上 下
101 / 493
三波新、定住編

アラタの店の、アラタな問題 その9

しおりを挟む
「お、君も来たのか」

 マッキーは、ドッペルゲンガー種だといったその来訪者の後ろにいる人物に声をかけた。
 そこで俺は初めて二人いることに気が付いた。

「怪我はなかっ」
「弟に話しかけるの、やめてもらえます?」

 クリマーはマッキーにぴしゃりと釘を刺す。

「ちょ……。……心配してるのにそれはないんじゃない?」
「あなた方が心配するような事態を引き起こしたのは、あなた方自身じゃないんですか?」

 マッキーはそれに言い返したが、俺同様にその現象を見てない者にはそれ以上何とも言えない。
 ゴーレムが絡んでなければ、ただの事故と言い切っていい出来事だったからな。
 どでかい岩が落ちてくるには、その前に予兆ってもんもあったはずだ。
 それを察知して、無事に回避すればそれで終わり。
 ところが落ちて来た物は魔物だったから、話をややこしくしている。
 だがこのクレームの意味は、俺にはまだ分からない。

「で、その、クリマーさん? 何しに来たの?」

 はっきり言えば、まだ俺は筋肉痛だ。
 それでもできれば仕事はしたい。
 だがヨウミ達に止められている。
 仕事をするか休むかのどちらか、という今日の予定となるんだが、この来訪者がそのどちらもさせてくれない。
 つまり、無駄な時間を使わせられている。
 とっととお帰りいただきたいんだがな。

「何しに来たの? ですって? あなたには何の自覚もないようですね」
「全身筋肉痛の自覚はありますが」

 だがそれはこの人の知ったこっちゃないだろう。
 けれど、それ以外に心当たりがない。
 心当たりのない相手に、どんなことをしたか胸に手を当てて考えてみなさいって言っても、出てこないものは出てこないものなんだがな。

「回りくどい話は時間の無駄ですよ。こないだの件なら、こちらはベストの行動を選び、結果冒険者達には被害なしで」
「被害がないですって?!」

 ないだろ。
 病院……この世界に病院ってあるのかどうか分からんが、医療関係はあったはずだ。
 その施設には、誰も行く必要がなかったらしいが?

「もし怪我をしてたらどうするつもりだったんですか! ましてや弟は、最後までダンジョンに残ってたって言うじゃありませんか!」
「救出完了しましたよ?」
「そうよ! その子でしょ? まさか幽霊なの?」
「幽霊ですって?! ちゃんとここにいるに決まってるでしょうが! 馬鹿にするのもいい加減にしてくださいっ!」

 何だこの人。
 情緒不安定か?
 何をどう怒ってるんだ?

「もしこの子が怪我をしてたらどうするつもりだったんですか!」
「怪我をしようがしまいが、助ける以外に何もないですよ」

 言いがかり。
 そして理不尽。
 だが、人の話は聞いている。
 そんな相手は無下に追い払うってのも問題だよな。
 会話は……一応成り立ってはいると思うんだが。

「助けるのは当然でしょう! でもそれでおしまいというなら、この店は大きな問題だと思うんですけど?!」
「まぁ……思うのは自由でしょう。こっちは現時点において大きな問題ってのは存在しませんが」
「たった一人の身内に怪我をさせて、それを放置して、それのどこが問題なしなんです?!」

 待て待て。
 仮定を現実にして話を進めるな。

「……放置も何も、今怪我されてるんですか?」
「もし怪我をしたら放置するしかないという、そちらの方針が問題だと言ってるんです!」

 どうしよう。
 全身筋肉痛に、頭痛が加わった。
 痛くないところは、指と爪の間と歯くらいだぞ?
 歯医者は好きじゃないし、指と爪の間に針が刺さるのを想像したらもうね。

「こっちの本業におにぎり販売。ダンジョンなどに行く冒険者達の回復薬代わりのアイテムですよ。その客のほとんどが初級冒険者っつーことで、なるべく危険を回避するように案内をつけてたんですがね」
「その案内が危険を回避できず、何の役にも立たないじゃありませんか!」
「案内がいなけりゃ全滅でしたがね」
「全滅を免れ、被害をゼロにした。大した案内役ですよ! その現象の回避すらできない案内役にしてはね!」

 この人の話聞くだけで、半日無駄になりそうだ。
 面倒くさい……。

「アラタ、よかったね」
「何がよ、マッキー」
「褒められちゃった」
「褒めてません! 皮肉です!」

 マッキー……。
 余計な口出すなよ……。
 和ませにもならねぇし。

「で……結局あなたは何をしに来たんです?」
「決まってるでしょう! この子は将来冒険者志望なんです! なのに、養成所を卒業した矢先に再起不能の怪我を負いそうになったんですよ?! 加齢による現役引退まで稼ぐ金額は保証していただく必要がありますわ!」

 いや、怪我がないなら現役できるじゃねぇか。
 怖くてできなくなったってんなら、その仕事は不向きだったってことだ。
 別の仕事見つけた方がいいんじゃねぇのか?

「人間社会に随分染まってるんだねぇ」

 またまたマッキーよ……何を暢気な……。

「当然でしょう?! 人間社会で生活するしか術がないんだから!」
「なんで? 同じ種族の人はいないのか?」

 って……何で俺の質問で、みんな固まるの?
 しかも……なんだよ、その冷たい視線は。

「あ、そっか……。マッキー。私も見たことあるけど、多分アラタは初めて見たんじゃない? ドッペルゲンガー種」
「え? あ、そうなの?」
「え? どういうこと?」

 そうだ。
 ドッペルゲンガーって、確か自分とそっくりな存在で、そいつを見た本人は死ぬっていう言い伝えが……。
 って、その姿、誰にそっくりなんだ?

