モテたかったがこうじゃない

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第二章

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「水…ちょーだい…」

息を整えながら出した声は散々喘いだせいで掠れていた。自分の声ながら生なましい。

「ちょっと待ってろ」

兄貴が離れていく。取って来てくれるらしい。

疲労感で動けないまま天井を見ていると、上から逆さまのアレク王子が出てきた。

汗で張り付いた前髪を掻き上げられる。

「…本当に3人でするの?」

「嫌?」

聞かれて言葉に詰まる。なんて返せば良いんだろう。

アレク王子は揶揄う感じじゃなく、じーっとおれの答えを待っているようだった。

見つめ合ったまま考える。

恥ずかしいし、色んなところ触られて訳わかんなくなるし、なにより刺激が強過ぎる。でも、

「…嫌、じゃ、ない」

聞いてきたくせにアレク王子が驚いた表情をした。分かる、おれも自分で言って意外だもん。

「…俺達に遠慮しなくていいんだよ」

「してない」

その言葉はすんなり出た。

額に置かれたままのアレク王子の手を取って、滑らすように頬に当てた。ぎゅっと軽く握る。

「正直戸惑ったけど、嫌じゃない。その…2人に触られるのは、寧ろ…好き、だし」

最後の方は恥ずかしくて目線っを外してしまったが、真上から息を呑む音がした。

「兄貴が、お互いがいいなら身体からでもいいって、あ、でも、だからって気持ちが全然ないわけじゃないんだけど…」

上手い言葉が見つからない。
でもそこは多めに見てほしい。おれは考えるのがあまり得意じゃないんだ。

「正直まだみんなの事恋愛として好きなのか分かんなくて、恋人って言うのも…ピンときてなくて。でも、触られたり、ちゅーされたり、…好きって、言われたらドキドキするんだ。これって少しはみんなの事、そう言う意味で好きって事で合ってるのかな?」

「マシロ、ちゃん…」

「今だって3人でなんて、前のおれだったらありえないって絶対拒否ってるはずなのに…嫌じゃない、なんてさ。…本当、変なの」

「変でいいじゃねぇか」

逸らした目線の先で今度はしゃがんだ兄貴と目が合う。手には水の入ったコップがあった。

「飲むか?」

「兄貴…」

「マシロ、名前」

「あ、ごめんイグニス」

2人に起こされてアレク王子にもたれ掛かる姿勢で座ってコップを受け取る。

一口飲むと冷えた水が喉を通ってスッキリした。そのまま飲み干す。

「ぷはっ」

「まだいるか?」

「ううん、大丈夫。ありがとう」

「どういたしまして」

イグニスにコップを返したところで背中側から2本の腕が生えてきて抱きしめられた。

「…ダセェ」

「アレク王子?」

「はぁー…本当、俺ばっかりびびってて、情けないな…」

首元にグリグリと顔を押し付けられる。篭った声が首筋に当たって少しくすぐったい。

急に落ち込み出した様子に困惑したが、そのまま聞いてみる。

「お酒の勢いで抱いて、危ない目にまで合わせておきながら好きになっちゃって。3人が告白し出した時、俺正直何やってんだって呆れて見てたんだ。こんな勢いだけの告白断られるに決まってるって、高括ってたのにマシロちゃんってばオッケーしちゃうし。マジかよって焦って、あの日もレイと君が仲を深めているのかと思うといてもたってもいられなくて部屋の前をうろついてたんだ。馬鹿みたいだろ?」

あれって偶然じゃなかったんだ。その事にびっくりする。

「虚しくなって戻ろうとしたら中から言い争ってる声がして、開いた扉から君が出てきた時心底焦ったよ。でもマシロちゃんに連れて行ってて頼まれて、レイには悪いけど正直チャンスだと思った。これを切っ掛けに俺の事を意識して貰えたらって。…結果は惨敗だったけどね」

