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暴れる鬼精虫
しおりを挟む眠れない夜を過ごして、翌朝──わたしは眠い目をこすりながらリビングに向かった。
相変わらず三人の美形がそろってそこにいる。
「っはよ……」
声をかけると、霞がにこっと笑顔をよこしてきた。
「おはよ~、トースト今出来たとこ。食うでしょ?」
「うん」
ちらりと架鞍くんを見ると、禾牙魅さんの隣の壁際に立って、いつもの無表情で雑誌をめくっていた。
そんなわたしの様子を見て、霞がニヤニヤと笑いながら言った。
「そういえば、昨夜架鞍とどうだった? 色っぽいだろ、架鞍」
「や、な、何言ってんのっ!」
正直ホントに架鞍くんは色っぽかったのだから、慌ててしまう。
「昨夜?」
禾牙魅さんがこちらを向く。霞がなぜか胸を張りつつ答える。
「そ。俺が閉じ込めたの、苺ちゃんと架鞍と風呂場で裸で二人きり」
「バカ霞~っ!!」
「あ、やっと名前呼んでくれた。苺ちゃん、顔真っ赤」
もうこの霞っていう男は信じられない……!
「霞。苺で遊ぶのも程々にしておけ」
禾牙魅さんが、物静かにたしなめる。それは……程々にならいいってこと? そんな疑問も浮かんでしまう。
懲りずに霞が期待のこもった瞳で尋ねてきた。
「なーなー、架鞍になんかされた?」
わたしの顔が更に熱くなる。
架鞍くんはこともなげに、雑誌から目を離さずに返答した。
「するわけないでしょ。こんなバカで厄介な女相手なんかじゃ勃つものも勃たない」
「! ……な、なにそれ……」
あんな、恋人がするようなキスをしておいて。
わたし……架鞍くんにそんなに嫌われてるの……?
視界がぼやけてくるのをごまかすように席を立ち、玄関に走る。
霞が声をかけてきたけど、たまらずに外に飛び出した。
【鬼精王Side】
「追いかけたら? 架鞍。まずいぜ、一人きりにするのは」
「言い過ぎだ、彼女に謝ってこい」
霞と禾牙魅が、それぞれに架鞍に意見する。
それでも架鞍は意に介そうとせず、他のことを口にした。
「──それより」
と、ただそれだけ。
けれどそれで充分だった。
架鞍の冷静で警戒の含んだ声に、霞と禾牙魅も遅ればせながら「それ」に気づいた。その一瞬後、家全体に電流のようなものが走る。目には見えない。しかし強大な力だ。
「クソッ、【鬼精鬼】が苺ちゃんの外出に手ぇ貸しやがった!
吐き捨てるように霞が席を立つ。
「やはりどこかで様子を探っていたのか。油断したな」
禾牙魅が言い、
「とにかくこの束縛を解かないことにはあのバカ女も助けに行けないよ」
架鞍が冷静に雑誌を閉じて立ち上がった。
◇
【苺Side】
家が街のすぐ近くにあったこともあり、そのまま街の入り口まで走ってきて、わたしはようやく立ち止まった。
架鞍くんてやっぱりヒドイ。
でも……外に出てきてよかった。たまには外の空気、吸いたいし。
──勢いのまま出てきたから、普段着なのがちょっと不満だけど。
出かかる涙を、右手で拭う。そこで気づいた。
あの人ずいぶん妙な格好してる……。
行き交う人混みの中、遠くに20代後半くらいの美しい男の人が立っていて、わたしを見つめていたのだ。
その髪の毛は白、瞳は濃い血のような赤。
それだけでも充分妙なのに、服はギリシャ神話に出てくる神が身につけているような、けれどどこかどす黒さを感じさせるもの。
どうしてわたしを見つめているんだろう?
そう思ったとき、その男が片手を挙げた。
途端、身体全体を何かが引っ掻いたような痛みが襲う。
「なに。これ……」
たまらずにコンクリートの地面に膝をつく。
なのに不思議と通行人は誰も気づかないようだ。
「まさか、あれが【鬼精鬼】……?」
思い当たるのは、それしかない。
言葉にした途端に恐怖が背中を昇ってきて、わたしは思わず叫んでいた。
「架鞍くん!」
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