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決戦(禾牙魅編)
しおりを挟むいつの間にか、眠っていたらしい。わたしが目を開けると、禾牙魅さんは服を着てベッドに座り、わたしの太股の間の血を柔らかな布で拭っていた。
「えっ……わたし、初めてじゃないのにどうして、」
「まだ起きるな。身体はまだ疲れている筈だ」
恐らく初体験の相手の【持ち物】が小さ過ぎたせいだろう、そうでなくても二度目や三度目でも血が出たり痛みがある者もいる、と禾牙魅さんは説明する。
「これは消毒も含めた布だから安心していい。俺が傷つけた血かもしれないからな」
わたしは、禾牙魅さんが拭い終わったのを見て、とん、と禾牙魅さんの胸に頭を預けた。
「でも全然痛くなかった……気持ち良過ぎた、くらい。それに、禾牙魅さんに傷つけられる傷なら、むしろわたしは欲しいよ」
「もう傷は与えているぞ、俺はお前に。愛という深い傷を」
「……、禾牙魅さんには、かなわない、な」
微笑んでいた禾牙魅さんが、ふと宙を睨む。
「苺……そろそろだ」
バリッと雷鳴が轟くような音がした。結界というものが破れたのかもしれない。
「!?」
「中原苺の中の【鬼精虫】は退治した。観念しろ、【鬼精鬼】!」
わたしは慌ててタオルケットで身体を隠す。そのわたしを禾牙魅さんが後ろにかばった一瞬後には、禾牙魅さんとわたしは空の遥か上にいた。
曇天に、ごうごうと風が唸っている。
その中に、【鬼精鬼】が浮いていた──危険で不敵な笑みを浮かべて。
「その偽善者面は意外と好きだぜ、禾牙魅」
「大人しく封印されろ。そのほうが……お前の為だ」
「俺はお前が憎い。お前も俺が憎い。だから戦う。それでいいだろう」
「それは違う!」
ざっ、と風を切る音がする。禾牙魅さんの顔が、苦しげに歪んだ。
「禾牙魅さん!」
禾牙魅さんの頬を、血が滴り落ちる。
「お前の棲む場所は同属の争いが絶えない。純粋なお前が絶えられる筈がない。それならばいっそ、」
「いっそ幼なじみの手で封印を、か?」
「…………」
「笑わせてくれる」
すっ、と鬼精鬼はわたしのほうへ手を向ける。
「よせっ、苺には手を出すな!」
「俺のものにならないのなら意味がない」
「くっ……あああああっ!!!」
禾牙魅さんは自分の中の何かを振り切るように、宙を飛んで【鬼精鬼】に接近した。
【鬼精王Side】
苺は、目の前の光景が信じられなかった。
「いや……いや、禾牙魅さん――!!」
「う、……っ」
禾牙魅は血が噴き出す脇腹を抑える。だが、もう一方の手はしっかりと、【鬼精鬼】の心臓を貫いていた。
「俺は……俺は、お前を憎んだことは一度もない。恨んだこともない。そして、幼い頃一緒に過ごした、あの思い出を一日足りとも忘れたことはない」
苦しげな、禾牙魅の声。風は止んでいる。不思議なほど、静かだった。
鬼精鬼の顔が、ふと切なく微笑んだ。
「……俺もだ」
「……!?」
「俺を純粋だと……信じて一緒にいてくれた……そして今でも信じている……愚かなお前を忘れたことは、なかった……お前が離れていったから……俺は自棄になって咎を続けた……」
「お前……まさかわざと俺に、」
「禾牙魅……中原苺を、……愛しているか……幸せに出来るか」
ふとされた質問に、禾牙魅は泣くように顔をゆがませる。この会話は、苺には聞こえていないはずだ。
「当たり前だ。でなければお前から奪ったりなどしない」
「【鬼精王】にあるまじき……言葉、だな……だがお前らしい」
ふ、と鬼精鬼の姿が透けていく。
「お前になら……俺の愛した女をやってもいい……」
「鬼精鬼!」
鬼精鬼は消える瞬間、真っ白な掌に乗る程度の球体の中に吸い込まれ、禾牙魅の手に収まった。
禾牙魅はしばらく球体を見下ろしていたが、やがて指でこすると、球体は消滅した。
「禾牙魅さん、怪我……怪我、大丈夫!?」
禾牙魅が苺の所に来ると、苺は彼の脇腹を見た。
「【鬼精鬼】から受けた傷は、【鬼精鬼】が封じられればすぐに消える」
言っているうちに、みるみるうちに頬と脇腹の傷が消えていく。
「【鬼精鬼】は……死んだ、の?」
「心臓を貫かれたくらいでは死なない。封印にはそれが必要なだけだ。今は俺の【中】に閉まってある。【鬼精界】へ持っていくために。……いずれそうして時が経ち、咎が赦されれば……封印は解け、新しい生命として生まれ変われるだろう」
「禾牙魅さん……」
禾牙魅が泣くのかもしれないと思って、苺は思わず禾牙魅の服を掴んだ。
だが禾牙魅は、小さく微笑んだだけだ。
「どうした?」
「う、ううん……私……私が、ついてるから。禾牙魅さんには、私がいるからね」
「分かっている。分かっているよ、苺、ありがとう……」
禾牙魅は苺を抱き締め、目を閉じた。
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