「えっとね。ドッペルゲンガーってのは、自分が見た物体や人物を自分の体全体とか一部でコピーできるの」
「コピー?」

 まぁ、誰かとそっくりな姿に変わるという意味では同じかもしれんが……。

「俺んとこじゃもっと危険な存在って言う話だったな」
「え?」

 ※※※※※ ※※※※※

「……別の世界から来た、だなんて……信じられない……」
「しかも同じ名前の種族があって、けど違う性質の存在ってのも興味深いわねぇ」

 だからマッキー、何を暢気な……。
 つか、それに釣られてこっちの世界でのドッペルゲンガーの説明をした俺も俺だが。
 いや、立場上説明させられてしまった、ということにしておくか。

「でも、こんな風にコミュニケーションが取れても、種族での社会が築けないってのは驚きだ。まさか……」
「そう。こないだのゴーレムのように突然発生する種族。子供を産んだり卵を産んだりで増える種族じゃないからね。しかも人と敵対する存在じゃないどころか、食生活とかは似通ってるからね」

 生活習慣にも対応できるから、ということか。
 不思議な話だ。
 でも保障めいた話まで持ち出すってのは……。
 待てよ?
 そう言えば……その子だったか?
 同じ養成校のエンブレムつけてた子達と一緒だったが、何となくこいつと仲良くするって感じはなかった。
 この子が他の子達について行くとか同行するって感じだったな。
 そう言えばこのクレーマー、名前以外名乗ってないな。

「……えーっと、クリマーさん、だっけか。あんた、仕事は?」
「私の仕事を聞いてどうするんですか?!」
「……仮に、その子が怪我をして入院とかする。何の保証もなければ、自腹を切るしかない。蓄えを得るには仕事が必要だろ? ……肌の色とかが違う。人と敵対はしないだろうが、友好的じゃなかったらどうだ?」
「友好的じゃなかったら人の社会に馴染めないんじゃない?」

 マッキーの指摘は的確だ。
 だが正確に把握してないだろ。

「友好的じゃないのが人の方だったらどうよ? 仕事探そうにも断られることが多く、見つけたとしても低収入だったら? だから高額な報酬を得やすい冒険者業に就こうとした」
「あ……なるほど……」

 弟をダシにして楽な生活を、と考えてるかもしれん。
 だが冒険者に対してそんな保障制度があるのは、体験したことはないがギルド以外ないだろう。
 けど、養成校とやらに入るのだってただじゃないんじゃないか?
 その費用で姉の貯金を使い切ってしまったら……。
 仮に姉も冒険者だとしよう。
 いきなり大怪我をして、家族の生活費どころか入院費にもお金がかかるとしたら、保証制度も追いつかないくらいの出費になる。
 他の仕事なら、尚更費用の工面で苦戦する。

「ったく……。ここは生活相談所かよ!」
「どしたの? アラタ」

 こっちは早く休みたい。
 そのためにこのトラブルを取っ払いたい。
 このクレーマーを追い払いたい。
 けど、頼まれてもないことをやる義理もないんだが……。

「……そいえば俺、まだ朝飯食ってなかった」
「何をいきなり」
「体より脳味噌が重傷だった?」

 ヨウミはともかく、マッキーよ……。
 とりあえず、目の前のこいつが問題だ。

「あんたらも朝飯まだ何じゃねぇの? 飯代わりっちゃあ申し訳ないが、うちの自慢のおにぎりでも食おうぜ」
「おにぎりで懐柔させようったって」
「そうじゃねぇよ。今のあんたは、とにかく文句を言うことが目的としか思えねぇ。少しでも空腹が紛れたら、建設的な話し合いできるんじゃねえかってな」
「まぁ……こちらの要望に応えてもらえるような結論を出すためっていう意味では悪くは」
「マッキー、在庫まだあるだろ? 飲み物付き持ってきてくれ」
「あ、あたしもまだ。相伴に預かっていいかしら?」
「おう。マッキー、ヨウミの分もなー」
「あたしだってまだよ? だからあたしも貰っていいよね?」
「ああ。ただしお前は全部の金払え」
「ひどっ!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

追放されたテイマー半年後に従魔が最強になったのでまた冒険する

Miiya
ファンタジー
「テイマーって面白そうだったから入れてたけど使えんから出ていって。」と言われ1ヶ月間いたパーティーを追放されてしまったトーマ=タグス。仕方なく田舎にある実家に戻りそこで農作業と副業をしてなんとか稼いでいた。そんな暮らしも半年が経った後、たまたま飼っていたスライムと小鳥が最強になりもう一度冒険をすることにした。そしてテイマーとして覚醒した彼と追放したパーティーが出会い彼の本当の実力を知ることになる。

異世界転移したけど、果物食い続けてたら無敵になってた

甘党羊
ファンタジー
唐突に異世界に飛ばされてしまった主人公。 降り立った場所は周囲に生物の居ない不思議な森の中、訳がわからない状況で自身の能力などを確認していく。 森の中で引きこもりながら自身の持っていた能力と、周囲の環境を上手く利用してどんどん成長していく。 その中で試した能力により出会った最愛のわんこと共に、周囲に他の人間が居ない自分の住みやすい地を求めてボヤきながら異世界を旅していく物語。 協力関係となった者とバカをやったり、敵には情け容赦なく立ち回ったり、飯や甘い物に並々ならぬ情熱を見せたりしながら、ゆっくり進んでいきます。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します

黒木 楓
恋愛
 隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。  どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。  巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。  転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。  そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。

処理中です...