勇者を否定されて追放されたため使いどころを失った、勇者の証しの無駄遣い

網野ホウ

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三波新、定住編

アラタの店の、アラタな問題 クレームの実態と解消 そして俺達の甲斐性

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 俺達にクレームをつけに来たクリマーっていう女性が、警戒心丸出しで睨んでくる。
 こっちだって、別におにぎりで懐柔させようなんて思っちゃいない。
 ただこの姉弟、俺の住んでた世界とは定義が違うドッペルゲンガー種で、何らかの偏見で生活しづらさそうなんだな。
 もっともそれは俺の推測だが。
 そう。
 このおにぎりを食わせることに、俺のある狙いがあるんだがはてさて、だ。

「持ってきたよ。アラタの分とあたしとヨウミと、クリマーさんと……ゴーア君、だっけ?」
「ゴーア、気をつけなさいよ。何が入ってるか分からないからね!」

 うん。
 それはその通り。
 ……このおにぎり、何入れたっけかなぁ……。
 カレーとかシチューとか、麺類は間違いなく入れたことはない。
 そういう意味では安心して食っていい。

「何も入ってないのもあるよ」

 マッキー。
 多分そういう意味で言ったんじゃないと思う。
 人のことは言えんが。

「んむっ……。……ん? 何? これ」
「何って言われてもな。おにぎりだが。俺のは……おかかか。、もう少し醤油多めに混ぜた方がいいかな……」
「具の話じゃないわよ! ……何……これ……。ゴーア、分かる?」
「姉さん、何そんなに驚いてるの? 中身は同じみたいだけど俺にはよく分かんないよ。それより、文句言うの止めなよ。恥ずかしいよ……」

 小声で姉に言う弟の声は聞こえた。
 まともなことを言うじゃないか。
 マッキーとヨウミには聞こえてないみたいだが。

「おかしな味がしたら食べるのはすぐ止めてくれよ。衛生面では注意してるけど、万が一のことがあるからな」
「お菓子の味? お菓子なわけないだろ?」
「お前ぇはいい加減黙れ、な? マッキー」
「いつもと変わんないよ? 心配しすぎ」

 効果が分からないヨウミも、見当違いな発言はやめてくれな?

「……で、何かおかしいところ、あったかな?」
「え? あ、んと……何だろ……」
「力の回復でもできました?」

 動きが止まった。
 図星だな。

「別にそれで勘弁してとは言わんが提案はあるんだよな」
「て、提案?」
「職場の提供。うちは儲けは多くないんだが、給料はお金じゃなくてもいいっていう仲間が割といるんで、クリマーさん一人増えても問題ないな。収入が少ないから毎日不安を抱えて生活している。だから、保障してくれって話を持ち掛けたんだろ? もしもの話を前提としてな」

 弟とやらが大怪我をして、入院しなきゃならなかったら弟の収入もなくなってたはずだ。
 毎日の安心材料があれば、躍起になって言いがかりをつけることもないんじゃないか?

「残念ながら姉弟二人を雇うのは、こっちも辛いな。が、働き手が欲しそうな職場を一つ知ってるんだが。それが嫌だってんなら、お宅ら二人を門前払いにするしかない。だって話の前提が現実じゃないもしもの話だからな」

 そっちが聞き分けてくれなかったら、俺達は話を聞く義務はない。
 聞く耳を持ってても、話の筋がめちゃくちゃだからな。

「な、なぜ私にここを?」
「おにぎりを食って、自分の体に変化を感じたから、だな。そっちはピンとこなかったようだし。だが心配すんな。紹介する職場も冒険者とたくさん関わってる。気不味くて顔を合わせづらいってんなら裏方の仕事とかお願いすればいいさ」

 したくてもさせてもらえないことがある。
 その辛さは、思い出したくないほどの数を経験してきた。
 気持ちは分からなくもない。
 だがそれは、選り好みしてもそう感じてしまうことがある。
 もしそうなら諦めてもらうしかないが……。

「弟の職場は……」

 何やら相談して、結論は出たらしい。
 弟の職場を聞くということは、姉の方は決めたらしいな。

「おう。飛び込みで行っても問題ないだろ。お前ら、留守番頼むわ。ちょっくら二人を連れて行ってくる」
「え?」
「ちょっ、どこに行くのよ」

 知れたこと。
 そりゃあもちろん……。

 ※※※※※ ※※※※※

 移動中、二人のこれまでの話を軽く聞いてみた。
 確かに偏見は受けてたそうだが、外見によるものじゃなく、種族の特徴を恐れての事らしかった。
 体の一部が刃物になったり危険物になったりと、無意識に変化させることがあったんだそうだ。
 普通なら、そんな特徴があれば先人たちから教わったりするんだろうが……。

「親もいないし家族もいない。私と弟は、この世に出現した場所が同じで、その時間もほとんど変わらなかったので姉と弟ということで」
「すると時間というか日数が空いてたら……」
「親子ということになってたかと」

