鬼精王

希彗まゆ

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花火と風邪(霞編)

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翌日、霞とのことがあったおかげで、わたしは格段に機嫌がよかった。その夜のご飯は大好物のちらし寿司だったから、なおさらだ。

昨日……霞に「待たない」って言われたことが、妙に嬉しくて……。イジワルだったけれど、それでも……気持ちが近づいたみたいで、幸せ。


「ごちそうさま! ちらし寿司美味しかった~!」

「喜んでもらえて嬉しいな~、お礼のキスは?」


すかさずタラシのような言葉を投げかけてくる霞は、スルーして立ち上がる。


「さー、お風呂でもはいろっかな」

「霞も懲りないね」


架鞍くんが相変わらず雑誌を眺めながら言う。それでも霞はめげない。


「苺ちゃん、キスのかわりにお風呂の前にいいことしない?」

「霞の【いいこと】って信用できない」

「これ、な~んだ」


霞は、花火セットを取り出してみせる。様々な花火が入った、豪華なセットだった。


「はなび!!」


たぶん今、わたしの目はキラキラ輝いているだろう。そんなわたしを見て、霞は言う。


「昨日、結局雨で花火中止になっちゃっただろ? だから、せめて庭でみんなでやろうかなって思ってさっき買ってきたんだ」

「【みんな】で?」


だるそうに言う架鞍くんと、


「俺は構わないが」


ソファから立ち上がる禾牙魅さん。


「架鞍くんやろうよ、みんなで花火、楽しいよ絶対!」


禾牙魅さんがからりとリビングの窓を開け、少し広めの庭を見る。


「芝生、と……あとは植物がけっこうあるな」

「蚊がいそうだよね……」


つぶやくわたしに、


「問題ないでしょ」


と架鞍くん。

霞が相槌を打った。


「そうそう、蚊なんて追い払う結界軽く作れるし」

「じゃあ、行こう!」


わたしたちは、玄関に向かった。

庭で花火なんて、久し振りだ。わたしは早速、はしゃぎながらやり始めた。

禾牙魅さんと架鞍くんは、見慣れない花火を物色したり、いじったりしている。霞が、お盆を持ってやってきた。


「麦茶とスイカだよ~、苺ちゃん、まだ食べられるでしょ?」

「うん! やっぱり花火には麦茶とスイカだよね!」


霞はわたしの隣に腰かけ、何か花火をごそごそしている。


「ところで苺ちゃん、スイカと梅干の食べ合わせが悪いって言われてるけど、本当だと思う?」

「え? えーと……」


急に質問されて、わたしは考える。


「迷信だと思うな。だって理由ハッキリ知らないし」


すると霞はニヤッと笑った。


「ハズレ。あのね、スイカ糖がクエン酸と結びついて、腸内細菌を活発にしちまうんだよ。だから、ここ壊しちゃったりするわけなんだな~」


そう言ってわたしのお腹に一瞬触れた。


「きゃっ! ちょっと霞っ! 花火落としちゃったじゃないっ!」

「苺ちゃんが知らなくても、俺がちゃんと知ってるからいい【お嫁さん】になるぜ俺。お買い得だぜ?」

「一千万円熨斗つけられてもゴメンだけどね」

「苺、この花火をやるからこっちに来い。霞もむやみに苺の身体に触るんじゃない」


禾牙魅さんが助け舟を出してくれる。


「禾牙魅さんありがとう。やっぱり禾牙魅さんが一番優しいよね」


禾牙魅さんのところに走っていくわたしの後ろで、霞が悪戯っぽい口調で声をかけてくる。


「禾牙魅ぃ、それってヤキモチ?」

「焼餅か。お望みなら今度俺が作ってお前に食わせてやろう」

「いい……。お前喉の奥まで俺の息詰まるまで無理矢理詰め込みそう……」


わたしは花火のパックを探って、禾牙魅さんを急かした。


「禾牙魅さん禾牙魅さん、禾牙魅さんもやるでしょ? 早くやろう!」

「ああ」


禾牙魅さんと一緒に、線香花火をやる。パチパチと小さく散る花火が可愛らしくもいじらしくも思える。


「線香花火って大好き。一生懸命燃えて、そして果てて」

「切ないか?」


禾牙魅さんに尋ねられて、わたしはかぶりを振った。


「ううん、そうは思わないよ」

「何故?」

「だって、短い間にこんなにキレイな光を見せてくれて。一生懸命だったから、短くても線香花火にとっても心残りないだろうし、やってる人間も嬉しいな楽しいなって思えるし」