「なんかごめん…」

「本当に鈍いにも程があるよ。あんなに拗れてたのにレイとも仲直りして逆に進展しちゃうし。しかも少し会わないだけでそこのおっさんや司教とまで仲良くなっちゃって。人の決死の告白も無かった事にするし、なんなのマシロちゃん本当いい加減にして」

「マジでごめんって」

そんなに酷かったのかおれ。

「…でもいい加減にしないといけないのは俺の方。せっかくマシロちゃんに受け入れてもらったのに自信が無くて探ってばかり。本当は恋人としてイグニス殿にもっとちゃんと怒らないといけなかったのに、自分のした事を思い出してあんまり強気に出られなかった。結果3人でするなんて変な事になるし。他の3人だったら絶対に追い出してたと思う」

ちらっとイグニスを見ると顔を逸らされた。

これはアレク王子の心情分かってたな。だからあんな強気で無茶言ってたのか。

始めあんなにかしこまってたのにおかしいと思ったんだよ。押せばイケると駄々捏ねたようだ。

責めるようにじーっと見つめると、イグニスがやれやれと口を挟む。

「そんなにご自身を責めるものでは無いですよ殿下。マシロがこんなのなんですから、そう思うのも仕方のない事です」

「え、おれのせい?」

「当たり前だろ。全てはお前が鈍くて可愛くてエロいのが原因なんだから」

「理不尽」

「確かに」

「え、理不尽」

2人からおれのせいだと言われて納得いかない。
鈍いのは認めるけど、可愛くてエロいのはフェロモンのせいであっておれのせいじゃないし。

「でもマシロちゃんの言う通り変だよね。こんなにマシロちゃんの事が好きで、嫌われたくなくて、独占欲も嫉妬もあるのに…別の男と共有してでも君が欲しい。マシロちゃんの側にいたいって思うんだ。多分他のみんなも同じだと思う」

「…それってフェロモンのせいじゃない?」

「分からない。そうかもしれない、けど、そんな事どうでもいいくらいに君に惹かれてる。甘やかして、優しくして、たくさん笑わせたい。俺と同じくらいじゃ無くていいから、好きになって貰いたい」

ぎゅっとしがみつかれてる腕に力が入った。

「自分でも分かんないくらいマシロちゃんの事が好き」

ドキッとした。
どうしよう、顔が赤い。

「今もどんどん好きになってる。こんなの初めてなんだ」

どんどん鼓動が速くなって、心臓が、ありえないくらいドクンドクン跳ねてる。

「…イグニス殿が羨ましいよ。俺ももっと君と分かり合いたい。マシロちゃんに好かれてるって、自信を持ちたい」

それは背中にくっついてるアレク王子の胸からも同じ音がしていて、一生懸命におれを叩いていた。

いつものチャラいアレク王子からは想像もつかない。健気で力強い鼓動。

嬉しい、そう思った。瞬間。

きゅううう…っと今度は胸が締まった。身体の熱が上がり、呼吸も浅くなる。

抱きしめられているだけなのに腹の奥が疼いた。ゾクゾクと痺れる背中。

満たされていく胸の感覚とは逆に欲しいと求める身体。変だ、発情する条件なんて全然なかったのに、まるで発情しているみたいになってる。

アレク王子に触って欲しい、正面から抱き合ってちゅーしたい、というか、顔が見たい。

なんだろうおれ、急にどうしちゃったんだろう。ドキドキが止まらない。この人が欲しい。可愛い。

「ア、レク…王子…」

「…ごめん。かっこ悪いね」

まただ、またきゅううう…っと胸が締まる。

堪らず顔だけ振り向いた。首元に埋められていた顔が反射で少し上げられて、驚く間も無く近くにある唇にダイブする。

ああ、分かった。これ、好きって気持ちだ。

耳まで赤くした少し涙の浮かぶ情けない橙色に、おれは初めて恋という感覚を自覚した。
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