」
◇
【苺Side】
「きゃっ!」
店の中の服に見惚れながら歩いていたわたしは、どん、と誰かにぶつかった。
「す、すみません!」
見上げると、何故か驚いた表情をした長身美形の男がわたしを見下ろしている。
わたしの胸が何故か、とくん、と音を立てた。
「あ、あの……失礼なこと聞いちゃって、いいですか」
「ああ」
彼はどうしてか、優しく微笑んでいる。
その笑顔に押されて、思い切って聞いてみた。
「どこかで……お会い、したことありません、か?」
「……いや」
ゆっくりと、彼は優しい笑顔のままで言う。
「これが初めてだ。そう……これが【本当の出逢い】なんだ……」
わたしは小首を傾げ……やがて、自分でも無意識のうちに聞いていた。
「わたしは、苺。中原苺。あなたの……あなたの、名前は……?」
「俺は凛音。涼風(すずかぜ)凛音……」
《End》
***********
【凜音編】完結です。これを持ちまして、「鬼精王」は完全完結となりました。
長い間、本当に長い間おつきあいくださった方々には、感謝してもし足りません。
本当に、本当にありがとうございました!
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