 血縁関係もなかったんか。
 そりゃ互いに支え合う生活になるよなぁ。
 誰からも種族のことを教わることもできない。
 なんとまぁ、不憫な二人だ。
 俺だって家族は……。
 ……家族はいる。けれども……。
 あれ?
 俺の方が可哀そうなんじゃないか?
 家族と一緒に暮らしていながら、特に会話らしい会話した記憶がない……。
 いかんいかん。
 気持ち切り替えんと。

「ところでそっちは、冒険者になる気が失せたか? 結果を出せば報酬はもらえるのはどの仕事でも同じだ。だが命にかかわる仕事なら、どの仕事でも高い報酬を得ることはできる。けど怖いと思うんなら、別の仕事をするのも間違いじゃないさ」
「……うん、怖くなった。でもお姉ちゃんが頑張って養成所に通うお金を作ってくれた……」

 普通に考えりゃ、せっかく職業訓練校を卒業したってのにその仕事に就かないってのは、それにかかった金を捨てることも同然だからな。

「……優しい姉ちゃんじゃねえか。感謝しろよ?」
「え?」
「え?」

 弟ばかりじゃなく、お姉ちゃんも驚いてやがる。
 優しい姉以外にどう受け止めろと?

「普通だったら、嫌でもその仕事をやれって言うんじゃねぇか? 何の為に姉ちゃんが今まで金を稼いできたかってな。ましてやその仕事の高額な報酬だ。勿体ねぇだろ。でも姉ちゃんは俺んとこに来て、その分の収入を保証しろって言ってきたんだ。十分優しいじゃねぇか。他人には厳しいけどな」

 身内に甘いと言えば甘いかもしれん。
 人によっては甘やかしてると言い切られるんじゃねえか?
 弟のことを心配した行動ってことなら、しかも身内どころか、唯一の同族だ。
 大事にしたい気持ちの方が強かったってことだろ。

「さ、着いたぜ。ここで仕事の斡旋をするぞ」
「え? ここって、俺が泊まった……」

 そう。
 ドーセンの宿屋だ。

「ちわー。おやっさあん、いるかーい?」
「んだあ? お、ようやく目が覚めたか。一応心配はしてやったぜ」
「はいはいありがとさん。ところでこないだの増改築の件だけどよ」
「んあ? そりゃやらない方が無難って話になったじゃねぇか。それとも何か? 景気のいい話でもあるのか? 今までおねむだった奴がよ」
「心配してた奴の言う言葉じゃねぇな」

 少しくらい優しい口調で労わってくれたっていいだろうに。
 労わるっつーより、板を割るくらいの遠慮のない口調ってのがな。
 まぁいいけどさ。
 それより本題だ。

「仕事探してるんだって。こっちの方は見たことあんだろ?」
「こっちの方って……」
「あの、アラタさん。そちらの店に行く前にここに立ち寄ったんですけど……」

 なんだ。
 ここに来てたのか。
 まぁ顔を忘れる前に再会できて、こっちの説明の必要がなくて助かったな。

「そっちの姉ちゃんの方はいきなり文句言いだしてきたんだよ。あまり気分のいい話じゃねぇな」
「苦しい事情抱えてんだよ。その事情を解消できりゃ問題ないさ。それにこの姉ちゃんの方は俺の方で働いてもらうことにした。こっちの方は……ほら、今まで泊まらせてもらったんだろ? 恩返しのつもりで働いたらいいさ」
「おいおい。こっちゃ検討もしてねぇんだぞ? 話進めんな」
「大人ならともかくも、子供だぜ? 給金だって高くする必要はないだろ。それに、増改築の話を出したってこたぁそれなりの元手が手元にあるってことだろ? その話をなしにしたんだ。子供一人雇うことくらいできるだろ。その金がなきゃ三食付きとかの物納にすりゃいいだろうし」

 嫌な顔をキープしてる。
 何か相当やり合ったのか?
 それに付き合う性格じゃないと思うんだが。

「……まぁ真面目に働く気があるんならいいけどよ。誰かに手伝ってほしい仕事もあるしな」
「決まりだな。今日からそっちはよろしくな。姉弟揃って同じ村で仕事を見つけられた。いい話じゃねえか。滅多にまともな仕事を見つけられなかったんだ。めでたしめでたしだ」
「おい、アラタ」
「何だよ、おやっさん」
「大丈夫なんだろうな?」

 何の心配してるんだか。
 できる仕事だけ与えりゃいいだろうに。

「途中で逃げたりしないか、か? 逃げたらやった仕事の分だけ給金出しゃいいだろ?」
「はぁ……まぁいいけどさ。……おう、姉ちゃんの方」
「な、何よ」
「どんな仕事でも不満な事ってのはあるもんだ。しなきゃならない仕事は、それを飲み込んでするもんだぜ。もっとも嫌なら辞めてもいいさ。けど報酬は手にできねえし、雇われる側ならなおさら仕事を選んでられねえんだよ」
「……わかってますっ」

 どんなやり取りがあったんだか。
 とりあえずこれでこっちもクレームが一つ減ったし、俺んとこも人手があったらいいかなとは思ってたが、誰でもいいって訳じゃない。
 姉弟互いがどちらも、仕事で頑張ってる姿を見て自分が励まされるってことにもなるだろうしな。
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