「前向きだな。だが、そこまで思って線香花火をする人間もそういないと思うぞ」


突如、近くから派手な花火の音が上がる。


「わっ!?」

「架鞍か」


見ると、打ち上げ花火の第二弾を備え付けている架鞍くんの姿がある。


「ああ、邪魔した?」


こちらを向く架鞍くん。禾牙魅さんは小さくため息をついた。


「何の邪魔だ」

「別に」

「架鞍くん、そういうの好きなの? 意外」


わたしが興味深げに言うと、霞がさっきの麦茶とスイカを持ってきてくれた。


「昨日の花火のかわりになれる一番のものって架鞍なりに探したんじゃない? はい、麦茶とスイカ」


受け取って、麦茶を飲む。喉が潤っていく感覚に、酔いしれそうになる。


「この麦茶おいしい! あ、このスイカ種なしなんだ! 種って面倒だよね」

「苺ちゃん種なしスイカのほうが好きだと思ったからね。禾牙魅も架鞍もせっかくだから食べろよ」


禾牙魅さんと架鞍くんも、スイカに手を出す。


「あれ? 一応食べられるんだっけ?」


スイカを食べながら尋ねるわたしに、架鞍くんが答えてくれる。


「人間みたいな【満足】にはならないけどね」


そして二発目の花火を打ち上げる。


「あんた、スイカに塩かけるタイプ?」

「スイカに塩?」


どうだったっけ、と思い出してみる。


「たまにはかけるかな? 紀代美ちゃんがかけてるの見て、かけてみたらけっこう甘くて美味しかったから」

「紀代美ちゃん……ああ、高校の時からの友達だっけ」

「うんっ……てなんで知って……っ」


慌てたとたん、思い出す。

そうか。大体のことは調べ上げられちゃってるんだっけ。

すると、架鞍くんが笑った。


「あんたのその百面相、面白い」

「百面相なんてしてないっ!」

「はたから見てるとしてる」

「よっしゃ、ここらでいっちょ花火全部ぱーっと咲かせちまいましょうか」


準備運動でもするかのように、霞が指を鳴らす。


「火事にならないようにな」


注意を忘れない禾牙魅さん。花火全部って……まさか一度に? 見ていると、霞は地面に花火の残りを全部ばらまく。


「分かってるって。それじゃ、行っくぜ~!」


パチンと霞が指を鳴らすと、花火各種が一斉に光を放ち始めた。まるで電気をつけているほどの明るさで、小さなイルミネーションのようだった。


「キレイ……」


うっとり見惚れるわたしの横で、架鞍くんがつぶやく。


「霞ってホント派手好き」


しばらく見つめていたわたしは、突然襲ってきた寒気にくしゃみをした。


「風邪でも引いたか?」


禾牙魅さんが顔を覗き込んでくる。


「ん……わかんない。でも少し寒いかな?」

「大事を取って、ここら辺でお開きにしようか。花火も全部終わったことだし」


霞が言うと、闇に光の名残を残して、花火の最後の火が燃え尽きた。


「みんな今日はありがと! すっごく楽しかったよ!」


すっかりいい気分になって、わたしはそうお礼を言った、のだけれど。





翌朝起きた時から、身体がだるかった。気のせいか、意識も朦朧としている。

なんだろう、やっぱり風邪でも引いたのかな。


それでも朝食をとろうとリビングへ行ったとたん、ぐらりと視界が傾いて──キッチンにいた霞が何か叫んだけれど、わたしの意識は闇の中に沈んでいった。





わたしはそのあと、どうやら自分の部屋に連れてきてもらったらしくて。

気がつくと、ベッドの上で荒く息を吐いていた。

ちょっと苦しい……いつもの風邪よりも、ひどいみたい。

ふと気配を感じてうっすら目を開けると、タオルを持った霞がいた。


「か……す、み?」

「起きちゃ駄目だぜ、熱けっこうあるから。一昨日雨に濡れたのがまずかったな」

「うん……。? なにしてるの……?」


霞が、わたしのパジャマを脱がせていく。


「汗びっしょりだから拭ってやるよ」

「やだ、」


力なく抵抗したけれど、あっさりとそれは抑え込まれて。


「相変わらず可愛い乳首」

「っ……、自分でできるってば……」

「こんな高熱で出来る筈ねえだろ。大体今更って感じだぜ? パジャマに着替えさせたのも俺だし」


霞は、言いながらわたしの胸の間の汗を舐め取る。


「ぅん、っ」

「雨に濡れた苺ちゃんの裸……綺麗だったぜ」


更に舌を進め、胸の隆起を舌でなぞる。ぴく、とわたしの身体が反応し、荒かった息が更に荒くなる。


「苺ちゃん……すげぇ色っぽい」

「霞、のすけべ……」

「それも、今更。ま、病人にこんなことするのも確かに考えもんだよな」


霞は、ぱっと顔を上げて持ってきていたタオルでわたしの身体を拭い始める。手つきにはいやらしさのかけらもない。

最初から、そういうふうにしてくれればいいのに。


「霞……」


パジャマも替え終えてしまうと、霞はくしゃくしゃとわたしの頭を撫でた。


「人間界に来ると力の使用にも制限つけられちまって、その法律破るとえらいことになるから苺ちゃんの風邪も治してやれねえけど、この分なら明日には治るだろ。そしたらプールにでも行こうぜ。プール券二枚、買ってきとくからさ」

「プール、好き……行きたいな」

「じゃあ早く治すためにもたくさん寝ること。お休み苺ちゃん」


わたしの額に手を当てる霞。するとわたしは、魔法にかけられたようにすぅっと眠りに落ちていった。
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